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「FK506卒業が、私に教えてくれたこと」 棚瀬連載 第8回

前回までのあらすじ

藤沢薬品¹現アステラス製薬が開発した免疫抑制剤FK506(タクロリムス)²《連載第2回(note記事)》から誕生したアトピー性皮膚炎薬、|プロトピック軟膏³《連載第3回(note記事)》
日本での開発に携わった棚瀬は、グローバルプロジェクトマネジャーとして、FK506外用剤(後のプロトピック軟膏)の海外展開に従事しました。
プロトピック軟膏の欧州販売の準備として、欧州中央申請(MAA)⁴を終えたところ、突然の辞令を受けます。

FK506から外されると告げられたとき、信じられない思いでした。

「え?」
「まだまだやり残したことがあるのに」

12年の苦楽を共にした薬です。
やり切ったという自信は確かにありました。
しかし同時に、胸の奥に小さな喪失感も残ってしまいました。

清水さんは、そんな私をそのまま“手放す”ことはしませんでした。

同時に与えられた五つの重荷

清水さんから与えられたのは、これまでとは性質の異なる、五つの新規開発プロジェクトでした。
いずれも、研究所から開発に移行する前段階のもの。

正直思いました。
「なぜ、こんなにたくさんの仕事をやらなければならないのか」

疑問に思う私に、清水さんはこう答えます。
「一人でやり切れない量を与えているのは、棚瀬くんの成長のためだ。どうやって“こなす”のか、まずは自分で工夫してやってみろ」

その時、私は気づきました。
これは単なる仕事ではなく、私に課された修行なのだと。

"頼る"という勇気を身体で覚えた半年

案の定、五つのプロジェクトを一人で抱え込もうとしても、まったく回りません。
そこで、人の力を借りるという選択を取りました。

幸いなことに、チームメンバーには本当に恵まれていました。

時に諭され、時に厳しく議論しながら、私の持ち味である「笑顔」で向き合い、紆余曲折を経ながらも、プロジェクトは少しずつ前に進んでいきました。

清水さんからは、
「これが今の課題なんだが、どうしたらいいと思う?」
と、何度も問いかけられました。

変な答えをすると、「バカ」とよく叱られました。

新たな責務「開発本部の経営改革」

しかし清水さんの修行は、そこで終わりません。
さらなる重荷を、私に課してきました。

次に与えられたのは、開発本部全体の経営改革です。
私を含む社員三名でリードしろ、という指示

経営コンサルティング会社Bain & Company⁵と共に、血反吐が出るまで取り組みました。

議論し、否定され、書き直し、また議論する。

半年後、ようやく改革案は形になり、開発本部300名を集めて発表しました。

青木さんの一言_打ち砕かれた視座

発表会後、Bainの森光さんと我々改革リーダー三人は、|青木社長(当時)《連載第2回に登場》にこの改革案を説明しました。

説明を終えると、室内に重い沈黙が流れました。
沈黙を破り、青木さんが静かに口を開きます。

「君たちの改革案は、開発本部の中のことしか考えていない__」

そして研究者らしい、しかし痛烈な比喩で続けました。

オートクライン(自己分泌)⁶という性質があるだろう。細胞は自分で出した物質を自分にしか使わなくなれば、アポトーシス(細胞死)を起こして死滅してしまう。」
この案が他の部門にどう影響するか、もう一度考えてから出直してきなさい。」

オートクライン(自己分泌)
細胞が放出した物質(ホルモンや増殖因子など)が、
その細胞自身の受容体に結合し、自分自身に作用を及ぼす現象。

頭を殴られたような衝撃でした。

我々は、開発本部という自分たちの細胞の中で答えを出そうとしていました。
他部門との「横のつながり」を理解していたつもりが、いかに視野の狭い仕事をしていたか、まざまざと突き付けられたのです。

悔しさがこみ上げましたが、同時に思いました。
「やはり、さすがは青木さんだ」と。

社長就任の10年以上前、棚瀬が青木さんと共に過ごした臨床開発部時代の一枚です。
青木さんは当時からオープンイノベーションの象徴のような方で、私は心から尊敬していました。
下段中心が青木さん、その後ろが棚瀬

成長して知った恩師の想い、修行の意味

我々はその後すぐに、研究や営業など、他部門との連携策に取り組みました。

やがて、この経営改革を担った三人は部長に昇格します。

そのときになって、私はようやく気づきました。
あの修行の日々は、すべてこのためだったのだと。

ほどなくして、藤沢薬品は山之内製薬と合併します。

おそらく清水さんは、その先を見据え、伍して立てる人材を育てたかったのだと思います。

今振り返ると、あれほどの重荷を真正面から課してくれたこと自体が、何よりの信頼だったのかもしれません。


FK506を卒業したことで、私は一つの薬を手放しました。

その代わりに、
人の力を借りること、
視座を上げ続けることを学びました。

次回は、この修行を経た私が、会社を離れるという選択をどう引き受け、それでも残り続けた「人との縁」について書いてみたいと思います。


執筆者:棚瀬 敦

藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬)にてセファロスポリン、タクロリムスの臨床開発、タクロリムス外用剤の グローバルプロジェクトリーダー、アストラゼネカ株式会社ではプロダクト開発リーダー部の部長として、オラパリブ、 エソメプラゾールなど様々な治療薬の開発リーダーを兼務しながらすべての国内開発品目の責任を負う。欧米赴任歴6年間。
その後大手CROsのVP/執行役員、 マルホ株式会社の執行役員兼欧米子会社取締役を歴任。2018年から3年間、株式会社レナ サイエンス代表取締役社長を務め、ATインターナショナルを設立(xCAREに吸収合併)。
現在は弊社取締役COOの他、複数のバイオベンチャー企業顧問、監査役、アカデミアアドバイザー等を併任。

【連載第1回~第6回投稿はこちらから】


【xCAREとは】

xCAREは医薬品・医療機器業界に特化した専門家プラットフォームです

私たちは、医療業界に必要なプロダクトを1日も早く人々へ届けるため、医薬品・医療器業界で働く方々を中心とした、人財プラットフォームを構築しています。
海外300名、国内500名近くの医療業界の専門家(エキスパート)が登録されていて、エキスパートの方々と共に、既に100社を超える企業を支援させていただいております。
私の役目は、社員やエキスパートが、毎日楽しく、高いモチベーションで社会に貢献していただける世界を作ることだと思っています。
これからもどんどんエキスパート数を増やしていき、お客様がより使いやすいプラットフォームを目指していきます。

「医薬品・医療機器の研究開発を行っている企業様へ」

「医薬品・医療機器業界で働く方へ」


脚注

  1. 藤沢薬品(藤沢薬品工業株式会社)
    かつて大阪に本社を置いていた大手製薬会社。2005年に山之内製薬株式会社と合併し、現在のアステラス製薬株式会社となった。

  2. FK506(タクロリムス)
    筑波山の土壌から発見された放線菌より抽出された免疫抑制剤。当初は臓器移植後の拒絶反応抑制薬として開発されたが、後にアトピー性皮膚炎などの治療薬として転用された。
    FK506の発見と開発秘話はこちらから(note記事)】

  3. プロトピック軟膏
    FK506(タクロリムス)を有効成分とする外用免疫調整薬。ステロイド外用薬に代わる新規治療選択肢として、当時画期的な位置づけであった。
    【プロトピック軟膏の開発秘話はこちらから(note記事)】

  4. 欧州中央申請(MAA:Marketing Authorization Application)
    欧州医薬品庁(EMA)を通じて、欧州連合(EU)全域での販売許可を一度の手続きで取得するための申請方式。

  5. Bain & Company(ベイン・アンド・カンパニー)
    世界的に権威のある「戦略コンサルティングファーム」の一つ。企業の経営課題解決や組織改革の支援を専門とする。

  6. オートクライン(自己分泌)
    細胞が放出した物質(ホルモンや増殖因子など)が、その細胞自身の受容体に結合し、自分自身に作用を及ぼす現象。

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