短編ミステリー「おふたりさま探偵」 第3話
第1話
https://note.com/why_narab/n/n857f124a0931
前話(第2話)
https://note.com/why_narab/n/n579150014a9d
まだミステリー感皆無ですが、なんとか次話までお付き合いください。
3
「そんなにかしこまらないでください」
奈津季が頭を下げると、須和部は慌てふためいた様子で言った。
上ずった声から眉の下がり方に至るまで、やはり春希にそっくりだ。
一旦信じた体で話を合わせているものの、奈津季は彼こそが春希本人なのではないかという疑いを捨てきれずにいる。
彼の話は情報量が多くもっともらしかったとはいえ、与太話の域を出ない。彼と春希が同時に存在する場面でも見ない限り、二人が別人であることを信じ切るのは難しかった。
「でも私、本当に失礼なことをしましたので。通りすがりの人にパンツを直撃させた挙句、その人を自分の恋人だと思い込んで話しかけるなんて」
その人が本当に通りすがりの人ならば、だけれど。そう内心で付け足す。
「回避できなかった僕の落ち度もありますから。おかげであなたの話を聞けて良かったですよ。実は僕、ドッペルゲンガーさんのその後がずっと気がかりだったんです」
「そうだったんですか。それで須和部さんも春希さんの行方を探していたんですね」
「ええまあ。……僕、彼を探していたなんて言いましたっけ?」
奈津季のかま掛けに、須和部はあっさり白状した。
「いえ、願望を口にしてみただけです。私も春希さんを探しているところですから。もし須和部さんも同じなら、何か情報をお持ちじゃないかと思って」
それに、須和部がこのタイミングで奈津季のマンションの真下を通りがかったことへの疑問もあった。
「察しがいいですね。実はその通りで。僕が今ここにいるのは、この辺りで僕そっくりな人を見かけたという話を聞いたからなんです」
「それはつい最近の目撃情報ですか? それとも二週間以上前?」
「残念ながら二週間以上前のことだそうで。ただしこの数日の間にもうひとつ、鞍馬口周辺でも目撃情報がありました。次はそっちにも行ってみようと思っていたところです」
奈津季はあっと声を上げる。
「ん? 何か心当たりがおありですか」
「私の兄のマンションが鞍馬口の辺りにあります。春希さんはそこにいるのかも」
須和部が黒縁眼鏡の向こうの目を瞬かせた。
「盲点でした。彼の失踪は兄にも伝えましたが、そのときには何も教えてくれませんでしたから」
さしたる感慨もなさそうに「記憶が戻って、元いた場所に帰ってしまったのかもな。なら良かったじゃないか」と言い放った兄に、春希が失踪したという事実以上のことは何も話せなかった。
しかし、今にして思えばあの反応は――普段ぶっきらぼうながらも妹には甘い彼にしては――冷たすぎた。当の兄が何らかの理由で春希を匿っていたからこそ、あえて突き放した態度を取ったのではないか。
自身にとって都合の良い解釈ばかりに傾きつつあることは承知で、奈津季は一旦須和部を信じることにした。
「あの。もしよろしければ、奈津季さんのお兄さんのご自宅に案内していただけませんか」
願ってもない申し出だった。
うまくいけば春希との再会を果たせる上、その場で須和部と春希が別人であることを証明できるのだ。
「わかりました。私の推測が外れていたら申し訳ないですけど」
「そのときはそのまま鞍馬口周辺を探して回りましょう」
兄は勤務中かもしれないが、幸い奈津季は彼の部屋の合鍵を所持している。今すぐ乗り込んで、叶うならば恋人に一言文句を言ってやりたい。
そうはやる気持ちを抑え、奈津季は密かに抱いていた懸念を口にした。
「でもその前に教えてください。須和部さんは春希さんに会ってどうしたいんですか? 元気そうにしているのが分かればそれでオッケー、なんてことはないでしょう。さっきのお話がすべて本当だとしたら、春希さんが生きている限り須和部さんは安心して暮らせないことになるのでは?」
「ん、まあ……」
須和部は口ごもり、特段ずれてもいない眼鏡を二、三度上げた。「実は僕、現在無職でして」
「何の話ですか。あ、春希さんに一万円を貸していたんでしたっけ」
「それを回収したいわけではありません。そもそも貸してないんですけど。……まあいいや。一連の出来事を経て、僕は会社を辞めました。残り少ない人生を好き放題生きるためです。外出は控えめに、どうしても出ざるを得ないときは細心の注意を払うようにして、しばらく遊んで暮らしました。するとだんだん命の危機に慣れてきて、今度は経済面での危機を感じるように。なのでフリーターに転身しました。暇さえあれば求人サイトを眺め、日雇いバイトを渡り歩く日々は案外楽しかった」
話が長くなりそうで、奈津季はこの後着替える服のコーディネートを考え始めた。
「キャリア形成も将来のための貯蓄も会社への貢献も何も考えず、今の自分を生かすためだけに行う労働。これが本当に楽しくって。生きていることの実感と、もっと長生きしてこの日々を続けたいという欲がわいてきました」
「それは……何というか、皮肉な話ですね」
「本当にね。中でも楽しかったのは着ぐるみアクターの仕事でした。とある寺院が『ノッポのマッポウくん』なるゆるキャラの着ぐるみを作ったらしく、その中の人を募集していたのです。他の応募者の多くは経験者だったようですが、それゆえに小柄な人が多かったとかで、晴れて僕が採用となった次第です。何しろ弱々しくひょろ長い手足が特徴のキャラクターでしたので」
「あ、マッポウくんなら知ってます。確か末法思想を擬人化したゆるキャラでしたよね」
「ええ。世相にマッチしたコンセプトが話題となり、コロナ禍に一世を風靡したとかなんとか。僕は寡聞にして最近まで知らなかったのですが」
「実は私もです。二週間ほど前にショッピングモールで着ぐるみを見かけて、そこで初めて……」
はっと息をのむ。
その日、奈津季と春希は二人で買い物に出ていた。片時も離れず一緒にいたわけではなく、三〇分ほどの別行動を取るタイミングもあった。
そして、春希が姿を消したのはその翌日ではなかったか。
「お察しの通り。その日『マッポウくん』に扮していたのは僕だったのです。……狭い視界の中に春希さんの姿を捉えた僕は、思わず着ぐるみの頭を脱ぎ捨てて話しかけました。何とかお互いが長生きする方法を知りたい一心で、つい彼を質問攻めに」
「春希さんが記憶喪失であることはご存知だったんじゃあ?」
「ん? いや。事故当日は一時的に混乱していただけだと思っていましたし……彼がまるっきり記憶を失っていたと知ったのは、二週間前のそのときですよ」
奈津季は何となく腑に落ちないものを感じたが、ひとまず相槌を打った。
「しばらくすると彼はこの世の終わりのような顔で逃げ出し、子どもたちは泣き出しました。僕はその後着ぐるみアクターをクビになりました。寺院の人たちは『末法の世に顕現すべきは弥勒如来。人の身で何をしているのか』とカンカンでした。以上が、僕が無職になるまでのいきさつです」
「えっと。要するに、あなたが春希さんを探しているのは……質問への回答を今度こそ得るため?」
「そういうことです。これは憶測なのですが、僕と再会したことこそが春希さんの失踪の原因なのではないでしょうか? 例えばあれをきっかけに記憶を取り戻し、ドッペルゲンガーとしての使命を胸にあなたの元を離れたとか。だとすれば、今度こそ答えを聞き出すことができるかもしれません」
確かにその可能性はあるように思えた。しかし……仮に春希との話し合いの場を設けたとして、二人ともが長生きする方法など存在しないことが分かったら?
そのとき須和部は一体どうするつもりなのだろうか。
「どうしました?」
春希と同じ声で心配そうに尋ねられ、奈津季は不吉な想像を頭から振り払った。
「ちょっと寒くて。……急いで着替えてきますね。それから兄のマンションへ案内します」
心の中で須和部に詫びる。
彼は自分が死ぬ前に春希を殺すつもりなのではないか――などという、失礼極まりない想像をしたことに対しての謝罪だった。
こうも春希とそっくりで優しげな彼に、そんな恐ろしい真似ができるはずもないのに。
*
市営地下鉄を乗り継いで鞍馬口へ向かう途中、二人はあえて春希の話をしなかった。
「そういえば、奈津季さんのお兄さんというのはもしかして『いもあかさん』のことでしょうか」
「いも……? 兄の名前は世志貴ですが」
「いもあかさんというのは略称ですよ。一〇日ほど前、『妹が当事者@情報垢』というアカウント名で『どっさば会』に参加してきた人のことです」
「どっ……? それも何かの略称ですか」
「ドッペルゲンガー・サバイバーの会。正式名称は格好良すぎて恥ずかしいので、みんなどっさば会と呼んでいます。ドッペルゲンガーに遭遇し、生き延びている人たちによるSNSコミュニティです。定期的に退会者が出たり、突然人が変わったように明るくなる人が出たりします」
それは本当に人が変わっているのではないか。鳥肌が立ったが、淡々と語る須和部に奈津季を怖がらせる意図はなさそうだ。
「このコミュニティに、『妹の知り合いがドッペルゲンガー現象に悩まされているらしい』という名目で入ってきたのがいもあかさんです。部外者といえば部外者ですが、どっさば会の面々は仲間意識が薄いので気にしませんでした。名目のわりに何故か情報収集ばかりしていましたね。傍から見ていた僕にとっても有益でしたし、どさくさに紛れて春希さんの目撃情報を聞き回ったりもできたので、大変助かりました」
「なるほど。春希さんからドッペルゲンガー現象について聞いた兄が、その真偽を確かめようとしてそうしたのかもしれませんね」
「僕もそう思っているところです。だとしたら妹想いのお兄さんですねえ」
「ええまあ。……本当にその人が私の兄なのかは分かりませんけどね」
気恥ずかしさを誤魔化そうとして、奈津季は話題を変えた。
「須和部さんにご兄弟はいらっしゃらないんですか?」
「いますよ、弟がひとり。須和部友仁という名前で」
「あれ。何だか聞き覚えがある気がします」
「ちょっとした有名人ですからね。二〇代にして市会議員をやっていまして。僕と違って人望にあふれ、いつも人に囲まれている好青年です。名は体を表すといいますか」
「思い出しました。以前、街頭演説か何かで『私は二人兄弟の次男なんです。兄とは見た目も性格も全然似ていませんが』なんて話をされていましたよ」
確か、「兄は自身をしっかり持っている人ですから、尊敬しています。自分はつい周りの反応を気にしてしまう人間なので」といった旨の言葉が続く。
奈津季自身と兄の関係性に似ていたからか、候補者の名前よりも発言のほうが印象に残っていた。
「よく家族の話をしているそうですね。今どきの若者ながらも家族を大事にしているイメージを作ることで、中高年層への支持拡大を狙ったんだとか。……そんな戦略を別にしても、僕のことを本当に尊敬してくれてはいるみたいなんですけども。変なやつですよ。自分のほうがよほど優秀なくせに」
照れたように頭を掻く須和部。
春希のそっくりさんとしてではなく、須和部逸人というひとりの人間のバックボーンが垣間見えた気がした。
……春希に奈津季がいるように、須和部にも家族や友人がいる。
恋人と自身の幸せを願うことは、須和部とその周囲の人間の不幸せを祈ることに等しいのだ。
奈津季はそれを肝に銘じた。
次話(第4話)
https://note.com/why_narab/n/n55eb19e28e1a
