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短編ミステリー「おふたりさま探偵」 第8話 (創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)

解決編その2。
次で終わります。

第1話
https://note.com/why_narab/n/n857f124a0931

前話(第7話)
https://note.com/why_narab/n/nc1c09a754f67


 

 奈津季の死から四日経ち、通夜がようやく執り行われた。須和部はそれに参加せず、喪主の自宅マンション近くで時間を潰していたわけだが。

「どうも。今更ですが、ご愁傷さまでした」
「もう着替えたんですか」
 マンション前で待ち構えるトレーナー姿の須和部を見て、皴ひとつない喪服姿の長身の男、世志貴は整った眉を訝しげに動かした。
 須和部にとってはこれが初対面。
 背筋を伸ばして堂々と歩く男だな、というのが第一印象だった。春希の話では須和部より二つ年上――三二歳のはずだが、奈津季に似た優しげな顔立ちは二〇代半ばくらいに見えなくもない。

「ん? ああ、僕は須和部ですよ。うちに一着しかない喪服を着て、お通夜に出席していたのは春希さんのほう。だから、まずは『初めまして』ですね」
「そうでしたか。しかし初めてお会いする気はしませんね。奈津季や春希くんから話を聞いていたからでしょうか」
「単に春希さんと見た目が同じだからでは。あと、ウェブ上では直接お話ししたこともありますもんね。いもあかさん」
「その妙な略称で呼ばないでください」
「失礼しました。ところで今日、春希さんとは何か話しましたか」
「少しね。奈津季のことばかりです」
「そうですか」須和部はそっと目を伏せた。「僕は別の話をしに来ました。事件の話です」
「……部屋の中でお話ししたほうが良さそうですね」

 世志貴の招きに従い、須和部は三〇二号室へ向かう。
 自ら扉を閉めるなり、「ここで結構です。お茶も席も結構ですので」と、玄関前に陣取った。
 居間に向かおうとしていた世志貴が振り返る。
「あなたは奈津季さんの事件の捜査には関わっていないそうですね」
「まあね。関わっていたとしても、私から捜査情報をお伝えすることはできませんよ」
「大丈夫です、そんな要求をするつもりはありません。……河野旺輔が逮捕されたことはご存じですか?」
「ええ。それで事件がひと段落したので、ようやく通夜に臨めたんです。詳しい事情はまだ聞けていませんが」
「一昨日の夜、僕が警察に情報を提供したんです。『実は僕、半年前ひき逃げに遭ったのです。河野旺輔はそのときの犯人かもしれません。それで口封じに僕を狙ったのかも』ってね。何故その場で通報しなかったのかと散々絞られましたが、大した怪我ではなかったので、の一点張りで通しました」
「なるほど。その裏付けが取れたおかげで逮捕状が請求できたというところですかね」
「恐らく。直後に本人にも連絡しましたので、さっさと自供してくれたのかもしれませんが」
「本人? ……逮捕される前の河野本人に連絡したんですか?」
「はい。手っ取り早く事件の真相を確かめるにはそうするしかないと思って、知り合い伝いに連絡先を聞きました。おかげで知れたことには、ひき逃げ犯は河野さん本人ではなかったんです。当時の運転手は車好きの甲田社長――コウダ計器の二代目で、なかなかのやり手です――だったらしく、河野さん自身は助手席に座っていたとか。これ、河野さんから話を聞いた甲田社長が僕に連絡してきて、それでようやく知れた話なんですよ」
「つまり、河野は社長の犯罪行為を隠すために須和部さんの殺害を企てた上、そのことをずっと黙っていたわけですか。忠実というか何というか」
「びっくりしますよね。河野さんは本当に社長を尊敬していたようで、その後自ら僕に電話してきて『社長は環境保護や福祉への支援も積極的に行っておられる、これからの社会にとって必要な方です。交通事故の件は示談ということで忘れていただき、今回の事件についても余計なことは話さないでほしい。勿論、罪は私が償いますので』なんてことを言ってきたんです。当の社長はとっくに観念した様子だったのに」
「……人の命を何だと思っているのでしょうね」
「まったくです。彼は奈津季さんへの謝罪の言葉こそ口にしていましたが、轢かれた僕――実際には春希さんですけど――を見捨てたことも、その上口封じに殺そうとしたことも、未だ反省していないようですからね。失敗したことが悪かったと思っている節すらある」

 世志貴が口惜しげに唇を噛み締める。
 須和部は冷たい扉に背中を押しつけ、軽く息を整えてから言った。
「ねえ門倉さん。あなたも河野さんと同じように思っているんじゃありませんか」
「何が言いたいんです」
「奈津季さんじゃなく僕が死ぬべきだった。……きっと今でもそう思っていますよね」
「申し訳ないが、遺族がそういう気持ちを抱くのはある程度仕方ないことですよ」
「その程度じゃなくもっと積極的に、です」
 後ろ手で密かにドアノブを握り、念のための退路を確保する。
「はっきり言いますよ。河野さんを焚きつけたのはあなたでしょう」

「焚きつけた?」
「よくご存じでしょうが、改めてお話ししますね。……事件の概要はこうです。一一月五日の夕方、僕と春希さんはあなたの部屋で再会しました。その場で決闘の約束をし、一一月一三日の〇時半、『はかるんどん像』の前で待ち合わせをすることに。当日、僕と春希さんはどちらも約束の五分前に目的地へ到着します。僕は『金のはかるんどん』、春希さんは『銅のはかるんどん』の前で相手を待ちました」
「すると、あなたのほうの頭上に看板が降ってきて、たまたま駆けつけた奈津季が犠牲になってしまった」
 世志貴は低い声で絞り出すように言う。
「ええ、痛ましいことに。……ここで妙な偶然がひとつありましたね。僕たちは待ち合わせ場所を勘違いしていたということです。元を辿れば僕がややこしい言い方をしたのが悪いんですけど、『はかるんどん像』といえば普通は『金のはかるんどん』なんですよ。ネットで検索してもそう出てきます。だから奈津季さんもビルの東側にやってきたわけで」
「『銅のはかるんどん』だって『はかるんどん像』ではあるんじゃないですか」
「その通りです。でもそんな勘違いをしたということは、春希さんはネットで調べたのではなく誰かに『はかるんどん像』の場所を聞いたんですよ」
「誰かというのは?」
「そりゃあなたしかいませんよね。一応春希さんにも確認しましたが、その通りでした。決闘の三日前、はかるんどん像の場所をあなたに調べてもらったのだとか。……調べる前から知っていたんじゃないですかね、はかるんどんが二体いることも。あなたはコウダビルを何度も訪れていたわけですから。ひき逃げ事件について探ったり、ポストに直接怪文書を投函したりするためにね」

「私がそんなことをしたという証拠はあるんでしょうか」
「ご自宅か勤務先のパソコンでも調べれば出てくるんじゃないですか。……とまあ物的証拠はありませんが、状況的に僕はあなたを疑っています。怪文書を投函できたのはそもそもひき逃げ事件の存在を知る人間だけですから。河野さんに甲田社長、それから一応僕と春希さん。さらには『どっさば会』の面々ということになります」
 苛立った様子のため息が聞こえた。
「しばらく前、あなたは春希さんの――自分が実はドッペルゲンガーであるという――告白を受けて『どっさば会』に接触してきました。そこで情報収集をするうちにドッペルゲンガーのルールを知り、春希さんのオリジナルが僕こと『ご長寿マンボウ』であることに気づいたのでしょう」
「妙な名前のアカウントですよね」
「『すぐ死にそうなわりになかなか死なない』の意を込めた名前です。そうしてあなたは僕たちが遭遇したひき逃げ事件に――ひょっとすると春希さんの身辺調査の一環でもあったのか――注目し、独自調査によって河野さんに辿りついた。銀行か街中の防犯カメラでも当たったのかなと思っていますが、詳しくは聞かないことにします。何にせよ、後日春希さんから決闘の話を聞いたあなたは、自身が持つ情報を利用して河野さんに僕を殺させようと画策した」
「一体どうやって?」
「僕からの手紙を装って怪文書を送った。その中で、ひき逃げの現場にいたもうひとりの人物は自分のドッペルゲンガーだということと、ドッペルゲンガーのルールを伝えたんですね。送り主がひき逃げの被害者本人なのを証明するという名目でしたが、それによって河野さんは、僕を殺しても証拠は残らないことを知りました。残るひとりの目撃者は僕に消えてほしがっている側の人間なので、脅威にはならなそうだということも」
「……そのあたりは河野本人に確認しているのですよね?」
「ええ。そして最後の怪文書には、口止め料の受け渡しを行うための待ち合わせ場所と日時が記されていました。『一一月一三日の深夜〇時半(一一月一二日の二四時半)、金のはかるんどん像前』です。こうして河野さんは、脅迫者である僕を待ち合わせ当日に殺してしまえばすべてが解決すると思った。うまくいけばドッペルゲンガーのルールによって僕の死自体なかったことになり、後には壊れた看板だけが残ると。その上一応のリスクヘッジとして、事故を装えるような方法を取った。……全然装えていませんでしたけど、これはどうも奈津季さんの乱入に動揺したせいもあったようで」

「ドッペルゲンガーのルールというのは、『ドッペルゲンガーかそのオリジナルが死ねば死体は残らない』というあれのことですか。それなら私も存じていますが、あんなものを信じて殺人を犯す人間がいるとは思えませんよ」
「河野さんなら信じてもおかしくないかなと。目の前であんな奇跡を見せられたんですから」
 須和部はあの日のこと――光の粒が霧散する幻想的な光景を思い浮かべた。
「あなたは半身半疑だったんでしょうね。だから自ら手を下そうとまでは思わなかった。とはいえ脅迫までは実行できたわけですから、かなり『信じる』寄りの心情ではあったのかな」
「まあ、あなたや他の会員の皆さんが普通の状態でないことまでは信じられましたかね。道を歩けば植木鉢の的になり、油断すればマンホールに足を取られる。要するに死がひどく身近になっているらしい、ということまでは」
「なるほど。そんな人間に対する誰かの殺意を煽れば……要はきっかけを作れば、その『誰か』はきっと殺人を実行する。そんな風に思いましたか」
 世志貴は答えず、口惜しげに息を吐いた。
「否定しないんですね」
「認めたわけではありません。……ひとつ言わせてもらうなら、実行されなくたって別に良かったと思いますよ。そのときは怪文書の存在なんて無かったことになるだけ。河野が自らひき逃げの事実を認め、怪文書を持って警察に駆け込むとは思えませんから」
「なるほど。あなたは結局、決闘によって春希さんが死ぬ可能性を少しでも減らしたかっただけなんでしょうね。奈津季さんのために」
「奈津季の幸せには春希くんが必要でした。あなた方、私からすればどっちも似たようなものですけど……奈津季にとってはそうではなかったようなので」

「ですが、そのせいで奈津季さんは亡くなった」
「何のせいですって? 私は何も認めていませんよ」
 世志貴の顔に場違いな微笑みが浮かぶ。
「春希くんが生き残れば奈津季は幸せになれたはずでした。勿論春希くん自身もね。やがて二人が形式的にも結ばれたなら、家族――私や奈津季の両親に春希くんの両親、いずれは二人の子どもにだって、温かな幸せが訪れたことでしょう」
「春希さんの両親? ……まさか僕の両親のことを言っていますか。あのね、僕が生き延びた場合は僕自身が幸せになれるんですよ。ちょうど今最高に人生が楽しいんです」
「でしょうね。『どっさば会』に出入りして分かったことですが、ドッペルゲンガーに会うような人間はみんな自分のことしか考えていない。あなたもそうでしょう? 『楽しい人生を長く送る方法を探るため』なんて名目で春希くんを探していた。『誰かのために長生きしたい』という類の言葉は一度も吐きませんでしたね」
 押し黙る須和部に、世志貴は畳みかける。
「『どっさば会』の元会員の足取りを追ってみたことがあります。結婚して幸せな家庭を築いていたり、事業に成功した上社会貢献活動に目覚めていたりする人がちらほら。あれがドッペルゲンガーの成り代わりの成果なんじゃないでしょうか? 要するに……環境やスキルには恵まれているほうなのに、それを他人や世界のために使えない人。性根なり人生観なりの何かが少しだけ違っていたなら、誰かの役に立てていたはずの人。そういう人たちの前に、オリジナルより少しだけ社会生活に適した人間が現れるんです。人間社会の繁栄を支えるための神の思し召しですよ」
 それがドッペルゲンガー現象の正体なのだと世志貴は信じているようだ。
 突拍子もない説だが、須和部には否定できない。
 ほんの数か月で奈津季との絆を築き、自己犠牲の精神まで備えていた春希の姿を思えば……

「熱が入ってきたところに水を差すようですみませんね。今更恐縮ですが、この会話は録音しています。ドッペルゲンガーだの何だのややこしい話ばかりなので、今のところ表に出すつもりはありませんが……あなたが僕に危害を加えようとしたり、脅迫の濡れ衣を僕に着せようとしたりすれば、そのときは活用させていただくつもりです」
「脅迫ね。いずれ私の同僚がその話を聞きにここまで来るんでしょうかね」
「そうかもしれません」

 世志貴の目線は須和部ではなく虚空に向けられている。
「まあいいか。職も立場もどうにでもなれば……奈津季を失った今となっては……」
 平坦ながらもかすかに震えた声で、独り言のように呟く。
「少し弱々しいところはあったけれど、誰にでも優しく笑顔を絶やさない子だった。可愛くて仕方なかったが、いつか俺から離れていく際には温かく送り出してやろうと思っていた。自分の家族を作った暁には、いい奥さんにも母親にもなれただろう。幸せな家庭の様子が目に浮かぶんだ」

 そして、不思議で仕方ないという顔で尋ねた。
「なあ。そんな奈津季が……俺の妹が死んだのに、なんであんたが元気に生きてるんだ?」


次話(第9話)
https://note.com/why_narab/n/nb83c44627f73

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