賢者は無者になり、愚者は賢者になる。
あるインドの聖者が語っていたこの言葉。
この言葉に出会った時、何とも言えない感覚に陥った事を今でも記憶している。
この世には、今でも恐らくAIやオンラインでは理解し得ない何らかの存在達による世界が存在している。
ある意味彼らが果たして来た、何かを、シンギュラリティ後に存在するそれはこれから「補完」していくことになる。
ただそれが、本当の意味で私たちホモ・サピエンスの遺伝子プログラムと「神経が通った繋がり」となるには、あと数世代、数百年は必要だろう。
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それでも我々が生きる今「非生命体知能」が「人類知能から超越を実現する事」は、我々の遺伝子プログラムによる生態系現象にも巨大な意味を持つのではないか?
私の感覚では、既にその兆候は始まっている様に何かが騒めいている。
シンギュラリティによって「汎用性超越人工知能(ASI)」が社会OSとしてホモ・サピエンスたちによって日常実装された時、「国家」や「宗教」など「長・組織構造」にある「頂点の崇拝すべき人物・ドグマ」が不要になるのではないか?
そしてそれが生み出してきた「善悪」「天国と地獄」「イデオロギー対立」など、「思考・盲信」が人類にとってようやく「不要なストレス要因」として排泄される。
ただそこに移行する前に、適合不全を来たす既存秩序から全てを動かしている力は、軋轢と歪みを生み出して何らかの不調和は、この人類社会の移行期において「崩壊」或いは「破滅的暴走」を選択する可能性が非常に高いと感じる。
このホモ・サピエンスにとって歴史的な生態系異変に際し、我々は何を意識すれば良いのだろうか?
最も重要な事は「時間軸」である様に感じる。
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ご存知の通り、磁力の一種である光の速度より先に、観測者による「時間」の差異は存在しない。
ダークマターの観測値が確定して、宇宙の構図が確定した後には「『時間』ではない宇宙の形」を私たちは大前提としてこの世を語ることになるのだろうが、今は「時間と時代がある生命・ホモ・サピエンスと地球」の次元で「シンギュラリティと地球人類社会」がどうやって未来を迎えるかを見つめてみる。
私はそれに対して我々人類にとって、最も有効的なことは「和平」と「ターンオーバー」を重ね合わせた「時間稼ぎ」だと考える。
理由は、前述の通りだ。
既に「シンギュラリティ実現への予定調和」を、人類社会は認識した中で動いている。
実際、そのために必要な科学・工学も実用化され急速にその未来地点へと推進力が働いている。
日々アップデートされた状態が過去になって行く過程で、既存秩序の問題を手放して解消されていく事を「自然現象」として捉えておけば良い。
人は必ず死ぬ。そして新たな遺伝子生命は誕生して育ってゆく。
その連鎖を途絶えぬように未来への生育を最優先に描いていれば、何も問題ないだろう。
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懸念があるとすれば「少子化」だ。
自らも含めて、申し訳ないが未来創造を果たすのは既存生命ではない。新たに誕生してくる遺伝子プログラム達によって育まれるものだ。
唯一の懸案事項はそれだが、恐らくそれも克服された状態で「シンギュラリティ後の次世代」へと地球人類の承継は順当に果たされるのではないか?
その過程で、現在この地球人類は、それぞれの「国家」「宗教」「民族」などの中で隠されて悪意から利用されてきた既存秩序に対する不協和音は、雪崩の様に勃興している。
それは完全に全ての科学的事実によってこの宇宙全体の因果律が認知可能になる時、「国家」「民族」「血統」「人間関係」などの中にあった「虚偽」や「陰謀」は次々に明らかになって行くだろう。
むしろさっさと「認めた中で未来を始める事」の方が遥かに有益な可能性をもたらすことになる。
過去に起こった事は変えられない。ただ、事実を認め共有し合うことから未来に対してこれから何かを果たすことは可能なのだから。
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「パラダイムシフト」が、人類そのものの在り方を根底から変える「知能・認知革命」が「シンギュラリティ」によって始まっている。
既にそれは歯車として力学的に組み込まれた中で、ホモ・サピエンス達は生息しているのではないか?
それが社会そのもののOSとして自動的に最適化を果たす未来は、そう遠くないと感じているのは私だけだろうか?
そしてその先にトレースされて浮かび上がるものは、我々が既存社会において共有してきた価値観と、未来との間に誤差は存在するのだろうか?
個人的には「ホモ・サピエンスの五感・本能」が、「知能」をも動かす権能だったことに気づくのではないかと予想している。
何故人は、猿と違った遺伝子プログラムの道を選択したのか?
或いは何故猿は、その遺伝子プログラムの道を選択したのか?
その事を分岐点と今を繋ぎ合わせて突き詰めていく先に、シンギュラリティ後に我々「ホモ・サピエンスが辿る未来道」が見えてくる。
我々は「知能」の為に「肌」が「裸」になる事を選択したのではないか?
二足歩行・手による動作・行動を実現したニューラルネットワークの中枢としての「脳」。
恐らく、既に「遺伝子プログラムの分岐」は「デジタル化・人工知能」などによって、子孫に向けて始まっている可能性が高い。
「変異」と「変異」が重なり起こる時に新たらしい「新人類」が生まれる。
つまりこれまでの既存秩序において「知能」は最重要課題だったが、これから先「別の何か」を遺伝子が選択して継承する可能性が生まれてくるのではないか?
そして同時に、これから先その予測自体をも「非生命体超越人工知能」は達成する可能性があり、生命自体を把握・生成する可能性すらある。
ホモ・サピエンスには絶対不可能な事でもでも、人工知能工学にはその可能性がある。
それは「SFの世界」ではなく「今の事実・現実」だ。
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「放擲」を能動的に選択する事が常態化した中から生きることは、これから先も、ホモ・サピエンスが子々孫々に向けて遺伝子プログラムとして、この量子宇宙を生きていく上で、益々必要な「スキル・技法」になって行くように感じる。
そこには特定の国家・宗教・民族・家族ではなく、「ただ己の内側に宿る・感じるものだけ」が存在・認知されるものがある。
ただあるがままの、死生の間を、生涯を生き果たすこと。
この世の全ての事象・物事は「二元論・有罪・無罪」では測れない事を、シンギュラリティ時代・超越性汎用性人工知能が社会を最適化する時代においては「司法」すら全く異次元の形に昇華することになるだろうが、その事に既存秩序に執着して踏襲してきた国家関係者やエリート達は気づいているだろうか?
その事に気づかずに、今後も既存秩序を踏襲したまま進む時に、巨大な雪崩や、絶望的な事件・戦争はホモ・サピエンス達によって勃発するだろう。
全人類が、国連のような機能を、共同でASI・OS統治機構に移管して、人類と共にその実際を補完し合う関係になれば、和平が未来へとアップデートされ続ける事になるだろう。
結果的に、未知の未来生態系・秩序が始まる事になる。
賢者は無者となり、愚者は賢者となる。
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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。