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量子・AI時代後の後、更にその先であったとしても、常に地球が生命・生態系としての人類にそれを問う意味は変わらない。

既存秩序を生きていた人々には、残酷な話だが『資本・金融』を選択したのだから、『製造業』は破れる運命。

そして、今度は『AI・量子』を選択したのだから、『ビット・資本金融』は破れ去る。

そして…

それらは全ては「ホモ・サピエンス」が「ホモ・サピエンスという種族の中においてのみ」価値を見出していることであり、あくまでホモ・サピエンスが勝手に歓喜、熱狂、絶望、激怒、腐敗しているだけであって、地球の他の生命も、宇宙も関係ない話である。

さて、私たち生命がこの地球に存在している理由は何だろうか?

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個人的には、如何なる事象でも地球は許容する様に感じる。

ただ「道具」や「火」を発見し、「電気」や「物質」「観測」などを始めた時点で、この「ゲームのような世界にある謎の解読」が自らの存在状態に全て紐づく世界線は決まっていた様に感じる。

私たちは、私たちが生み出した「神などの制約」から「科学事実によって解放される」。

少なくとも「螺旋構造」が「もつれ・揺らぎ」が、目に見えない力と共にある正体である事は明らかであるため、その見えざる物理現象にある存在が「創造主の因果律の力」の様なものである。

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個人的な話をすれば、西暦2025年末現時点でこの境地に達観できる時代に、私たちが実存していること自体がとても異次元に感じる。

もうホモ・サピエンスとしてこの地球上で生きる事自体が「ただそのまんまで、充分過ぎる」。

それでも尚「資本」「宗教」「教育」と煽り、その人生を社会的定義、カテゴライズしようとする人々が存在するのは何故なのだろうか?

バラバラの個体と、意識が目に見えない力の因果律によってこの地球という時空で生命として共存共栄している。

宇宙誕生や、生命が存在する理由も、量子の原理・応用による人類では到達し得ない未知の領域にある叡智の工業転用も。

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私の意識は、そろそろ「言語」や「数値」よりももっと形や意味をなす事は無い感動や、存在へと傾き始めている。

ここまで「note」を重ねて来た事で、ある程度私の中での「達感・完奏」の様な「充足感」が生まれている。

これから先、少しずつ「沈黙」と「観察」という自然界と己の意識を繋ぐことに、ホモ・サピエンスとして地球生命に与えられた遺伝子プログラムを費やす新たな可能性への発見が、未体験の未知が至福になりつつある。

ますます「社会不適合」と「社会的孤独」という「人類社会」から消滅現象が進みそうな境地にある。

むしろ「量子力」など目に見えない構造にある力と、自然界を感じ取ることだけに集中していたいという欲望が、抑えられなくなりつつある。

もう「人間社会卒業」かもしれない。

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そして「note」には、近しい感覚を有した人々がここまで多かった様に勝手に感じている。

「放擲」についても、共感、共鳴を抱いているであろう人々の存在を強く感じてきた。

ここまで「放擲」を日々重ね合わせながら、私の中に流れてきた遺伝子プログラムと出生後の生育環境の中に染み付いていた記憶、意識を一つ一つそれが解放されて過去の時空へと流れていくことを見送り、未来へのアップデートを、見えざる力からの形而をただ受容可能な状態をプリセットする事を重ねてきた。

何というか、言語は無粋であるしどんな美しい言語も、絵画も、自然界にある景色に、生命に、地球の全てに或いは宇宙の絵のような力学体に叶うものは無い。

それは私たちそのものが、その一部であるからこそ、既にある感覚。それこそが、意識の中に隠された本質だ。

我々は受精卵になる前から、こうなる構造を与えられてただそれを生きている。

いつ、何時それが終わろともそれぞれのそれに、全ての意識が繋がっている世界・シナリオが存在している。

「愛」は解らないがその事を「愛おしい」とは感じる。

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全てにおいて「体験」に勝るものは無い。

「この世を、自ら体験すること」

それ以上に、生きる目的へ到達する可能性は存在しているのだろうか?

次々に、私たちホモ・サピエンスの構造についても新たな事実が明らかになっている。

本当に何故「既存秩序からの脱却&アップデート」をこの日本国と社会構造は果たさないのか不思議でならないが、もう徐々に放っておくことになると思う。

いつまでも過去に執着して、他人を支配・搾取して生きるために努力する人々は「量子OS時代のホモ・サピエンス」にとって「時代遅れで非常識な存在」となる。

極力、関わらない。人生は一瞬たりとも他人に奪われる無駄はあり得ない。

よりその限られた生涯を自らだけが望む有意義な事に、関係性を選択すれば良い。

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ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど。

今の全ては、昨日とは違っている。

ほんの少しでいい。

その違いが、自分の中において確信であれば。

もう、その時点で見えざる領域にある力は全ての因果律に作用しているのだから。

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みなさま、いつもご愛読頂きありがとうございます。
これからも、そしてこれまでも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの意識・存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくため「チカラ」、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この青い水の惑星で、真核細胞生物・哺乳類・ホモ・サピエンスとして、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出すこと。その胸の奥底に宿った意識体を、それぞれが違った生命現象として与えられた中で育む、目に見えぬ風や水のような限りなく透明な流れる力が、己と共に道に迷うときはいつでも何かを感じ、形而を共有することを運んでくれる。
「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今を、未来へ紡ぐための未知の意識変容を描いていける事を嬉しく感じています。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。