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アラフィフで大学院に入った|研究が楽しくて仕方ない理由【読事001】

読事001|知ることは、生きることだ。

会社に行かずに、ずっと大学図書館にいたい。
実は本気でそう思っている。


脳が喜ぶ場所が、人によって違う。
私にとってそれは、大学の図書館だ。


なぜ大学院だったのか

仕事をしていると、ふと思うことがある。
自分のやっていることに、本当に説得力があるのか。

名古屋圏の都市開発に携わる中で、その問いがずっと頭にあった。現場で積み上げてきた経験はある。しかし、それだけでは足りない気がしていた。過去に同じ土地で何が行われ、どんな思想で設計されたのか。先人たちの仕事を再評価し、そこに込められた思想を明らかにしたい。

その答えを求めて、今年度から社会人ドクターとしてアカデミアの扉を叩いた。


仮説が立証される瞬間の興奮

研究の醍醐味は、仮説を立てることだ。

自分なりの問いを設定し、それを立証できる証拠を探す。古い計画図をめくり、行政の議事録をあたり、当時の論文を読む。点と点をつなごうとする。そして——ある日、糸口に出会う。

計画図の記述と、論文の一節が一致した瞬間、手が止まった。一瞬で眠気が飛んだ。時間の感覚が消えた。これだ、と思う瞬間。脳が、全力で喜んでいる。

脳科学的に言えば、これはドーパミンの報酬回路が強く反応している状態だ。謎が解けそうになる瞬間、脳は「報酬予測」を更新し続ける。マラソンのラスト1kmに似ている。ゴールが見えたときの、あの感覚だ。


図書館という装置

大学の図書館が好きだ。

静かで、資料があり、誰も私の時間を奪いに来ない。そこに座ると、不思議と没頭できる。スマートフォンの通知も、仕事のメールも、日常の雑音も、全部消える。

タウンアーキテクトとして言えば、図書館は「没頭を設計された空間」だ。照明、静粛性、資料へのアクセス——すべてが「考えること」に最適化されている。サウナが整いを設計する装置なら、図書館は思考を設計する装置だ。

会社に行かずに、ずっとここにいたい。本気でそう思う日がある。


仕事と研究の両立

正直に言う。大変だ。

普段は管理職として仕事をしながら研究を続けることは、時間的にも体力的にも負荷がかかる。
しかし不思議と、生活にハリが出た。

仕事だけをしていたときより、視座が高くなった気がする。研究を通じて得た視点が、仕事の判断に深みを与える。仕事で得た実感が、研究の問いを鋭くする。二つは対立しない。むしろ、互いを強化し合っている。

そして副産物もある。
自分の市場価値が上がること。
定年退職後のキャリアの選択肢が広がること。
純粋に知的好奇心で始めた研究が、人生の設計図を書き直す力になっている。

名古屋人らしく言えば、これ以上コスパの良い投資はない。


脳を喜ばせる生き方

マラソンを走る。テニスをする。サウナで整える。そして研究をする。

これらはすべて、脳を喜ばせるための行為だ。身体を動かすことも、思考を深めることも、脳にとっては同じ「刺激」だ。

アラフィフになって気づいたことがある。
脳は、使えば使うほど喜ぶ。
老いに抗う最も有効な手段は、脳を飽きさせないことだ。

研究は、その最も純粋な形だと思っている。

知ることは、生きることだ。


あなたが「没頭できる場所」はどこですか?


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