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『余命婚活』第2話 #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

≪第2話≫

「死んじゃったの…………」
 
 その言葉を聞いた瞬間、私はその場に崩れ落ちた。
全身の力が噓のように抜け、早く病院に向かわないといけないのに、とてもじゃないけどそんな力は思ったように入らない。
 
何とかして姉が運ばれた病院に駆けつけた時にはもう、姉は息を引き取ったあとだった。
姉の死因は事故死とされた。
睡眠薬の過剰摂取による死亡事故はここ最近かなり増えているらしい。

けれど、私にはそれがどうも不可解に思えて仕方がない。
 
—「……お願い。調べてほしいことがあるの」—
 
2週間前に姉から聞いたこの言葉が、得体の知れない何かを抱えて、今さら胸の奥でざわめき始める。
あの夜の電話——姉の声は震えていた。
 
これはきっと事故なんかじゃない。
 
 姉の葬儀は家族葬で静かに行われた。
 
「楓は、今付き合いが続いている元同僚もいなかったみたいだし、最近は友人関係でも悩んでいたと思う。だから、きっと大勢の葬儀は望んでいないんじゃないかな?」
 
家族葬は、あくまで“妻の気持ちを尊重したい”という雅人くんの提案だった。
けれどその口ぶりは、私の胸の奥に冷たい何かをひたひたと広げ、雅人くんに対し少しの怒りさえ芽生え始めた。
 
——“大勢の葬儀は望んでいない”?
 
姉が人付き合いに悩んでいたなんて聞いたこともない。そもそも、友人のひとりさえ呼ばないなんて、あまりにも不自然だ。
喪服姿の雅人くんが、静かに手を合わせる姿を見ながら、私は喉元までこみ上げる怒りを必死に抑えていた。
 
 
 それから何日かは実家に泊まった。
だからこのアパートに戻ってくるのは数日ぶり。
数日とは思えないくらいかなり久々に感じるが、このアパートの雨の日独特の外の匂いと共に、そういえば私の未来もそう長くはないことを思い出し、思わず息が止まる。
 
エントランス横の「203」と書かれたポストを開けると、明らかに数日間は空けていたであろうくらいのチラシやハガキなどが雑に押し込まれ、ぐしゃっと重なり合って詰まっている。
 
玄関のドアを開け部屋に入り、リビングの真ん中にあるテーブルに置いたままになっている飲みかけのコーヒーが入ったマグカップを端にのけ、抱きかかえていた紙類をドサッと置いた。

数ある郵送物の中でも一際目立っていた招待状のような封筒が目に留まる。
雨で右側の部分が少しふけっている。
中に入っていた上品なエンボス加工の紙に書かれた内容はこうだ。
 
「神道みなみ様、
 あなたの残りの人生にパートナーを見つけてみませんか?」
 
下部には何かのURL……。
 
名指しの文章に一瞬目を疑ったが、どこかの婚活ビジネスの勧誘だろうと、もう一度封筒の表裏を確認した。
だが、差出人や住所はどこにも書かれていない。
それどころか、宛先すらもどこにも書かれていないのだ。
郵便による配達ではなく直接の投函だろうか。
 
 そういえば今日の午前中は晴れだったことを思い出した。
封筒が少しふけっていたことからポストへの投函は雨予報に変わった午後15時以降だろう。
 
こんな気味の悪いもの、普通なら即ゴミ箱行きだ。
けれど、今の私は「普通」から大きくはずれている。
何を信じればいいのかも分からない日々。
もう一度、生きてみようとする理由がどこにも見つからなかった。
それでも、
「残りの人生にパートナーを見つけてみませんか?」
この一文だけが、皮肉にも現実と私をつないでいる気がした。
そう——わたしには、まだ“残り”がある。
 
 印字されていたURLをスマホで調べると、シンプルな白地に金の文字が浮かび上がった。
"Invitation Only – Quiet Courtship Program”(インビテーション オンリー ークワイエット コートシップ プログラム)
(招待者限定、静かな交際プログラム)

 
人生の最後のかけだと信じて開いたこのページには、どこかのラウンジのような雰囲気の写真と、参加条件、そして「期間限定」の文字が表示される。
数か月前に友人から送られた結婚式のWEB招待状にとても似ていて、やけに現実味が増し、心拍数が少しだけ速くなる。
 
招待者限定、静かな交際プログラム—?
 
そのタイトルの下に、シンプルな【Enter】ボタンがひとつ。
恐る恐る、私は【Enter】をタップした。
数秒の間、画面が一瞬だけ暗転し、ふわりと浮かぶように新たなページが現れる。
 
ようこそ、“Quiet Courtship Program-静かな交際プログラム”へ。
このプログラムは、特別な事情を抱える方へご案内しています。
あなたは、この特別なプログラムの対象者に選ばれました。
 
その文字を目にした瞬間、心臓がひとつ、小さく跳ねた。
……選ばれた?
誰に?
どうやって?
私の何を知っているというのか。
画面をスクロールすると、こう続いていた。
 
あなたが今、誰にも言えない痛みや孤独を抱えていること。
私たちは、あなた自身がまだ気づいていない「人生の再出発の選択肢」をご提案します。
このプログラムでは、以下の条件を満たす方のみ参加資格があります:
□ 心身に重大な事情を抱えていること
□ 現在、長期的な恋愛関係・婚姻関係にないこと
□ 経済的、または精神的に一定の自立があること
□ 本名、個人情報の提供を同意いただけること
□ 最後に、心のどこかでもう一度だけ誰かとつながりたいと願っていること
 
5つ目の条件を読んだ瞬間、なぜか涙がにじんだ。
まるでこのページは、私の心をずっと前から知っていたような気がしたからだ。
画面の一番下には、淡い金色のボタンが、まるで呼吸をするようにゆっくりと点滅している。
【参加を希望します】
その隣には、小さな文字でこうあった。
 
※ボタンを押した時点で、取り消しはできません。
※本プログラムは、一定の審査ののち、通過者のみに詳細が届きます。
 
これは単なる婚活サイトでも、勧誘でもない。
この「プログラム」は、“死を知った人間だけ”が触れることを許される世界なのだ。
画面の中で静かに点滅し続ける金色のボタン。
私はしばらく迷ったあと、震える指先で、そっとそのボタンに触れた。

その瞬間、画面が切り替わった。
 
おめでとうございます。
仮エントリーが完了しました。
審査結果は、あなたの「次の選択肢」が現れたときに、自動的に通知されます。
 
“次の選択肢”?
どういう意味——?
そう思ったとき、突然スマホがバイブ音を立てて震えた。
【非通知設定】
表示されたのは、発信元不明の着信画面だった。
数コールで通話は切れ、その直後、メッセージの通知音が鳴る。
 
【Quiet Courtship(クワイエット コートシップ)事務局より】
10月5日(日)午後18時。白金高輪駅近くのカフェ「le silence(ル・シランス)」にお越しください。
詳細は現地にて。これがあなたの、最初の一歩です。
 
「静かな交際」——
私はスマホを見つめながら、静かに深呼吸した。


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