<第30回伝統工芸諸工芸展>日本橋三越:またしても有線七宝は具象模様
はじめに
6月3日の下記投稿記事に続き、表記展覧会の中で、有線七宝の和模様、絵柄について紹介します。
なぜ「有線七宝」なのかと言えば、直接の動機は、生徒さんの一人が「有線七宝」を制作されており、その2作品が立て続けにどちらの展覧会でも入選され展示されたからです。
しかし、6月3日の記事で述べた様に、江戸以前の日本絵画が、西洋で言う純粋絵画ではなく、暮らしの中の用途と結びついていたこと、一人の画家が絵画だけでなく、陶器や漆器、着物の柄など今日工芸品に分類されるものを区別することなく手掛けていることから、はたして現代の日本の伝統工芸はどのような状況にあるのかという興味も訪れた動機の一つでした。

なお、前回の工芸展が全てのジャンルだったのに対して、今回は伝統諸工芸展とタイトルにあるように、工芸品から「陶芸」「漆芸」「人形」「染織」「金工」のジャンルを除いたものに絞られています。具体的には、「七宝」「截金」「硯」「砂子」「硝子」「砡」です。
展覧会の使命
主催者の「ごあいさつ」によれば、本展覧会の使命は
先人から受け継いだ優れた「技」に研鑽と工夫を重ね、現代に生かし新しい創造活動に繋げ継承して行くことが我々の使命」
とあります。
この一文に、我が国の現在の「伝統工芸展」の意義が表されていると思います。すなわち、主催者が鑑賞者に見てもらい展示作品のポイントは次のようになります:
1)「先人から受け継ぐ」=伝統にしたがっているか?
2)「技」に研鑽と工夫=作品に使用された技術が作者の研鑽と工夫がなされているか?
3)現代に生かし新しい創造活動に繋げ継承して行く=形や模様が創造性が発揮されているか、それが後代に受け継がれていくか?
なお、私が考える「工芸品」は、暮らしの中で使用される器物であると考えます。すると、その形態は実用に耐える必要がありますが、おそらく主催者にとってその点は自明の事であり、記述する必要がないのでしょう。
全体感想
まったく、明治以降の工芸の歴史について無知な私が、無責任な発言をしてはいけないと思いますが、以下なんの知識の裏付けがない、あくまで展示作品を直接観察した個人的な感想や疑問であることをご理解ください。
前回の工芸展で気付いたのは、展示されていた工芸品の表面を飾る文様は、七宝作品を除いて、ほとんどが幾何学模様か抽象表現であったことです。
このことは、今回の「伝統諸工芸展」にも当てはまります。
「七宝」「截金」「硯」「砂子」「硝子」「砡」の各ジャンルの作品では、唯一「七宝」だけが、1)写実的な植物描写 2)植物の具象的装飾模様、の二つが主要なモチーフで、幾何学模様、抽象模様の作品は少なかったのです。
いったいこれはどう考えたらよいのでしょうか? まず、具体的な作品を見てみましょう(写真は、いずれも筆者撮影です。撮影条件である作品名と作者名をそれぞれキャプションに記します)。
七宝作品の紹介
(1)具象模様の有線七宝作品

有線七宝ではありませんが、絵柄を取り上げます。
感想:中心がピンク、青、薄緑の白い花が、周りの青緑色の葉の海に映える。関西ぺんすけ会5月のテーマで私が描いた《白薔薇は父の花》と同じ配色なので、緑の葉の深さ表現に目が行く。花自身は写実だが、向きは正面向きおよび真横の組み合わせで日本絵画の伝統的装飾的配置。しかし、正面向きの花の重ね方は伝統的(思い出すの葉長谷川久蔵の《桜》)。

感想:名前が書かれていなかったので蓋物の一種か。藤の花の描写と葉の配置は伝統的な日本絵画のそれに近いが、下部の背景、地の色が薄い空色であることは、もしそれが空を暗示するために使ったのアならば現代的。すなわち、昔の日本の絵画では、青空を描かず、紙の白であらわすだけだったから。

感想:薄墨、黒、白、薄ピンク・橙の配色が上品で目に優しい。遠方から手前に、正面向きに遠近法的に描かれた空飛ぶカモメの描写が現代的。カモメの飛行する背後の白い雲も含め、少なくとも江戸以前の和の文様にはないモチーフ。側面の海上を飛ぶカモメの部分、波は伝統的表現。

感想:タイトルは「枝垂れ桜」となっているが、絵柄からも色からもそうは見えない。僅かに見える銀線で有線七宝と分かるが、多数の無数の花と葉が密に重なり合い、伝統的な花や葉の文様には例がない(と思う)。典型的な桜の花の色(白に近いピンク)は、ごく一部しか使われておらず、全体に薄青緑の基調に、明るい表面から奥に向かう、重なりを表現する彩色方法をとるのが現代的。

感想:単位を成す八つ手のような葉と、白い藤の花を半分にした植物が実在するのかどうか分からないが、この葉と花の単位が、スタンプを押したかのように線状に配置された装飾模様。図3と同様に、青い地が空を暗示するのなら伝統的な模様から外れる。

感想:題名からするとタンポポの空に飛ぶ綿毛か。色んな向きや大きさが写実的に描かれているが、茶、緑、濃緑、青が、まるで和歌集の料紙のように配置された地に、その綿毛が舞っている。有線というものの線が見えないので、筆で描いた油絵のように見える。料紙のような効果は成功しているようには感じられない。

感想:これまで見たことがない色と花。その色とラッパ型の花姿から、「夕顔」かと思ったが、花弁は朝顔とはかなり異なる。もしかすると、南方系の植物か。絵柄は虫食いあとのある葉の存在も含め、写実画のように見える。しかし、長い茎から下に伸びた花は全て横を向き、図8の上段の写真の左上には、つぼみと思わせる花も描かれている。そして私が特に指摘したいのは、各花を支える長い茎の描写で、二股に分かれている長い茎部分が重ねて描かれ、ゆるやかなカーブの長い茎部分と枝分かれ部分の角度を持つ部分がある種のまとまりを持った装飾空間を形成している。以上は、おそらく作者の綿密な設計による配置であろう。あまり、伝統的な日本絵画では一般的ではない気がする。しいて言えば、伊藤若冲ならば描くかもしれない。さらに、最上部の花の下には、幅広の葉が重ねられて描写され、日の当たる表面から最深部に至る葉が、明るい緑、緑、濃緑の順に彩色されて、葉の重ねと奥深さを示している。最後に、背景の「ウルトラマリンブルー」も葉の色に調和している。図2の作品でも述べた様に私が好きな色である。
追加補足します:本日(6月28日)、植物の名前がわかりました。「シュウカイドウ」でした。教室で生徒さんの一人から教えていただきました。

感想:ある意味では図8と類似している。しかし、絵柄の作り方は、かなり異なる。まず、花は洋バラと推定される。そして、花の描き方はかなり西洋的である。なぜなら下から上に伸びた茎が枝分かれし、それぞれの先に咲いた八重のバラの花が、半円状の立体に見えるように、花の向きを変えて正確に立体表現しているからである(真ん中に近いほど正面向き、円の端に行くほど横向きに向きを変化させている)。また、完全な対象ではないが、花が対称中心を持つように配置されているのも、非対称の日本絵画とは異なる。背景の地が、ムラを持たせたウルトラマリンブルーなのは、図8と同じだが、偶然なのか、それともこの色が現代ではよく用いられるのだろうか?

感想:少し現実離れした花の造形、おそらく想像上の花であろう。目のさめるような空色の輪郭はどこか中東を思わせる造形。それらも併せて、伝統的な和の絵柄からは遠い異国風の絵柄。

感想:ガクアジサイを描いているが、和風からは遠い絵柄である。明るい空色の中に、上から眺めたガクアジサイが間隔をあけて全体に配置され、明るくてイタリア風の壁紙のような印象の絵に見える。プリントのように見えるのは線が見えないからかもしれない。

朝日新聞社賞
感想:目の覚めるような青い花は珍しい。すべてを青の同系色でまとめようとしたのであろう。しべの部分も銀色なので、想像上の花かもしれない(ただ受賞説明にはアネモネとある)。銀色の輪郭線も効果的。この絵柄も和と西洋がミクスしている印象を受ける。

感想:絵柄は琳派風である。しかし黒ベタは漆器を思わせるが、このような琳派風漆器があったかどうか記憶が定かではない。特徴的なのは、葉の周りの太く白い(銀色?)輪郭である。一方、オウムにはそのような輪郭をつけていない。それが現代的なのか、あるいは太い墨線の輪郭は江戸時代でもあったような気がする。

感想:野菜は日本絵画の伝統的なモティーフ。なので、見慣れた絵柄で安心感がある。薄灰色の地も渋い。しかしよく見ると、カブの実に薄灰色で、さらには葉っぱの陰も黒で示しているのは西洋絵画的で、日本絵画の伝統をはずれる。また、葉っぱの先も日が経って黄ばんだ部分が生じた様子を示しており、モティーフは日本的でもリアリズムを感じる。
(2)幾何学模様、非具象模様の有線七宝作品
参考までに、展示されていた有線七宝の中で、具象模様ではない作品を下に示します。

上段左:有線七宝香合「春光」 久保 かよ子氏 上段右:有線七宝蓋物「緑さす」 高木 ゆう子氏
下段左:有線七宝合子「華祭り」 折茂 惠氏 下段右:有線七宝「はなまんだら」 岡本 美子氏
作家の立場で考えると、明らかに植物の絵柄に比べて大変そうで、その技術的背景の理解がないと、これらの作品のすばらしさは評価できないと思います。
ただ、気になるのは、有線七宝の作品になぜ具象模様が多いのか、その理由が不明な点です。今後、頭の隅に置いて工芸の世界を見ていくことにしたいと思います。
(おしまい)
前回の記事は、下記をご覧ください。
