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短編ミステリー「おふたりさま探偵」 第4話 (創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)

第1話
https://note.com/why_narab/n/n857f124a0931

前話(第3話)
https://note.com/why_narab/n/n15c227082fdf


 4

 奈津季の兄、世志貴の部屋は四階建てマンションの三階にある。
 二人の両親は三年前、自分たちの親――奈津季にとっては祖父母――の介護をするため故郷の福岡に戻った。
 その際、京都育ちの兄妹は二条城近くの実家マンションで二人暮らしを始めたが、二か月前に兄が部屋を出た。妹とその恋人を気遣ってのことだ。
 彼の決断が純粋な優しさから来ているのは分かっていたが、それでも申し訳なくて、奈津季が兄の部屋を訪ねることはついぞなかった。引っ越し直後に一度案内され、お守り代わりの合鍵を貰ったきり。
 そのときの記憶を呼び起こしながら、奈津季は須和部を連れて階段を上った。

 三〇二号室のインターホンを押す。返事はない。水色のキーケースから合鍵を取り出し、ためらわずに開錠した。勝手に部屋に立ち入ったとて、兄はきっと奈津季を叱らない。
 が、扉は少ししか開かなかった。U字ロックに阻まれたのである。
 つまりは居留守。
 四センチほどの隙間から室内を覗きこむ。見えるのは通路だけだ。やがて引き戸の開く音がした。
 奥の居間から現れた人物を視認するより早く、聞き慣れた声が耳に届いた。
「なっちゃん」
 ようやく会えた恋人は、慌てた様子で玄関に駆け寄ってきた。U字ロックを外して扉を大きく開け、奈津季の背後に視線を移す。
「と、須和部さん? どうしてあなたがなっちゃんと一緒にいるんですか」
 どこか観念したような口調だった。
 奈津季は一瞬違和感を覚える。しかしすぐに合点がいった。
「……春希さん、須和部さんのことが分かるんだね。それって記憶が戻ったってこと?」
「少しだけね。何もかも思い出したわけじゃないよ」
 春希は一瞬逡巡する様子を見せて、奈津季と須和部を室内に招き入れた。

 玄関から入ってすぐのダイニングには、木製の机ひとつと布張りの椅子二脚で設えたスペースがある。
 奈津季は須和部と共にそこに腰かけ、脇のフローリングに敷かれた場違いな布団を眺めた。居候の春希はここで寝泊まりし、不在とおぼしき世志貴は奥の居間で生活しているのだろう。
 何故兄は奈津季に春希のことを黙っていたのか。何より、春希はどうして突然いなくなったのか。努めて冷静に尋ねると、春希は苦々しげに答えた。

 どうやら二週間前、須和部との接触によって記憶が戻ったというのは本当のことらしい。
 とはいえそれはほんの一部。自身が須和部のドッペルゲンガーであるという事実と、持って生まれた使命だけ。須和部逸人としてのすべての記憶や、車に撥ねられる前後の記憶はほとんど失われたままだそうだ。
 要するに彼は、春希としての自我を保ったまま自らの業を思い出してしまった。
 自分のせいで須和部は日々命の危機に見舞われている。やがて不慮の死に至るだろう。それを理解しながら生きながらえている自分に、奈津季と添い遂げる資格は果たしてあるのか。
 そんな苦悩に耐えかね、春希は奈津季のもとを飛び出した。そうして街をさまよっているところを世志貴に保護されたのだという。

「世志貴さんにはすべて話したよ。その上で彼はぼくを匿ってくれた。なっちゃんにはこれまで何も話さないでくれていたんだね。……いつかぼくの決心がつくのを待ってくれていたのかな」
 決心とは何か。尋ねようとした奈津季だったが、続く春希の声に遮られた。
「須和部さん、あなたがぼくを探しているのは分かっていましたよ。『どっさば会』でのあなたの動向はこの部屋の主を通じて聞いていましたから」
「というと、やはり『いもあかさん』として『どっさば会』に出入りしていたのは世志貴さんなのですね」
「ええ。赤の他人のぼくなんかのために――いえ、ぼくというよりなっちゃんのためなのは承知していますが――あそこまでしてくれて。そうして、彼はぼくの正体を確かめた今でもなお、ぼくたちの仲を応援してくれているんです」
 春希は須和部の目をまっすぐ見て、いつになく朗々と言った。
「須和部さん。ぼくはこの二週間悩みに悩みました。それでようやく決心したんです。この先もずっとなっちゃんと一緒に生きていこうって」
「はあ。……ん? プロポーズですか? 僕がここにいるのに」
「そう、あなたがいるのに。自分があなたの人生を奪って存在していることを、ぼくはきちんと受け止めます。その上で胸を張って生きていこうと思います」
「そういう意味で言ったんじゃないです」
「ですが今、ぼくたちの状況は不平等ですよね。長生きしたいと思っているのはきっと二人とも同じなのに、日々危機にさらされているのは須和部さんだけ」
「まあそうですね。一度巻き込みはしましたが」

「だから決闘しましょう、須和部さん。それでどちらが生きるべきかを後腐れなく決め、勝ったほうは相手のことを忘れて生きていくんです」

「……はい? 何て?」
「そうでなくては、ぼくは一生あなたへの負い目を感じたまま生きていくことになります。なっちゃんにも顔向けできない。あなただって納得して死ねないでしょう」
「いや、死ぬのに納得も何もないですけど」
 須和部は困った様子で奈津季を見た。奈津季にしても困惑しきりで、しばしの間二人顔を見合わせる。
「ええと、春希さん。本気で言ってます? 僕は平和主義者ですよ。争いごとなんて受験戦争以来無縁です」
「でしょうね、ぼくも同じですもん。ですから種目は平和なもので構いません。例えば、期日までにお金をどれだけ多く稼げるかとか。社会貢献活動というのもいいですね。勝敗のつけ方が難しそうですが……ともかく、どちらがより社会にとって必要なのか判断できれば」
「社会に必要ないほうが死ぬべきだってことですか」
「それはそうでしょう」
 頷く春希の表情には一切の葛藤が見られなかった。心底からそれが当たり前だと思っているようだ。
 一方須和部は目を丸くしている。
 元が同じ人物だとは思えないほど噛み合わない二人だ。先ほどからそう感じていた奈津季だが、今このやりとりにおいてその印象がますます強まった。

「一週間後に改めてお会いしましょう。ぼくと須和部さん二人きりで。それまでに決闘の種目について考えておいてください」
「いやいや。改めてお会いすること自体には賛成ですけども」
「待ち合わせはどこにしましょうか。わかりやすい場所だけど人気がなくて、誰かの自宅でもない中立なところがいいですね。心当たりは?」
「えっ。そうだなあ……待ち合わせ場所としてぱっと思いつくのは『はかるんどん像』の前ですかね。以前僕が勤めていた、コウダ計器という会社のシンボル的存在なのですが」
「人気はないんですか」
「全くないわけではないですね。まあ、終電の後ならまず間違いなく誰も通りませんよ。忙しい部署にいた頃の記憶ですけど。ここからは遠いですが、うちや奈津季さんの家からは歩けます」
「なら、終電後でも帰りの心配はありませんね。ぼくはここから向かってなっちゃんの家に帰ろうと思います。気持ちの整理をつける分にもそれでちょうどいい」
「自分で言っておいてなんですが、そこまで徹底して人目を避ける必要はないと思いますけどね。決闘なんかしないでしょ、実際」
「じゃあちょうど一週間後の一一月一二日、終電がなくなった後に『はかるんどん像』の前で。〇時半で大丈夫ですかね」
「それは一一月一二日の日曜の二四時半、つまり一一月一三日の月曜の〇時半ということでいいですか?」
 あれよあれよという間に話が進み、奈津季はとうとう何も口を挟めなかった。須和部すら置いてけぼりの感があったくらいだ。
「大丈夫。話がついたら胸を張って会いに行くからね、なっちゃん」
 春希はそれだけ言って、早々に客人二人を追い返す。
 これが今生の別れになる可能性など、つゆほども感じさせずに不器用な笑顔を浮かべていた。

     *

 それから一週間、奈津季はろくに眠れぬ日々を過ごした。
 決闘なんて言葉、あの優しくて控えめな春希には似合わない。一度会ったきりの須和部にしたって同じ。姿形に声、表情の作り方まで瓜二つな二人だ。きっと性格も根本的なところはよく似ているのだろう。
 二人の会話の噛み合わなさには疑問を覚えたが、あれはこの半年間の過ごし方の違いが影響したに違いない。
 つまりは奈津季との出会いが春希を変えてしまった。
 しかしながら、元々春希のほうが少し隙のある感じがして、そこに奈津季の庇護欲がくすぐられた面はあるのだが。
 一方の須和部は、一見弱々しくとものらりくらりと独りで生きてゆけそうな男だ。理不尽にふりかかる危機をものともせず半年間生き抜いてきただけのことはある。
 ……その二人のどちらにしても、争いごとから縁遠いタイプなのは間違いない。
 決闘の種目に平和的な方法が選ばれることを疑ってはいないが、どんな方法を取るにしろ、どちらが生きるべきかを決めるなんてそれだけで重大なこと。死を自ら受け入れることも、相手に突きつけることも簡単にはできるはずがない。
 実際、自身が須和部の犠牲を前提に存在しているという事実に耐えられなかったからこそ、春希は一度奈津季の前を去ったのではないか。

 約束の時刻を直前に控え、奈津季はようやく決意を固めた。
 二人を止めよう。自身の説得ならば春希はきっと耳を傾けてくれる。
 何とかして二人がどちらも長生きする方法を探せばいい。元々須和部はそのつもりだったのだ。
 この状況に至ったのは――少なくとも春希の知る限りでは――そんな方法は存在しないからだろうが、第三者である奈津季が協力すれば何かが変わるかもしれない。
 兄に頼むのもいい。ひとまずは不自然な事故の履歴を調べ、ドッペルゲンガー現象の当事者を片っ端から探し当ててもらえないだろうか。
 壁掛け時計を見上げる。
 もうすぐ〇時になろうという頃だ。自宅マンションからコウダビルまでは歩いて二〇分弱だから、待ち合わせ時刻には間に合うはず。
 コウダ計器の自社ホームページによると、ビルの東側入口前に「金のはかるんどん像」があるらしい。
 奈津季は厚手のパーカーにデニム、スニーカーといったいつになくカジュアルな衣装をまとい、できる限り早足でそこを目指した。

 ビルにたどり着き、街灯に照らされた壁面をひとしきり眺める。
 正面玄関ではなさそうなこじんまりとした入口よりも、その左隣に設置された像が先に目に入った。
 地上一メートルほどの高さの台座に、手足と二つの目を持つ真ん丸な金時計――針が一本なあたり、実際は時計ではなく何らかの計器を模したものなのだろう――が乗っかっている。これが「はかるんどん」なるキャラクターの像に違いない。
 そして、その脇にはひょろっとした男の姿。幸いまだ一人だった。

 男に声をかけようとした瞬間、奈津季の鼻先にぽつりと雨粒が落ちた。
 そういえば爆弾低気圧が近づいているのだったか。
 真夜中の空を見上げると、ほのかな照明に照らされた屋上看板が目に入った。青い筆文字で「コウダ計器」とある。それが何だかうごめいている気がする。
 ……看板全体が前後にがたがたと動いている?
 落ちてくる。直感的にそう思った。
 奈津季は男の斜め左側から、彼に向かって走り出した。彼が春希なのか須和部なのかは分からない。考える前に体が動き、手を伸ばしていた。
 しかしその手が届くことはなかった。
 男は突然コンクリートの地面を蹴り、正面方向に躊躇いなく駆け出した。奈津季は勢い余って足を挫き、その場に膝をつく。
「奈津季さん?」
 そんな声が聞こえた気がする。
 地面にふっと巨大な影が落ちた。

     *

「あ、須和部さん。さっきこの辺りで大きな音がしましたよね? というかどうしてこっちにいるんですか。待ち合わせ場所は『はかるんどん像』の前だったはずでしょう」
「それならここですが」
「またまた。ぼくはさっきまで像の前にいたんですよ」
「それは『銅のはかるんどん』かもしれません。北側にいるリニューアル前のデザインのものです。単にはかるんどん像といえば普通はこっち、『金のはかるんどん』のことで」
 救急への連絡を終えた後もなお、状況を受け入れきれない須和部は呑気にそう答えた。
「そんなことより……あの看板を持ち上げるの、手伝ってもらえません? 非力な僕たちじゃ無理かな? あと、こういうときって警察も呼ばなきゃですよね。先にそっちを済ませるべきでしょうか。とにかく救急車だけは先に呼んだんですけど」
 須和部の震え声と引きつった表情に、春希はようやく事態を察したらしい。
 彼は「金のはかるんどん」に目をやった後、その足元で大破している二×三メートルほどの屋上看板を見て絶句し、さらには下敷きとなった人間の足に気づいて絶叫した。

 そのさまが須和部に現実を突きつける。
 ……春希の恋人は須和部の身代わりになったのだ。


次話(第5話)
https://note.com/why_narab/n/n8d306b624ca0

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