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北海道の旅#25|帯広の最終日は、じんぎすかんと排水溝から始まった

今回の北海道ワーケーションの旅の最終日。
帯広の拠点を整え、じんぎすかんを食べ、駅前を歩いて、ミルキーライナーで新千歳空港へ向かう。
旅というより、少しずつ生活になっていく帯広時間の記録。

前回の話はこちらです。

このシリーズのまとめ記事はこちらになります。
関西から北海道へ通い、車中泊で北海道ワーケーションを実践中の記録。
北海道の旅日記2024



2024年6月18日
今回の北海道旅の最終日。

普通なら、最後の日は名残惜しく観光地を詰め込みたくなる。

しかし、この日の朝にやっていたのは、キッチンの掃除だった。

帯広の拠点で6時に起き、シャワーを浴びる。
そして排水溝の汚れを見つけ、黙々と掃除を始める。

旅先で排水溝を磨いていると、もはやこれは旅行なのか、生活なのか、よく分からなくなる。

ただ、この「よく分からなくなる感じ」が、最近の北海道通いの面白さでもある。

人間、どこへ行っても生活からは逃げられない。

いや、逃げられないというより、生活を連れて旅をしているのかもしれない。

帯広の拠点を整える朝

冷蔵庫を見ると、賞味期限が近い卵があったので、ゆで卵にしておく。

車に積んでいた畳も部屋へ運び込む。

北海道で車中泊をしながら動いていると、荷物はだんだん減っていく。
最初は「あれもいるかも」「これも便利かも」と積み込む。

でも、何度も旅を重ねると分かってくる。

本当に必要なものは、意外と少ない。

むしろ、少ないほうが快適になる。

車中泊も、ノマドワークも、帯広の拠点作りも、結局は同じである。
大事なのは、豪華にすることではなく、続けられる形に整えることだ。

9時半ごろ、ツルハドラッグへ行き、アルミホイルと洗濯用洗剤を買う。

排水溝のぬめり防止に、アルミホイルを丸めて入れておくとよいらしい。

北海道旅の最終日に、ツルハでアルミホイルを買う。
旅情という言葉からは、少し遠い。

でも、こういう細部にこそ、暮らすような旅のリアルがある。

最終日の昼は、じんぎすかん北海道へ

掃除と日用品の補充を終えたあとは、拠点から車で10分ほどの「じんぎすかん北海道」へ向かった。

帯広に来たら、やはり肉である。

しかも、旅の最終日である。
ここで遠慮している場合ではない。

店の外観には、北海道らしい迫力がある。
看板も大きく、店名もまっすぐ。

「じんぎすかん北海道」

ひらがなの「じんぎすかん」が、なんともいい。
やわらかい響きなのに、出てくるものはしっかり肉である。

ジンギスカンを前にすると、細かいことはどうでもよくなる。

朝に排水溝を磨いていた人間が、昼にはラム肉を焼いている。
この振れ幅が、旅である。

いや、生活でもある。

帯広に通うようになって感じるのは、食の力が強いということだ。

十勝は、胃袋から土地を理解させてくる。

帯広駅前を歩く午後

昼食後はいったん拠点に戻り、午後は十勝バスで帯広駅へ向かった。

この日の帯広は、気温が30度まで上がっていた。

北海道と聞くと涼しいイメージがあるが、帯広の夏は普通に暑い。

油断していると、北の大地に南国の気合いを見せられる。

駅前を歩いていると、ポプラの種がふわふわと舞っていた。

こういう風景は、写真に残すと地味かもしれない。
でも、記憶には残る。

ただ、駅前を歩いているだけ。

帯広にいるという感覚が身体に残る。

馬車BARの看板も見つけた。

ばんえい競馬のまち、帯広らしい風景である。
馬がまちの中に自然に出てくる。

大阪で馬車BARを見つけたら、たぶん二度見する。
帯広だと、不思議と納得してしまう。

その後、六花亭帯広本店へ。

六花亭は、北海道土産の定番でありながら、帯広で見るとまた違って見える。

空港で買う六花亭と、本店で見る六花亭は、同じ商品でも温度が違う。

お土産ではなく、土地の一部としてそこにある。

帰路のミルキーライナーで思ったこと

15時、帯広を出発。

ミルキーライナーの車窓から外を眺める。

ついこの前まで雪景色だった場所が、すっかり新緑に変わっていた。

北海道は、季節の変化が大きい。

だから、同じ道を走っていても、毎回違う場所のように見える。

トマム

占冠サービスエリアでは、いもだんごを食べた。

いもだんご。うまい。

今回の旅で、すっかりいもだんごにはまってしまった。

素朴なのに、妙に記憶に残る。

こういう小さな味が、旅のしおり代わりになる。

新千歳空港に着いてからは、紅虎餃子房で野菜タンメンを食べた。

寿司でもジンギスカンでもなかった。

北海道旅の最後が中華なのも、なんだかいい。

旅の締めは、必ずしも名物でなくていい。
そのときの身体が欲しがるものを食べる。

それが一番、正直である。

どこまでが旅で、どこからが日常なのか。

最近、その境目が少しずつ薄くなっている。

でも、それでいいのだと思う。

旅が特別なイベントではなくなり、生活の一部になっていく。

生活の中に、北海道が入り込んでくる。

車中泊も、ノマドワークも、ワーケーションも、言葉にすると少しかっこいい。

でも実際は、排水溝を掃除して、アルミホイルを丸めて、ラム肉を焼いて、バスに揺られて帰る。

そのくらいの現実感があるから、また行きたくなるのだ。

帯広は、観光地としてだけではなく、少しずつ自分の生活圏になってきている。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回の話はこちらです。

書いている人はこちらです。
関西から北海道へ通いながら、車中泊で北海道ワーケーションを実践しています。


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