実験の国(3-a : 失敗してもやり直せばいい)
【目次】
第1章 Introduction
1-a : 実験が禁止された世界
1-b : 小山真治
第2章 Methods
2-a : 芦田昇
2-b : 合格発表
第3章 Results
3-a : 失敗してもやり直せばいい ◀
3-b : 希望の島
第4章 Discussion
4-a : 命をかけた研究
4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
5-a : 管理棟
5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
6 : 責任の所在
第3章 Results
3-a : 失敗してもやり直せばいい
結局公園からどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
自分の部屋に戻ってからはとにかく何も考えたくなくて、布団をかぶってスマホで動画を見始めたのは覚えている。公園でどこかにぶつけたのか背中と腕も痛かったし、一気に色んなことが起こってもうくたくただった。そのまま寝落ちしてしまってたみたいで、目覚めたら次の日の夕方だった。
お腹もすいていたけど、猛烈に喉が渇いていた。
重い体を起こしてベッドから立ち上がるとふらふらと1階のキッチンへ向かう。冷蔵庫から水を出して飲んでいたら、ちょうど母さんが両手に買い物袋を提げて店から帰ってきた。
「あら……真治起きたのね」
テーブルに袋を下ろすと母さんは深く息をついた。一日でなんだかぐっと老けた気がした。
「あのさ、母さん。僕の病気って治るの?」
「それは……」
母さんは下を向いて言葉を詰まらせる。
「ねぇ、わざわざこんな話したってことは、治るんだよね?」
昨日の父さんと母さんの様子から、そんな期待ができないことは薄々わかっていた。でも僕は母さんに詰め寄ることしかできなかった。
「それがね。お父さんも言ってたようにほんとにめずらしい病気らしいのよ。だからね、薬もまだないの」
「そんな……」
想像通りの答えなのにその衝撃を受け止めきれなかった。
信じたくない。キッチン中の酸素が一気に薄くなったみたいに、息ができなくなる。苦しい。まるで暗い海に突き落とされて深く深く底に沈んでいくようだった。
「もう助からないんだね」
それは口からゴボッと漏れた空気のように意図せず立ち上った言葉だった。
自分の口から出た言葉なのに、耳から入って僕の中ではじけて無数の細かい泡になって、涙となってあふれてきた。
母さんもその言葉を聞いてハッとした顔になり、いつになく強い調子で返してきた。
「助からないなんて言わないで!」
そのままぐいっと手を払うと、テーブルの上の買い物袋が床に落ちた。
グシャ
卵か何かが割れた音がした。
キッチンに気まずい空気が流れる。
二人して落ちた買い物袋を見つめていると、しばらくして母さんが声を絞り出すようにつぶやいた。
「ごめんね、真治。お母さんなの」
「え? なにが?」
視線を上げると母さんと目が合った。
「真治に病気のこと伝えてほしい、ってお父さんにお願いしたの。私が」
「なんで……」
「真治がね、何も知らずに動けなくなっていく、って想像したら耐えられなかった。私だったら、自分の体のことは知っておきたいなって」
「そんなの……。そんなの母さんの勝手だよ」
再びハッとした表情でこっちを見た母さんは、その真っ赤な目で僕をまっすぐ見て続けた。
「真治なら立ち向かえるって思ったの。薬だって、いつかあなたならきっと作れる。だから、手遅れになる前に伝えなきゃって」
「何言ってんだよ。僕やっと高校を卒……」
「芦田さん」
さえぎる形で母さんは思わぬ名前を出してきた。
「え?」
「会ったでしょ。あの人が力になってくれる」
実験を丁寧に教えてくれた芦田さんの姿が思い出された。
そっか。あの人、科学庁の研究員だった。
「芦田さん、そうだよ。科学庁で薬作ってもらえばいいんじゃん」
突如希望の光が見えて明るい表情になった僕を見て、母さんは静かに首を横に振った。
「あの人、真治にどう言ってたか分からないけど、「元」研究員なのよ。だから科学庁は頼れない。この15年間、芦田さんは1人で薬の研究をしてきたのよ」
「え? ちょっと待って。どういうこと? なんでそんなことしてんの?」
「それは……」
母さんはそこまで言って一瞬固まったかと思うと、再びゆっくりと言葉を絞り出した。
「芦田さんも……同じ病気なの」
その瞬間、芦田さんの無表情な顔が頭に浮かんだ。全身機械になった体。足を引きずって歩く姿。大きな事故にあったって言ってたのに。あれは将来の自分の姿なのか。
「いやだ。あんな風になるのは、いやだよ」
「だから……だから薬を完成させるのよ。真治と芦田さんの二人で」
母さんはもう泣いていなかった。まっすぐ僕を見つめて、僕ができると信じている目だった。
僕は……わからない。薬をつくるなんて考えたこともなかったし、いつ芦田さんみたいになってしまうのかも不安だった。
でもその時、不意にその芦田さんの声が脳裏によみがえった。
『失敗してもやり直せばいい』
『まずはやってみようか』
その考え方は嫌いじゃなかった。
僕があこがれてきた沢山の研究者たち。彼らも同じように失敗を恐れずチャレンジしてきたのを知っている。
このまま何もせずに諦めるのは違うかもしれない。
皮肉だけど、こんな状況でやっとわかった。
あり得ないって誰もが思っていても、できるってことを実験して証明する。
とにかくやってみる。
それが僕のやりたいことだったんだ。
「母さん、わかったよ。薬つくるよ。それでこの病気も克服する」
覚悟を決めた僕を見て、母さんの目から、はらりと涙が落ちた。
やっと2人で床に落ちた買い物袋を拾った。
正直どうしたらいいのかまだ分からない。
でも、まずは芦田さんと会おう。
僕は思い切り鼻から息を吸い込んで、大きく息を吐いた。
>>3-bへ続く
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