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azuazuazureiwa
そもそも『育児は親の責任』なのか?なんでも個人責任がこの国家社会の絶望の因果では?
なんかのデモのおじさんではないけど、まずは
『俺はこんな事言う人じゃない』
と声を大に上げたい。
ただ、
それくらい、この国をを生きる人の思考停止は絶望的なレベルにある。
インドでは子供を出産する女性は地域で神様の様に丁重に扱われ、子はその地域集団で育つ。
ライオンだろうが水牛だろうが、
哺乳類は皆、群で子育てをする。
つまり、
『親が子育て』の責任を負うという固定概念を国家国民が押し付けていることが
少子化の本質的根源。
一人や二人で育てる事を固定概念化する様な社会に一体誰がしたのか?
歴史を辿ると、
結局現在の起因は全て『明治維新』にたどり着く。
本当に明治維新によって、欧米を受け入れた明治政府が諸悪の元凶だった事を、私達日本人は深く洞察して、早急に因果を改める必要がある。
結局は、その古い因果の根源から物事の本質を捉えて処置する必要がある。
今の日本国がしていることはアップデートされたものに塗り薬をしているだけであって、根治になっていない。
病原体は、体内深くに存在していて、まずはその病原体の外科的処置或いは抗がん剤治療や放射線治療的な手法によって、
社会全体を根本治療する必要がある。
さもなくば、
『民族消滅』
になる。
だから敢えて、声を上げているだけであって、
個人的には私は私として、私の出来るホモサピエンスとして、人類として、与えられた生を、生きる事に向き合っている。
決して善悪や感情に心を奪われて、その犠牲になってはいけないのである。
『チ。地球の運動について』
結局この物語で語られていたことがまさにそれを象徴している。
この物語には『母』が登場しない。
女性のヨレンタやドゥラカといった登場人物は母性的なものより大切なものを見つけて殉死する。
極めて男性目線の物語だ。そして、
『チチ』
原作者、魚豊さんは、その気づきをファンに示したかったのではないかと感じる。
『乳母』
という言葉は現代社会では死後になっているように感じるが、
今でも世界中では、『少子化』が皆無な国々ではこれまでは当たり前だろう。
ゴータマシッタールタは、褐色の恋人・スジャータに出会わなければ
悟りを拓くことはなかっただろう。
もう少しその意味を、
日本人は、真摯に『その事実』を
受け止めて少子化を見つめてみる必要があるのではないだろうか?
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。