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「正論」に殺されないために、僕らはもっと「無駄口」を叩くべきだ。集まれ怠惰の森。


いや、もう、動けないわけですよ。

2026年が始まりましたけど、僕の身体はまだ2025年の泥の中に置いてけぼりというか。

布団の重力が、例年の1.5倍はある。

布団が体に接着してる

世間は「今年の抱負」だの「心機一転」だの、キラキラした言葉をSNSに放流してるじゃないですか。

あれ、正直キツいんですよね。

「正解の生き方」を見せつけられてる気がして。

ネットやテレビを見ると、コメンテーターの人が世界情勢を理路整然と解説してたりする。

でも、それを見てると「ああ、僕はあんな風に世界を理解できてないな」って、どんどん自分の輪郭がぼやけていくんです。まさにピンボケです。

「ちゃんとする」という病

今の社会って、何かを言うときには「エビデンス」とか「専門性」とか、とにかく「完成品」であることを求められすぎる。

SNSで意見を言うのだって、一歩間違えれば「勉強不足だ」なんて叩かれる。※炎上経験者談

そうするとね、人間、黙っちゃうんですよ。

「間違ったことを言っちゃいけない」

「完璧に説明できないなら、価値がない」って。

でも、それってめちゃくちゃ息苦しくないですか?

僕らが生きてるこの世界は、そもそも理路整然となんてできてない。

僕の心だって、1時間前には「頑張ろう!」と思ってたのに、今は「チョコモナカジャンボ食べたい」としか思ってない。

限定品に弱い(共感求む)


その支離滅裂な感じこそが、人間なわけです。

ラフスケッチという「逃げ道」

そんなことを考えてるときに、ふと思ったんです。

「あ、全部ラフスケッチでいいのかも」って。

僕はたまにノートを広げたりしますけど、最初から「名言」を書こうとすると、ペンが1ミリも動かなくなる。

でも、どうでもいい落書きとか、誰にも見せない愚痴をぐちゃぐちゃ書いてるうちに、ふと「あ、僕が本当に言いたかったのはこれか」っていう言葉が、ポコっと浮き上がってくることがある。


これ、雑談も同じなんですよね。

中身ゼロ雑談

「意味のある会話」をしなきゃと思うから、誰とも喋りたくなくなる。

でも、近所のおじさんと「今日、寒いっすね」「そうですね」なんていう、中身ゼロの雑談をしてる間に、なんだか心が軽くなって、新しい仕事のアイデアが湧いたりする。

完成品じゃなくて、
ラフスケッチ。

論理じゃなくて、ただの雑談。

この「無駄」に見える時間が、実は一番僕らの血肉になってるんじゃないか。

怠けている間に、何かが育っている
だから、今、布団から出られずにスマホを眺めてるあなた。

それでいいんです。たぶん。

「何もしないで1日が過ぎちゃった」って後悔するかもしれないけど、脳の中ではきっと、すごいスピードで「ラフスケッチ」が描かれてる最中なんです。

完璧な地図を持って歩き出す必要なんてない。

まずは、適当な線を一本引いてみる。

あなたの脳内

「今日はとりあえず、お湯を沸かした」
それくらいのラフさでいい。

その線の先に、1ヶ月後の自分が「あ、これ意外と面白いかも」と思える何かが繋がっているかもしれない。

……なんて、もっともらしいことを言ってみましたけど、僕はまだ布団から出るつもりはありません。

今の僕にとってのラフスケッチは、この「動きたくない」っていう気持ちを、じっと観察することですから。

皆さんも、無理に「ちゃんとした人」にならなくていい。※名言

今年は、もっと雑に、もっと適当に、世界を描き殴っていきましょう。

その方が、案外、遠くまで行ける気がするんです。


🌱草の根クリエイター
もうソウ太郎


脱力系記事です♨️

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