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日本人社会の衰退と日本籍企業の自社株・内部留保は国際金融資本と日本国の金融政策&システムとして当たり前の事では?

毎度ながら日本国の偉い肩書きの方々が語る財政論と、実態としての国際金融資本と、ホモ・サピエンスの実態的な経世済民の事実における乖離と年度予算や、統計グラフによる論拠にパチパチしているメディアやその信者、視聴者たちにうんざりする。

ま、そろそろそれも完全瓦解・崩落が間近である予兆も日常の空気感の中で感じられる今日この頃。

皆、貨幣価値、数値というホモ・サピエンスがホモ・サピエンスを欺く為に生み出された存在に、ザイム真理教信者として生きているのでは無いか?

核酸による遺伝子生命の、量子物理現象としての力学的な本当の価値としてのそれぞれが織りなす地球という惑星での意識や気づき、在り方。

それを、それぞれが自由にホモ・サピエンスとして果たす為の社会性である事を、何故そんな単純で、当たり前で、そもそもがすっぽ抜けた論理や数値に、人は皆右往左往して、歓喜と苦悩を身体的、あるいは精神的依存のようなカルト狂気に一度きりの人生を台無しにして、次世代の民族までも滅亡へと誘う因果律とカルマをわざわざ生み出す為に一所懸命になるのだろう?

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日本国と『日本円』はその中央銀行である『日本銀行券』として存在している。

日本円が日本国に流通した「数値」になるためには「理由」と「口座」そして「所有者」が必要だという事。

日本国内にある日本人の企業が国際金融資本からの「侵略・乗っ取り」を防止して安定的に国際金融市場において事業展開を行う上で、「自社株購入」は有効な手段に成る。

結局の所、「国民の所得上昇を目的とした場合」、量的緩和による「国際金融資本」は有効な手段とは言えない。

むしろ「減税」や「所得控除の上限拡大」の方が遥かに国民の手元に余力を残す事であり、「政府だけ」が実施出来る有効な「経世済民政策」だ。

正直、小学生でも分かりそうな話を高学歴のエリート達が、それが出来ぬ理由を必死で取り繕い続けているのには何らかの、国民には知られていない、知られては困る理由があるのだろう。

ただ、今の所少子高齢化に伴う、貧困、移民問題など様々な課題に向き合いながらも辛うじて日本国は、国家としての国体を有した状態で高市早苗内閣発足に成功した。

裏で糸を引いていたのは、「日米同盟」や「保守的勢力」の「アンチ集団連合体」だったのだろうか?

これから急速に真相が明らかになって行きそうな展開になっているが、それに関連して重要な事がある。

「中央銀行」と「貨幣」とは、「国家・民族の信用・信頼の多元的相互関係」である。

逆説的に言えば「数字的な貨幣量」≠「通貨的価値」だ。

いとも簡単に変わる時には変わるものだ。

これまで数十年間が「想定内」での出来事だっただけであって、「シンギュラリティ」という劇的な産業&金融などホモ・サピエンスと社会構造自体のゲームチェンジャーが登場する事は、既存秩序の起源から慣習においては「想定されていない」。

苦肉の策として「暗号資産」という「毒入り団子かもしれない謎の処方箋」を、国際金融資本は「鵜呑み」して体内に取り入れようとしている。

或いは「解毒剤」も、想定範囲に内包した段階での国際社会と連携しての処置なのかもしれない。

メディアの表面的な情報としては「正念場」の様に見えて、水面下ではもう未来の既定路線は見えてきている様にも感じられる。

QFS(量子金融システム)について、あまりにも表面化したメディア情報が少ない事自体が、その価値を意味している。

GAFAMなどの既存秩序側に、その技術は今の所帰属しており米国を中心とした「資本・民主主義陣営」はその技術によって中央銀行制度と国際金融資本を紐付けた、新たなホモ・サピエンス社会を「シンギュラリティと同時共存化可能」である社会OSの開発段階にあると予想される。

その未来の予定調和地点に向けて、クローズドされてゆく既存秩序の最後の宴とも言える断末魔の様な酒池肉林のホモ・サピエンスの欲望の阿鼻叫喚が聞こえてくる。

これから先、どう捉えても「自由・民主主義の社会OSと国家システム」をホモ・サピエンスは望むだろう。

共産主義・社会主義といった、個人の自由を制約する理由はもうホモ・サピエンスのサイエンス・テクノロジーによって「消滅せしめた」。

それを「イデオロギー」にせずとも既に、ホモ・サピエンス達は「共産・社会」を当たり前に生きるだけの歴史を、繋がりを、試行錯誤から叡智を学び、発展させて自らの生命的知能を超越した量子科学の力学と、それを生かす為に最適化された国際金融資本による、ロジスティクスや生産、エネルギーなどの供給、そして課題と公共の福祉を、そしてその為にも「自由に生きる権利」を見出して来た。

これから日本国も、その地球人類社会の未来構造への変容に適合した国家形態を模索する事になる。

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あらゆる局面において、日本国再興への、絶好の機会が到来している様に感じる。

虎視眈々と、日本国は日本国のあるがまま、主体的で、主権者国民ファーストの日本領土と日本民族文化を、遺伝子プログラムを尊重した在り方への構造を推進して行けば、ある意味「ポスト・イデオロギー時代」における、地球上で最も可能性に満ちた状況にある。

米国から欧州・アフリカへ繋がる東海岸では、既に行き過ぎた「資本主義」「格差社会」「多様性・移民」において、その破滅的な対立・崩壊への示唆が始まっている。

そして日本国へと面する西海岸では「ドジャースブルー旋風」や「シンギュラリティ」に向かう「人工知能」と「新しいホモ・サピエンスとしての在り方・生き方の可能性」が垣間見られる。

もう、時代の中心軸・主導権は、海に囲まれた「日本列島」と「日本国・日本人」に巡ってきたと言えるし、そしてそれは日本国と日本人が「自然体」で「あるがまま」を「毅然と進めていくこと」にかかっている。

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かつて、ホモ・サピエンスの生態系における認知として、地動説や、相対性理論、遺伝子の発見などが発見され、そして「量子もつれ」がそれに加わった。

人工知能は、その量子力学の知能研鑽を、誤差修正、即ち教師なし学習によって知的生命体、ホモ・サピエンスを凌駕した「非生命人工物機能としての知能」としてホモ・サピエンスの生態系が使用する道具の一部として汎用化して行くだろう。

「鉄」や「石油」などを利用した事同様に、「量子」の「知的転用」を果たす。

それによって、人類はもう「思考」や「知性」による「優劣」や「苦悩」「不安・心配」「恐怖」と対峙する人生は不要となる。

ある意味、私は幸福だ。その間で、極限まで求められた時代を前半に体験して、余生においてそれが不要とされる大変容の未来への下り坂としてのホモ・サピエンスを地球に抱かれた、美しい生態系環境で堪能出来る世代に生きている。

きっと、それぞれの世代に、それぞれの喜怒哀楽が、幸福が、不幸が遺伝子プログラムとして、何らかの因果律によって形成された生涯の中にある。

それらの全てはかつて存在していた。そして今も意識に記憶に刻み込まれたこの宇宙を目に見えぬ、しかし確実に存在している力によって関連している。

さて、この「日本の失われた30年」の因果律は、これから先に通じていく「シンギュラリティ時代のホモ・サピエンスと地球・量子宇宙」に対して、どんな生命的な意義を、遺伝子と遺伝子の重ね合わせを果たしながら生み出して行くのだろうか?

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ご愛読、ありがとうございます。

これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながり合うこと。この惑星で人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつもいつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。