見出し画像

“中国一美しい駅”と日本軍トーチカ跡を巡る国境旅:内モンゴル・アルシャン

はじめに

中国一美しい駅」と呼ばれる駅が、日本によって建てられたものだと知ったのは偶然だった。
内モンゴル自治区のアルシャン(阿尔山)という駅だ。

左上の青字がアルシャン(阿尔山)。
赤い国境線の向こうはモンゴル。

2018年7月、当時私は、中国吉林省長春に留学していた。そのときの経緯はコチラ👇

住んでいた吉林省長春から、内モンゴル・アルシャンまでは、1日1往復だけ列車が出ている。片道9時間、中国にしてはなかなか近い。

さらに調べると、アルシャンには、旧日本軍のトーチカ(防御陣地)が残っているらしい
ノモンハン事件の際、南の兵站基地だったという。

モンゴル国境近くに密かに残る日本時代の駅舎と軍の遺構……これは行くしかない。

長春駅

早朝6時に新空調硬座K2121で長春を発ち、16時にアルシャン着。
駆け足で観光し、その日の20時に再びアルシャンを発し、翌朝5時に長春着。
滞在時間4時間、移動時間19時間。
超弾丸旅行が始まった。

片道約9時間、硬座の旅

車窓はのどか

「硬座」とは中国の三等席(六人がけボックスシート)で、ひまわりの種の殻が散乱し、座席なしの人が無理やり座ってくる、あの“硬座”だ。

車窓

これまで長くても硬座に4時間しか乗ったことがなかった私にとって、9時間は未知数だったが、車窓を眺めたり、向かいの中国人と世間話しているうちに、案外時間は過ぎていく。 
シートについている机の1/4ほどのスペースがあれば、顔を埋めて昼寝だってできる。

アルシャン駅へ到着

アルシャン駅

到着。
これが「中国一美しい駅」と言われるアルシャン駅舎だ。
1937年に日本軍が建てたという。

駅舎

中国の駅ではなかなか見ない、レンガ造りで山小屋のような佇まいがある。
ここには、ソ連軍の空襲で弾痕も残っているらしい。

列車はハイラルまで行く。

怖いくらい澄んだ空の下で立つ駅舎は、確かに美しかった。

解説

どれどれ。
「南部の主棟建築と北部の一列の平屋建築から成り、両者は木造の長い回廊でつながれている。これは典型的な日本の宗教および民家を組み合わせた東洋建築であり……」って、
典型的な日本宗教と民家を組み合わせた東洋建築、、、なのか???

日本軍トーチカを目指す

目当ての日本軍トーチカへ向かう。ここアルシャンで配車アプリdidiは使えないので、駅前のタクシー運転手に地図を見せて価格交渉。
2人で100元、だいぶ観光地価格だが了承。

のどかな車窓

未舗装のガタガタ道を30分ほど走ると、何もない草原に「南興安二戦遺址」の看板が立っていた。

到着


日本軍トーチカ跡地

受付

中に入る門は鍵がかかっており、近くの小屋にいたおばちゃんが鍵を開けてくれた。
このおばちゃん、どうやらここに定住しているようで、昼寝をしながらテレビを見ていた。

「私ずっとここにいるけど、日本人って初めて見た。私たちと同じ顔してるのね」
と笑うおばちゃん。

日本人観光客が来ること自体が、かなり珍しいらしい。
たしかに、ネットでこのトーチカを検索すると、2008年の学術調査で訪問した日本人のページくらいしか見当たらなかった(2018年当時)。

ついに内部へ

草をかき分けて進むと、目当ての建物が見えた。

廃墟好きにも刺さりそう。

「国恥を忘れるな」と大きく書かれている。
現在は中国の愛国教育基地となって残された、日本軍のトーチカ跡だ。

浴槽として使われていた。
お風呂大好き日本人

4階建て+地下室つきで、想像よりずっと広く、宿舎・便所・浴槽跡などが綺麗に残っている。

トイレ跡
室内展示

また、室内にはこの付近の要塞ができた経緯や、ノモンハン事件について、中国目線で解説した展示がある。

階段を登ると、

トンネルを小窓から覗ける。

ここから見えるのが白狼トンネル。我々が鉄道でアルシャン駅に向かう途中に通ってきたトンネルだ。
ノモンハン事件の時にも、この線路を使って前線に送るための物資が運ばれていたのだろう。

アルシャンの街で

駅に戻り、少し早めの夕食を取ることにした。

名物・氷煮羊(ビンジュヤン)

内モンゴル自治区の郷土料理だという、氷煮羊(氷鍋に羊肉を入れてから煮る鍋)を食べてみる!
煮た羊は、北京風火鍋にも煮たゴマだれでいただく。
内モンゴルだけあって羊肉が柔らかく、うまい。

野菜投入

肉を食べたら野菜を食べる。

古代のような味のヨーグルト

美味しかった。

観光地によくある二人乗り自転車を借りて、街をぶらぶらしてみる。

二人漕ぎ
左側がモンゴル文字

そうそう、ここは内モンゴル自治区であるため、他の少数民族の自治区同様、中国語とモンゴル文字が併記してある。
お隣の国・モンゴルではキリル文字に移行してしまっているから、日常に根付いたモンゴル文字というのは貴重かもしれない。

街中
広場

標高が高く空気は澄み、街全体にはどこか穏やかな時間が流れていた。

おわりに

駅の待合室は中国と思えぬほど小さい。

満州国があった時代、アルシャンは温泉駅とも呼ばれ、この地には日本風の温泉街が並び、新京から日本人が慰安旅行に来ていたという。
大陸の奥地、モンゴル国境近くの街に、かつて日本人が住み、100キロ先ではソ連軍と戦っていた。

今では想像もつかないが、駅舎とトーチカだけが、静かにその歴史を記録している。

「中国一美しい駅」と呼ばれるアルシャン駅をあとに、19時間の弾丸旅が終わった。

駅舎に棲みつく猫ちゃん

内モンゴルの風が吹き抜ける小さな駅舎が、私の旅の記憶に静かに残った。
いつかまた、この駅舎の猫に会いに行きたい。
(終わり)

これ以降も、内モンゴルの砂漠でキャンプした話などを書く予定です。
過去にはこんな記事も書いてます👇

いいなと思ったら応援しよう!

タカイワ マサ | ライター・イラストレーター 面白いと思ったら応援のほどよろしくおねがいいたします! いただいたチップは執筆活動に使わせていただきます。

この記事が参加している募集