八重山諸島の旅#3|西表島観光 マングローブカヌーと鍾乳洞探検の一日
2025年5月12日
旅先では、朝の立ち上がり方にその日の空気が出る。
この日の朝、石垣島のホテルで目を覚ましたのは6時すぎであった。前日の疲れが少し残っていたが、静かにパソコンを開き、仕事をすませる。
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旅先でも、少し働いてから出かける。この混ざり方が、今の自分にはちょうどよい。非日常にどっぷり浸かる旅もいいが、日常を少し引き連れたまま移動する旅には、また別の心地よさがある。

シャワーを浴び、朝食バイキングで腹ごしらえをすませ、8時半すぎにホテルを出た。
向かう先は西表島である。ユーグレナ石垣港離島ターミナルへ向かう途中、730の石碑を見かけた。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ戻った歴史を記念する碑である。

こういうものを見ると、旅先の風景はただ美しいだけではなく、その土地の過去を背負って今そこにあるのだと感じる。観光地を歩いているつもりでも、実際には歴史の上を歩いているのである。
ターミナルで西表島・大原行きの往復チケットを買い、朝食代わりにお気に入りの玉子スパムおにぎりを頬張って、9時のフェリーに乗り込んだ。

竹富島や新城島を横目に見ながらの45分。海の上を移動しているだけで、旅が少しずつ濃くなっていく感覚がある。本土の移動と違って、船の時間にははっきりと「島へ向かっている」実感がある。あれは飛行機とも電車とも違う、離島ならではの時間である。
西表島の大原港に着くと、出迎えてくれたのは世界遺産ガイドの浅野健さんであった。竹富町条例公認のプロガイドだという。
こういう案内の人がいるだけで、その日の旅の密度はずいぶん変わる。自分たちだけで歩いていたら見落としてしまうもの、聞き逃してしまう話を、島の側から手渡してくれるからである。
まず向かったのは、仲間川のカヌー体験だった。

雨の影響で川はやや濁っていたが、それでもマングローブの根は美しかった。地面から突き出しているように見える根が、実は下でつながっていると聞くと、景色が急に意味を持ちはじめる。ただ珍しい植物を見るのではなく、その生き方を見ることになるからである。

潮の干満の速さ、森の貴婦人と呼ばれる蝶、カンムリワシの飛翔。西表島の自然は、写真で見たときより、実際にその空気の中へ入ったときのほうがずっと情報量が多い。
音、湿度、風、匂い、そしてガイドの説明が重なることで、森がただの背景ではなく、生きている場として立ち上がってくる。
印象に残ったのは、マングローブには人間のストレスを吸収する効果がある、という話であった。ネイチャーサイエンスでそうした研究も進んでいるらしい。たしかにあの場所には気持ちを鎮める力を感じた。

水面の揺れと根の造形を見ていると、頭の中にあった余計なものが少しずつ静かになっていく感じがした。旅には、にぎやかになる時間と、鎮まっていく時間の両方が必要なのだと思う。西表島の森には、その後者の力があった。
昼は「海風」で八重山そばを食べた。
夏川りみさんの親戚がやっている店だと聞いた。こういう情報にはすぐ反応してしまう。

八重山そばとご飯の定食をいただき、最後は汁にご飯を入れて食べきった。島流、と言っていたが、こういう食べ方は好きである。

食事の作法というより、その土地で自然に育った食べ方に触れる感じがするからだ。観光地で「名物」を食べるのとは少し違う。その島の人が日常の延長でやっていることを、少しだけ真似させてもらう。旅の食は、そのくらいがちょうどよい。
午後は鍾乳洞へ向かった。
ここからがまた濃かった。前日の雨の影響で、昨日とは倒木の位置が変わっているという。自然の中では、昨日の正解が今日も正解とは限らない。そういう当たり前のことを、こういう場所に来ると身体で思い出す。

洞窟の中を進み、最後の狭いところでは、体が挟まりかけた。いや、正直に言えば、ほぼ挟まった。あれはなかなかの体験である。旅先ではときどき、自分の身体のサイズや運動性能を容赦なく自覚させられる瞬間がある。西表島の鍾乳洞は、まさにそういう場所であった。

道中では、50年前に座礁したタンカーの話や、橋の下で暮らしていた仙人のような人の話、出産の際には石垣島の赤ちゃんアパートへ行くという話まで聞いた。こういう話が強い。
絶景の説明だけではなく、島で実際に人がどう生きてきたかという話が、旅の記憶を急に深くする。
西表島は世界遺産として有名だが、本当に印象に残るのは、森の自然だけではなく、その土地で暮らしてきた人たちの知恵や事情のほうだったりする。
旅先では、自然と人間の暮らしがきれいに分かれているわけではない。むしろ、その境目がにじんでいる場所ほど記憶に残る。

ツアーのあと、ピーチパインを食べた。

すると食道が少し痛くなった。酸が強かったのであろう。南の島らしい甘い締めになるかと思いきや、意外と攻めてくる。黒糖ソフトと黒糖で口と喉を落ち着かせつつ、15時のフェリーで石垣島へ戻った。
旅はたいてい、完璧には進まない。その少しの想定外が、あとから思い出すとちょうどよい凹凸になる。ピーチパインで喉を焼かれたことまで含めて、この日の西表島であった。
石垣港に着いてホテルへ戻ると、今度は仕事の修正依頼が届いていた。
メールを再度確認し、大阪のスタッフと連携してすぐに対応する。西表島のマングローブから戻ってきて、そのまま現実の修正作業に入る。この切り替わり方も、今の旅では珍しくない。だが、こういう往復をしていると、旅と仕事が対立するものではなくなってくる。どちらかを削ってどちらかを立てるのではなく、両方を持ったまま移動する。その感覚は、自分の旅の輪郭を少しずつ変えている気がする。
対応を終えたあとは、昨日買ったかまぼこと石垣島地ビールと白雪でひと息ついた。

この時間がよかった。西表島で自然の中に入り、石垣に戻って仕事を片づけ、そのあと地ビールと泡盛を飲む。そんな一日でも不思議と散らばらない。八重山の時間の流れが、そういう無理のない接続を許してくれるのかもしれない。
さらにそのあと、再び「ハンモック」でマッサージを受けた。
昨日に続いての再訪である。こういうことをすると、自分でも笑ってしまうのだが、実際よかったのだから仕方がない。西表島で体を使い、そのあとしっかり緩める。この組み合わせは正解であった。
旅先で同じ店に続けて行くというのは、ちょっとした常連気分も味わえる。数日しかいないのに、少しだけ街に馴染んだような気分になるのが面白い。
夜は「瑚南」という小さな居酒屋に入った。

ここがまたよかった。ご夫婦と娘さんらしき方で切り盛りしている店で、常連さんが泡盛のボトルをキープしながら店主と話している。その声が心地よい。白百合は昔もっとクセが強かったこと、西表島ではガソリンが190円すること、港から山に行くほど物価が上がること。
旅人にとって、こういう会話は極上の観光情報である。観光パンフレットには載らない。だが、こういう生の話こそ、その土地を少しだけ近く感じさせてくれる。
料理もよかった。
シーザーサラダ、チーズ春巻き、あぐー豚餃子、肉なすび炒め、セーイカみそ炒め、だっぴ車えび、そして石垣牛の握り。



どれもちゃんとおいしかったが、石垣牛の握りはやはり印象に残る。脂の甘みがふわっと広がり、旅の終盤に食べるご褒美としてちょうどよかった。
西表島で土と水に触れたあと、夜はカウンター越しに人の声を聞きながら食べる。自然と食と会話が、一日の中で静かにつながっていく。これだから旅はやめられない。
朝の仕事から始まり、船で西表島へ渡り、マングローブの森で静まり、鍾乳洞で体を挟み、石垣に戻って修正作業をし、ビールを飲み、マッサージを受け、最後は居酒屋で島の話を聞いた。
自然にふれ、人にふれ、食にふれ、その合間に少しだけ仕事もした。旅の濃さとは、予定の多さではなく、そこにどれだけ違う手触りが含まれているかで決まるのかもしれない。
西表島のマングローブの根と、石垣の居酒屋で聞いた泡盛の話。その両方が同じ重さで記憶に残っている。そんな一日であった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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