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実験の国(3-b : 希望の島)

【目次】
第1章 Introduction
 1-a : 実験が禁止された世界
 1-b : 小山真治
第2章 Methods
 2-a : 芦田昇
 2-b : 合格発表
第3章 Results
 3-a : 失敗してもやり直せばいい
 3-b : 希望の島 ◀
第4章 Discussion
 4-a : 命をかけた研究
 4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
 5-a : 管理棟
 5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
 6 : 責任の所在





第3章 Results

3-b : 希望の島


母さんと話した後、芦田さんに何度か電話したけどつながらなかった。

そもそもあの日、芦田さんが来たのは父さんと母さんにとっても予想外だったらしい。どうしてわざわざ来て、実験だけして帰っていったのか。その理由は直接本人に聞いてみるしかないようだ。

電話がダメなら会いに行くしかない。芦田さんの住所は父さんが知っていた。


沖野原諸島の平島たいらじま
──東都からはフェリーで二時間ほどかかるその離島に一人で住んでいるという。

きっとそこで、こっそりと研究を続けているのだろう。
ここで平島に行かないという選択肢はなかった。

「心配だから一緒に行くよ」と二人は言ってくれたけど、「店もあるし、もう子供じゃないから大丈夫」と断った。「そうは言っても」と随分心配そうだったけど、本当は、芦田さんと二人きりで話したかったのだ。同じ病気の患者同士じゃないと分からない何かがある気がしていた。


早速フェリーのチケットをとると、翌日僕は船上の人となった。



◇◇◇


横河よこがわ港から出ている、一日に一本しかないフェリー。

利用客は自分以外に小学生くらいの女の子を連れた三人家族だけだった。春休みを利用して島のおじいちゃんおばあちゃんにでも会いに行くのだろうか。
慣れた様子で船内でくつろぐ家族を横目に、一人ぽつんとシートに座って、事前に手に入れていた平島の地図を眺める。島の周囲はわずか4キロメートルほどで、人口は千人にも満たないらしい。これだけ狭い島なら芦田さんにもすぐ会えるだろう。

ほどなく地図もあらかた見終わった。狭い船内にいると不安が大きくなるばかりで仕方なくデッキに出ると、雲一つない青空が広がっていた。東都の空よりずっと広く感じる。

南に向かっているからなのか、随分と暖かい、というよりむしろ暑い。ぬるい波風を浴びて、目の前に広がる海をながめて頭を空っぽにしていたら、あっという間に目的地の平島に着いた。



小さな船着場には、古びた漁船が波間に揺れて繋がれていたが、人の気配はない。昼過ぎだから、漁師たちはどこかで休んでいるのかもしれなかった。
一緒に船に乗っていた家族もいつの間にか見えなくなっている。

船から降りると早速、島の地図を頼りに芦田さんの家を目指すことにした。
潮の匂いだけが残る船着場を離れ小道を歩き始めると、どこからか「ギャー」という聞き慣れない鳥の声がして、思わず身をすくめた。

よく見ると周りには東都ではあまり見ない植物が多く生えている。
ちょっと南に行くだけでこんなに植生が変わるのか。
まるで異世界に紛れ込んだような不思議な感覚だった。

いっそここが本当に異世界で、僕の病気もここなら無かったことになればいいのに、なんてとりとめもないことを考えてしまう。だけど、背中に滲む汗とだんだん痛くなってきた両足の重さを感じて、やはりこれは現実なのだと思い知らされる。

さらに進んでいくと、道沿いに建つ古びた石造りの鳥居が見えて来た。島を守る神社のようだ。参道は落ち葉もなく綺麗に手入れされている。島民は見当たらなくて心細かったが、ちゃんとそこに生活が存在していることを感じてほっとした。

神社を通り過ぎると、小さな食堂を見つけた。
入り口には暖簾がかかっていて、屋根の煙突からは白い線を引いたような煙が見える。ここもちゃんと営業しているみたいだ。
そういえば、朝から何も食べていなかったことに気づく。
情報収集ついでにこのお店で腹ごしらえをすることにした。

ガラガラ、と硝子の引き戸を開けると、60歳くらいのおばさんが優しく「いらっしゃい」と声をかけてくれた。

「見ない顔ね。どこから来たの?」
水の入ったグラスを机にコトンと置くと、物珍しそうにおばさんが尋ねる。

「あ、東都からです。あの、おすすめはなんですか? あと芦田さんって人知りませんか?」

空腹だったのと早く情報を得たいのとで、一気に質問が口をついて出た。
緊張すると早口でたくさん話してしまう癖が治らない。なんだか気まずくてグラスの水をぐいっと口に含む。ずいぶん体が乾いていたことが分かった。

「芦田さんって言えば……」

「おすすめは鯛ラーメンだな」

おばさんの言葉をさえぎって、店の奥からおばさんと顔のそっくりなおじさんがぬっと出て来た。思わず二人を見比べてなんだか緊張がゆるんだ。

「じゃあそれください」

鯛ラーメンと聞いた瞬間、お腹がぐぅと鳴った。そんな僕を見て二人がにやりと笑う。僕は恥ずかしくなってグラスに残った水をあわてて飲み干した。



◇◇◇


鯛ラーメンは予想以上に美味しかった。濃厚な磯の香りの透き通ったスープは、心細かった僕の心をそっと温めてくれるようだった。

「うまいだろ? 小ぶりの鯛まるまる使ってるからな。都会じゃ食えねえよ」

おじさんが得意げに言うのを聞きながら、僕は夢中でラーメンを啜った。最後のスープまで飲み干したところでようやくお腹が満たされてほっと息をつく。

「美味しかったぁ。ごちそうさまでした。あ、それで芦田さんって人を探してるんですけど」

「芦田ってあれだろ? 20年くらい前に島に帰ってきて、爆弾かなにか作ってるって噂の男」

のどかな島に似つかわしくない物騒なワードが突然飛び出て、思わず目を丸くする。

「そうね。他に芦田さんっていないわよね」

おばさんも爆弾魔を否定しない。

「え? 芦田さんってそんなやばい感じの人なんですか?」

「そうそう。島じゃ誰も近づかないわよ。確か昔犯罪を犯したとかで、刑期が終わってから生まれ故郷のこの島に帰ってきたのよ」

「この前、その芦田さんに会ったんですけど、爆弾作ってる人には見えませんでしたよ。確かに見た目はロボットみたいでちょっと変わってましたけど」

「見た目あやしいでしょ? 夏場でも真っ黒な服着てね。気味が悪いからあんまりじっと見たことなかったけど、なるほど、ロボットって言われると納得だわぁ」

とにかく芦田さんの印象は非常に悪いようだ。

「あの、逮捕って何したんですか? ほんとにその……爆弾ですか?」

「うーん。どうだったかね。あ、当時のニュースを見れば分かるかも」

おばさんは慣れた手つきでタブレットを操作し、ニュース記事をすぐに出してくれた。

『国家科学庁研究員、私用目的の無断実験で逮捕』という目を引く見出しのニュースを読みながらおばさんはふんふんと頷いている。

「あら、やっちゃダメな実験を勝手にしちゃったみたいね。詳しくは分からないけど、芦田さんとお子さんが病気だったみたいよ。治療薬を作る研究を国が許さなかったって。知らなかったわ。この人、子供もいたのねぇ」

「え? 芦田さんだけじゃなくて、お子さんも病気だったんですか?」

「そうみたいよ。でも変ねぇ、いつも一人だったと思うけど」

芦田さんには同じ病気の子供もいた……。
母さんもそんな話はしてなかった。今その子供はどうしてるんだろう。

芦田さんが科学庁を辞めてからも1人研究を続けている理由がようやく分かった気がした。


「ありがとうございました。今からその芦田さんに会いに行こうと思って……」

テーブルに手をかけて立ち上がろうとした瞬間、右手に力が入らずぐらりとバランスが崩れた。

パリン!

その拍子に落ちたグラスが乾いた音を立てる。なんとか足を踏ん張って倒れることは避けられたけど視界がゆれて気持ち悪い。

「おいおい、大丈夫かい? 顔が真っ白だよ。もうちょっと休んでいきな」
おじさんが新しい水を持って駆け寄ってくれた。

手に力が入らない感覚はつい最近こけた時とよく似ていた。
気付くと右手だけじゃなくて足も痺れて力が入らない。そして眩暈がひどい。


「ごめんなさい。グラス割っちゃった。弁償しないと」

「いいよいいよ、そんなの。それより水飲みな」

しばらく椅子に座っていると、徐々にぐらぐらする感覚が正常に戻ってきたのが自分でもわかった。


「お、顔色少しよくなったみたいだね」

おじさんは「後で食べな。特製鯛飯にぎり」とおにぎりを二つ渡してくれた。

思っている以上に時間の猶予はないのかもしれない。まだ少し痺れの残る右手を見つめながら不安な気持ちに押しつぶされそうになる。
さっきもらったおにぎりの温かさがなんとか僕の足を前に進ませてくれる気がした。



◇◇◇


二人に礼を言って食堂を出ると、海岸沿いを15分ほど歩いた。

「赤い屋根だからすぐわかるよ」と聞いていたので、目的の家はすぐに分かった。表札はなく、小さな庭の雑草は伸び放題だ。人の気配はない。インターホンを鳴らしてみたが、しばらくしても誰も出てこない。


やっぱりいないのかな、と思って周りを見渡すと、隣の家の庭木の陰から声がかかった。

「あんた見ない顔だね。どこから来たんだ?」

「あ、こんにちは。東都からきた小山真治といいます。ここって芦田さんのお宅ですか?」

「そうだけど……小山真治?」

おじさんの眉がぴくりと動いた。

「……その名前……君が真治君か」

そう言うと、おじさんは突然、声を詰まらせて「うっ」と泣き始めた。
大人の男の人が目の前で泣くのは初めてだった。
突然の出来事に呆然とその場に立ち尽くす。

事情を知っていそうなおじさんに話を聞きたいけど、なかなか泣き止む様子がない。




>>4-aへ続く




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