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トーチャン、うつになるPart3

平穏は突然崩れる。
でも自分は大丈夫でしょ。
自分は大丈夫ではなかった。

こんにちは!トーチャンです!
つばさトーチャンって何者?って言う人はこちらをご覧下さい。

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会社、縮小する

ちなみにまだ残ってます

子供が産まれてから借金を背負うようになるまでの間に私は会社で主任になっていた。

役職がついたとはいえ、会社の状況は入社した頃よりも明らかに悪くなっていた。
いつの間にかボーナスも昇給もなくなり、
役職手当も正直「これだけ?」と思うような金額だった。
人も減って、残った人たちで回すのが当たり前になっていた。

もちろん転職という選択肢はあった。
でも社長はいい人で家を買う時も相談に乗ってもらったり、会社で余ったドラレコくれたり私の頑張りを認めてくれてとても嬉しかった。
凄く恩義を感じていた。

「自分がもう少し頑張れば、会社も良くなるかもしれない」
どこかでそんなふうにも思っていた。
だから簡単に見切りをつけることができず、悩みながらもその場所に踏みとどまっていた。

トーチャン、係長になる

昇進していくのは嬉しかったな!

その後も会社の状況はさらに先細りしていった。
人は少しずつ減っていき現場は常にギリギリだった。
社長に直に相談できる環境だったので人員を増やして欲しいとお願いしてはいたけど、新しい人は来なかった。

そんな中で私ははさらに昇格して係長になった。
初めて部下を持ち任される仕事も増えて、やりがいは確かに大きかった。

ただその反面、責任も一気に重くなった。
人員不足で管理だけじゃなく自分も現場に出なければ仕事は回らなかった。

現場での成果・収益、人員の工程や勤怠管理、
考えることはどんどん増えていった。

これだけやっても収入は入社当初からほぼ変わらなかった。
借金も増えていった。
借金は自分達の責任と思って誰にも相談もできなかった。

とても苦しかった。

トーチャン、うつになる

ぼーって感じだった

家では、子どもたちのことを考えない日はなかったし、妻のサロン経営や借金のことも常に頭の片隅にあった。
給料が増えない中で、「この生活を守れるのか」という不安が、ずっとずっと離れなかった。

仕事では、係長としての責任が増え、
現場にも出ながら、部下のこと、数字のこと、勤怠のことまで気にしなければならなかった。

今にして思えば、ひとりで抱えるにはタスクが多すぎたんだと思います。
もっと誰かに頼って相談できていれば…

「大人なら当然の責任」
「自分で蒔いた種」

今でもこう思っている節はあるけど、
当時はよりその気持ちが大きかったと思います。

きっかけは部下が退職届を私に出してきたことだったと思う。
その件については本人と話し合い、最終的には社長に引き継いで終わった。
何事もなく片付いたはずだった。

2023年1月。
私は会社に行けなくなった。
私の心は、壊れてしまった。

次回に続く

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は会社に行けなくなったことを細かく綴ろうかなと思っています。
気に入ったらスキ・フォローもよろしくお願いします。ではでは

つばさトーチャンより


番外編Part3.5はこちら

第1章まとめ

第2章Part1

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つばさトーチャン|借金×うつ病×3児の父 こんな私に! 感謝です🙏