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【怨毒】~保健所職員 百武凛太朗の調査事例~ 第8話(全10話)

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 間もなく、事態は急転直下となった。軽井の戸籍を確認したところ、十一年前の被害者である佳野の実妹ということが分かったのだ。

 母校に問い合わせると、軽井は金沢大学の理学部へ進学し、三年次の途中で中退したとのことだった。それまで自分のバイト代と奨学金のみで学費を賄い、祖母と住む自宅から大学に通っていたのだという。

 同時に軽井の部屋に家宅捜索が入ったが、廃棄されてしまったのか、ドクササコに関するものは何も出てこなかった。しかし監視カメラに映っていたコート、そして粕谷が目撃した怨霊が身につけていたという臙脂のリボンを発見。明るい色の髪を一時的に黒に戻すためのクリームも見つかった。

 その後、黒髪にコートの女が病院から軽井の自宅までにある複数の防犯カメラに映っていたことが判明。そして臙脂のリボンは、佳野が通っていた中学の制服のものと一致したのだった。

 軽井に逮捕状が出た――そう山本から電話を受けて、凛太朗は肩を落とした。尾羽に向けていた、あのくすぐったそうな笑顔の裏に、一体どんな思いを抱えていたのだろう。

「そうですか、軽井さんが……何か、証拠は出たんですか?」
『ペットボトルの首に残るリングの下に、通常製造する上では付かないはずの傷が見つかった。恐らく交換前のリングを外す際についた傷だろう。ただ、それを彼女がやったと証明する証拠はないし、コートやリボンも確実に立件するには弱いんだが』

 ならばと動画の送信元を問うと、その答えも芳しくないものだった。

『動画の受け渡しには観光客向けのフリーWiFiを使い、件の動画投稿者あてに海外の無料アップローダーのURLをSNSのDMで送信していた。DMを送信した端末のMACアドレスの開示も取ったが、七年前の機種で入手経路は特定不能だった』
「そこまで用意周到に行って、コートやリボンは処分しなかったんですね……」
『リボンは恐らく姉の遺品なのだろうが、コートを残した理由は不明だな。とにかく、軽井の行方に心当たりがあったら連絡してくれ』

 家宅捜索が入ったその日から、軽井は姿を消していた。


      ◇ ◇ ◇


 大学三年の冬。祖母を亡くした軽井優美花は、始めかけていた就活と、大学をやめた。これでもう、迷惑をかけたくない相手は一人もいなくなったからだ。同じ名字を持つ父親は残っているが、かつて捨てた娘のことなど、とっくに忘れ去っているだろう。

 優美花の父は離婚して半年と経たずに新しい女を見つけると、まだ十三歳の優美花を石川の実家に押し付け、自分は東京で別の家庭を築いた。嫌がらせのためだけに元妻から親権を奪った娘になど、そもそも興味がなかったのだ。当時はまだ、モラハラを離婚の有責事項にするのは難しい頃だった。

 あの事件を発端に追い詰められた優美花の姉が自殺したとき、真実を明らかにしたいと責任の所在を裁判に訴えた母親を、「そんな時間に外に出て、どうせ夜遊びしてたんだろ? 自業自得」「慰謝料目当て」「これだから母子家庭は」と、近隣住民が、そしてネットニュースのコメント欄が、一斉にバッシングした。

 テレビのコメンテーターまでもが同調し、いかにも同情しているような顔で「母子家庭への支援拡充が必要だ」などと、もっともらしい意見を並べ立てた。

 ――やがて追い詰められた優美花の母は、姉の後を追うようにして命を絶った。

 原告の死亡と法定相続人の不在によって裁判が終わると、担当の弁護士によって優美花の母が真意を綴った遺書が公開された。その内容を聞いた世間はバッシングなど何も無かったと言わんばかりに口を閉ざし、不都合な存在は間もなく忘れ去られたのだ。

 大学をやめて溜まったバイト代で興信所に依頼すると、粕谷の現況は簡単に知れた。どうやら粕谷は、過去を隠すつもりもないらしい。勤務先の会社を検索すると、ちょうど複数の採用情報が出ていた。どうやら人手が足りなかったようで、優美花が応募すると簡単に採用が決まった。

 社員二十名弱の小さな会社で同僚として働きながら、優美花は粕谷の動向を時間をかけて観察した。警戒されず、だが舐められもしないこの装いの効果は覿面だった。

 少年院に入っていたことをまるで武勇伝のように語る姿を見ながら、優美花は思った。

 ――この男は、何も更生などしていない。

 かつて祖母と住んでいた家に帰ると、優美花は裏の竹林でドクササコを探した。風で裏返ったような傘をもつ茶色いキノコは、食用のカヤタケにそっくりだ。だが刈り取った断面に滲んでいた橙色の乳液が、しばらくして毒々しい青緑に変色した。

 これこそが「危ないけん絶対にいらわれんよ」と、かつて祖母から口を酸っぱくして言われていたものだろう。好奇心に負けて石を投げたときに見た色と同じだ。

 切り開いた牛乳パックをまな板代わりに、カッターの刃で丁寧にスライスしてゆく。ドラッグストアで手に入れた無水エタノールを瓶に入れ、スライスしたキノコを漬け込んだ。それを瓶ごと湯煎にかけ、成分を抽出。できた抽出液をコーヒーフィルターで濾してから、平皿に少しずつ流す。するとエタノールはたちまち揮発して、皿の上にカピカピとしたものが残った。
 充分に乾燥させたら皿から慎重に削り取り、粉末にすれば完成だ。

 残ったキノコは土に埋め、カッターの刃と牛乳パックは洗浄して普通ごみに出した。


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