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実験の国(4-b : アキラメナイ気持ち)

【目次】

第1章 Introduction
 1-a : 実験が禁止された世界
 1-b : 小山真治
第2章 Methods
 2-a : 芦田昇
 2-b : 合格発表
第3章 Results
 3-a : 失敗してもやり直せばいい
 3-b : 希望の島
第4章 Discussion
 4-a : 命をかけた研究
 4-b : アキラメナイ気持ち ◀
第5章 Future Work
 5-a : 管理棟
 5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
 6 : 責任の所在




第4章 Discussion

4-b : アキラメナイ気持ち


程なくして、科学庁から一通の封書が届いた。

封を切って最初の数行を読んだ瞬間、思わず笑ってしまった。
その内容はざっくり言うと、

"芦田さんが行った実験は全て科学庁で彼が得た知見をもとに実施されているんだから、その成果は科学庁のものだ。勝手に利用すれば逮捕するぞ"

というもので、簡単に言えば「脅し」だった。
最後に記載されていたのは、科学庁長官、吾妻剛太郎あずまごうたろうの名前。

芦田さんの研究なんて知らないというスタンスから一転、今度はわざわざ長官様からの脅迫文とは恐れ入る。
以前の僕ならこんな手紙をあこがれの科学庁から受け取ったら食事も喉を通らないくらいだっただろう。
だけど最早こんなものでビビる僕ではなかった。

もう立ち止まっている時間はないのだ。
なんとしてでもこの僕が薬を完成させてやる。



◇◇◇


芦田さんから東都の家に送られてきた研究資料は優に100ページを超えていた。その膨大な資料を何の背景情報も持たない僕が理解するのはさすがに困難を極めた。AIを駆使しながら、参考文献を読み漁る。芦田さんの資料を1ページ理解するのに、関連する論文や教科書をいくつも読まなければならなかった。

それでも芦田さんが実際に手を動かして「実験」という名の試行錯誤を繰り返し、数多の失敗の末に見つけた一筋の細い道を一歩ずつ一緒に辿る感覚は、正直とても楽しかった。

病気の進行という時間の制約さえなければ、ずっと浸っていたいと思うくらいだった。


ようやく芦田さんの資料を全て解読する頃には、ちょうど季節が一周巡っていた。
桜を見ると、あの日の公園の父さんの顔がフラッシュバックして、左手首がズキズキとうずく。

資料を読み解いていた一年の間にも病気は容赦なく進行し、左手の震えは止まらなくなっていて、杖がないと安心して歩けなくなっていた。


それでも、芦田さんの15年に一気に追いついた喜びが僕の心を支えていた。

ここから先の研究アイデアは資料にも載っていない。
だけど、ゴールまでは目前だということは今の僕には分かった。

あと少しだ。
芦田さんの研究を完成させるのは、この僕だ。

僕は、平島にある芦田さんの実験室ラボに籠って、実験に専念することを決めた。
問題は科学庁だ。前に届いた長官からの通知にも書いてあった通り、もし僕が実験をしているのがバレたら即座に研究は止められるだろう。
正直今の自分の体の状態だと、一旦研究が止まれば治療が間に合う可能性はもう無いかもしれない。
協力は望めなくても、邪魔だけはしてほしくない。

こうなったら使えるものは全て使うしかない。



◇◇◇


若者でにぎわうカフェのテーブルで大学生の女子二人がわいわい話している。

「ねぇ、この動画知ってる? 最近バズってんの」

「え、何?」

スマホを二人で覗き込む。

『あ、世界の皆さん。こんにちは。初めまして。芦田真治と言います』

画面の奥には使い込まれた実験器具が並んでいた。
ビーカーや試薬瓶のラベルは擦れていて、背景の白い壁だけが妙に明るい。
白衣を着た男が机の前に座っている。

「え? この人実験してんの? これやばくない?」

「うん。最初は釣り動画かと思ったんだけど」

男の左手は画面越しにもわかるくらい震えていた。肌は白いというより、色が抜け落ちたみたいだった。

『僕は今、死にかけています』

「……え。なにこれ」

『もう足先の感覚はほとんどありません』

「ちょっと待って」

スマホを見せられた女子が思わず顔を近づけた。パッと見ただけでは本物か加工された動画なのかは見分けがつかない。
よく見ると、やつれて病的な見た目とは裏腹に、男の目からは確かな生きる力を感じられた。やはり本物かもしれない。

男はただ、言葉を探しながらゆっくりと話している。

『父は15年間、僕の病気を治すための研究を続けてきました』

画面が少し揺れた。
男の姿が消え、映像はノートを映した。
文字はところどころ手ぶれして読めない。
数式。グラフ。日付。
実験机の端に置かれた缶コーヒーが一瞬写る。
そして、黒い服の不気味な男の写真が数秒映ったあと、また元の白衣の男が画面に映し出された。

『でも、間に合わなかった』

二人ともいつの間にか喋っていなかった。

動画のチャット欄には数千件のコメントが寄せられていた。

「釣り?」
「え、待って震えてない?」
「誰か助けてやれ」
「いや無理だろこれ」

『だから僕が続きをやります』


数秒の沈黙。男は一度視線を落としてから口を開いた。


『父の遺してくれたものを、僕の命を、僕から奪わないでください。お願いします……』


「……これ、演技じゃないよね」

「うん」

「なんかさ」

「うん?」

「これ、色々やばくない? 消されないよね?」

「え、動画が? それともこの人が?」

一瞬目を見合わせたあと、二人とも何も言わなかった。
カフェの中は変わらず賑やかなはずなのに、音だけが急に遠くなった気がした。



>>5-aへ続く


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