短編ミステリー「おふたりさま探偵」 第6話 (創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)
第1話
https://note.com/why_narab/n/n857f124a0931
前話(第5話)
https://note.com/why_narab/n/n8d306b624ca0
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とはいえ探偵ごっこなどしたことがない。
翌朝、「ぼくは世志貴さんに頼らせてもらいます」とだけ告げて出て行く春希を見送り、須和部はひとまず聞き取り調査を行うことにした。ドラマの真似である。
今日は火曜日。失職中の須和部とは異なり、聞き取りの対象は真面目に出勤している。
そのため退勤後の一八時過ぎ、コウダビル近くの喫茶店で待ち合わせることにした。
席の間隔は適度に広く、昭和の歌謡曲が適度な音量で延々流れているような店。積極的に盗み聞きでもされない限り、会話が誰かの耳に入る可能性は高くない。
相手を待ちながら、須和部はふと我に返った。
自分は一体何をしているのだろうか?
調査など警察に任せておけば良いのだ。素人の自分にできることなどない。春希にしても同様のはず。
せめて二人で協力すべきではないのか? 三人寄れば文殊の知恵という言葉もある。まあ三人じゃなく二人だし、何なら一人にカウントするのが正しいのかもしれないが。
入口近くの二人席で正面をぼんやり見つめ、そんなことばかり考えていた頃。
涼やかなチャイムの音が響き、開きかけた扉の向こうになで肩の小男の姿が見えた。
嘱託社員の前田さん(仮名)こと前川智治である。
手持ち無沙汰にメニューを弄ぶ須和部を見るなり、前川は冗談めかして言った。
「待たせて悪かったな。急に午後休を取るわけにもいかなくってさ。もしそのタイミングで警察が来たら、何かの間違いで俺が疑われるかもしれないし」
「まさか。こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「おう。二日連続で電話なんて何事かと思ったよ」
「個人の携帯番号を存じていなかったもので、会社に掛けざるを得なくて。二回とも前川さんが出てくれて良かったですよ」
「電話番くらいしかすることのない閑職だからなあ。それで、電話じゃ話せないことっていうのは何なんだ?」
「実はですね……僕、あの落下事故の現場に居合わせていたんです。昨日の電話じゃ誤魔化してしまいましたけど。前川さんのお話を聞いた後、狙われたのは自分だったんじゃないかと考えて恐ろしくなりまして」
「げ。俺もあの後、ひょっとしてそういうことなんじゃないかとは思ったんだよ」
「しかも狙われる心当たりが全然ないものですから、何も分からないのが余計に怖くて。詳しそうな前川さんに色々教えてもらおうと思い、こうしてご足労いただいた次第です。何せコウダのゴシップ王ですもんね」
前川はコウダ計器に四〇年勤める古株だ。総務部の元同僚である須和部は勿論のこと、河野のことも入社当時からよく知っているはず。
「そうかあ。いや、流石に当事者より事情に詳しいなんてことはないと思うが……俺に分かることなら何でも聞いてくれよ」
黄色い歯を見せ、満更でもなさそうに言ったその口で前川は「ホットでいいよ」と続ける。
通りにくい声で何度か店員に呼びかけ、須和部はやっとホットコーヒーを二つ注文した。奢るのは別に構わないが、店員を呼ぶという行為は何度こなしても苦手で気疲れする。
「そうそう、河野は今日も会社を休んでいたぜ。体調不良だと本人が連絡してきたらしいが、本当のところはずっと警察で取り調べでも受けてるんじゃないか」
「警察は会社にも来たんですか?」
「ああ。昨日と同じようなことに加えて、門倉奈津季さんとやらについて知らないかとも聞いていたみたいだ。亡くなった女性のことだよな? その人の写真を見せられて、河野と一緒にいるところを見たことはないかって聞かれた奴もいる」
河野と須和部の接点がなかなか出てこないので、警察は奈津季のほうに目を向け始めたのかもしれない。
「俺の見た限りだと――警察の奴ら、今日は俺のところへ来なかったから本当に見ていただけなんだが――成果はなさそうだったけどな。やっぱりお前の側に何かあるんじゃないのか」
「でも僕、河野さんに恨まれる覚えなんか本当にないんですよ。一年だけ同じ部署で働いたことがありますが、当時もそう関わりはありませんでしたし、あまりに今更ですし」
「辞め方が悪かったんじゃないか? 例えば甲田社長に退職届を投げつけたとか、ひどい捨て台詞を吐いたとか。それなら河野が怒るのも分かる。あいつ、ほとんど社長の信者みたいなもんだからな」
「いやいや、至って普通の手順で退職しましたよ。確かに急ではありましたけど、そのせいでご迷惑を被ったのは社長よりも総務部の皆さんでしょう。……その節は申し訳ありませんでした」
「ん? いいんだよそんなことは。引き継ぎはちゃんとやってくれたんだから。それよりお前、今は楽しくやっているのかい」
不意の質問に、須和部は目を瞬かせた。
「楽しいですよ。下手すると人生で今がいちばん。できるだけ長生きしてこの生活を続けたいと思っています」
多少の貯蓄はあるとはいえ明日の保証もない生活なのに。しかし、奈津季にも言った通りこれは須和部の本音だった。
人生で今がいちばん楽しい。学生時代とは違ってお金を自由に使え、好きなものを食べて暮らせる。かつ会社員時代とは違って仕事を選べ、職場での人間関係や会社への貢献度を気にしなくて良い。
その上、将来のことを考えなくても許される。自分は明日をも知れぬ命なのだと意識し続けることで、友人が結婚したり昇進したりする姿を見ても全く動じなくなった。
要するに、危険回避のために常に気を張らなければならないことを除けば、ストレスのない理想の日々を生きている。
……全くおかしな話だ。
しんみりしかけたところで中年の女性店員が現れ、不機嫌そうな「ホットコーヒー二つです」の言葉と、濃く淹れたコーヒー二杯を残して去っていった。
「そりゃ良かった。……警察の話に戻るぞ。あいつら、今日はさっと帰っていったように見えたんだが、思い返せば昨日は随分長居していたんだよな」
「ほう。というと?」
「昨日は聞き込み以外の捜査もしっかり行っていたみたいでさ。屋上の検分とか防犯カメラのチェックとか。それを経た上で今日も河野が解放されていないとしたら、これはもう確定なんじゃないか」
「流石に穿ちすぎな気もしますが……『みたいで』ってことはその情報、わざわざ他の人に確認してくれたんですかね? ありがとうございます」
コーヒーカップに口をつける。猫舌の須和部にとっては舐める程度の量しか口に含めないほど熱かった。
「いやあ、大したことはしてないよ。それより……これは俺が元々握っていたとっておきの情報なんだが」
前川はわざわざコーヒーを一口飲んで間を作った後、得意げな顔で告げた。
「ここ最近、差出人不明の手紙が河野宛てに届いていたんだよ。思うにあれは怪文書ってやつじゃないのかな。あるいは脅迫状かも。消印なしで宛名書きはラベルシールの封筒だぜ。どう考えても怪しいだろ」
「えっ。ここ最近って、具体的には?」
「先週いっぱい。たぶん俺と河野しか知らない情報だぜ。手紙の仕分けは俺の仕事だし、当の俺も昨日まではさほど気に留めていなかったし、今日は警察が俺のところまで来なかったから」
察するに、前川はその情報を誰かに――それもできるだけ勿体ぶった上で――言いたくて仕方なかったのだろう。須和部は絶好のタイミングで彼に連絡を取ったわけだ。
「あ。怪文書の出し主がお前だとしたら、お前も知ってたってことになるのか」
「はい?」
「そうか、だから河野はお前を殺そうとしたんだな。一体どんなネタで脅迫したんだ?」
絶句する須和部を見て、前川は大きな笑い声を上げた。
「冗談だよ、お前に脅迫なんかできるはずがないよな。河野も同じように思っているかは知らないが」
ひとしきり笑った後、まだ熱いコーヒーを何食わぬ顔で飲み干す。
須和部の反応に満足したのか、前川は一仕事終えたとばかりに息を吐いてから立ち上がった。
「じゃあ俺、家に晩飯があるからこれで。ご馳走様」
当然のように支払いを任された須和部は、冷めつつあるコーヒーの水面を無駄に揺らしながら、ひとり前川の言葉を反芻していた。
……怪文書? そんなものが本当に届いていたなら、河野の動機はそこにあったと考えるのが自然だ。何故かは分からないが、河野はその差出人が須和部だと思っていたのかもしれない。
これが真実だとすれば決闘はもう終わったようなものだが、はてどのように確かめれば良いものか。捜査の終結か、何なら裁判まで待つしかないのでは? 一体いつになるのやら。
そう考えて、須和部は少し気分が軽くなるのを感じた。
こうも曖昧な結論を春希が認めてくれるかは怪しいものだが。
支払いを終えて店内の男女兼用トイレに立ち寄る。ノックをしようとした瞬間、扉がひとりでに開いた。
その奥に自分自身の姿が見える。一瞬鏡かと思ったが、就寝時と入浴時以外は常にかけているはずの眼鏡が見当たらない。
「びっくりした。……春希さん、どうしてこんなところにいるんです?」
