『師匠』『先生』と呼び合うこと自体が『社会的スティグマ』を作る行為。あなたはそれに気づいているだろう?【日本社会に潜む病的心理】
あまりにも当たり前になり過ぎていて、気づいていないのかも知れない。
私がある大学病院の医局にいた際、「先生」と呼び合わなければならなかった。
本来は「療法士」なだけであり「先生」ではない。
この「忖度」が「社会的スティグマ」を人間関係の中に生み出す根源的なものである事を、日本社会は容認し続けてきた。
実はそれは日本人の価値観の中にある「教育」に関係がある。
*********************************
大ヒット作品「鬼滅の刃」の中で、我妻善逸は元雷柱、桑島慈悟郎の事を「爺ちゃん」と呼ぶ。
それに対して慈悟郎は
『爺ちゃんじゃない。師範と呼べ』
と言った。
改めて吾峠呼世晴氏の作品が織り成す些細な描写が、私たち現代社会を生きる人々の意識に語りかける問いに驚愕する。
*********************************
閉鎖された組織、カルト集団において洗脳、マインドコントロールへの第一歩に「先生」「師匠」などと特定の人物を「カリスマ化・神格化」させるために「共通の格差スティグマワード」を、信者や底辺の兵隊達に植え込む。
潜在意識にそれを刷り込まれ植え込まれた人々は、「不安・心配・恐怖」に支配されたその無意識から、集団組織にとって都合の良い、操り人形である事への気づきを得る事なく、日常生活で社会の中で良い事だと「盲信」したまま生きる事になる。
『全ての教育は洗脳』
その基盤にある事が「師匠」「先生」という師従関係を生み出す「言語・言動」から始まっている事への自覚と、共通認識から始まらない限り、
集団組織における「いじめ」「ハラスメント」の根源となる「社会的スティグマ」が解消される事は半永久的に無いだろう。
とんでもない「社会心理的病魔」を日本社会は日本語文化と共に孕んでいるのである。
*********************************
つまり日本語を母国語とする日本人と教育・文化は、「社会的スティグマ」が蔓延した「ストレスフル」で「マインドコントロール」され易い事が当たり前過ぎる事に誰もが気づいていない。
そしてその気づきの無いマインドが、特定の人物・ドグマを特別視した階層心理による「支配・専制」である「社会・共産主義」に向かいやすくさせている「病理的心理」そのものである。
カルト・マルチなど「コミュニティ集団組織」はその無意識領域を動かす心理を多用してきた。
まずこの社会害悪の認知をそもそも、「政府・行政・教育機関」が改めぬ限り、「先生・師匠」などが「忖度ための社会的スティグマの始まり」として社会作用する事を免れないだろう。
「議員」は「議員」、「教師」は「教師」。
「先生」や「師匠」などというと言葉をの「区別」した「適切」な言語使用を子供達と丁寧に論拠を持って対処して学ぶ事が、「家庭」や「学校」「地域社会」に於いて重要な「子育て」である。
*********************************
私は「凡人」。「無知」を常に自覚している。
それなのに何故か、この世には私には己を「無知」を自覚させる事なき溜息を吐きたくなる様な人ばかりが「オールドメディア」や「世間」に蔓延している。
まさに私にとって「社会的孤独」への到達した境地は「至福」だ。
「家族」や「地域」「世間」は「地獄・絶望」そのものだった。
きっと「無知の知」を「自覚」する事。
幼少期から「なんでもオタク」と同級生から揶揄された私は、最初から自然体でその在り方だった事に、教師も、両親も、地域の大人達も認知していなかったから「社会的孤独」が完成したのだ。
私は自力でそれをあるがままを容認する事で、己を生きる事が実存化可能になった。
「生きづらさ」「絶望」「苦悩」を
「先生」「師匠」という「社会的スティグマ」を生み出す集団組織の存在が生み出している。
統一教会と、日蓮宗同士の政治抗争、
いよいよ山上徹也被告の初公判の日を迎えた。
そして高市早苗首相とドナルド・トランプ大統領の日米首脳会談が行われる。
********************************
「教育者」「情報発信者」「ジャーナリスト」達へ。
開かれた民主主義社会の基盤、根源に、個人の自由を阻んできた「集団組織」と「社会的スティグマ」という「深層心理」に対して、
認知、啓蒙が、「教育者たち」或いは「ジャーナリストたち」など、人に教育や情報を司どる職種をプロフェッショナルに行っている人たちから、自発的に始まっていく事を心から望んで止まない。
*********************************
ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
いいなと思ったら応援しよう!
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。