松尾祭の裏に秦河勝?御旅所「松尾大社・川勝寺三宮神社」川勝寺の謎【京都右京シリーズ】
京都市右京区と西京区は「三宮」神社が多い。ここは松尾大社のお祭りで神輿が来る御旅所なので正真正銘の松尾大社境外末社である。そして、松尾祭りで知った「河勝寺」の幟は、あの河勝寺があったところなんだ・・。ということで、松尾祭は松尾大社と桂川の御渡りのみを見るつもりだったが、御旅所での模様も見た。ただ、18:30ぐらいまで付き合った気がする・・。
エビデンス
グーグルマップで三宮神社の結果:https://maps.app.goo.gl/joFY1QZzPASjuXzY9
京都市右京区西京極北裏町 鎮座
大宝年代の創建といわれ、玉依姫命を祀っていたが、のちに大山祇神・酒解神を合祀して三宮社と称したと伝えられ、川勝寺地区の産土神です。松尾祭には、三宮社の神輿の御旅所となっています。
松尾大社の三宮社たちです。
変更履歴
2026/04/23:初版
▼HP▼アクセス
アクセス:〒615-0821 京都府京都市右京区西京極北裏町13−12
祭神
玉依姫命
大山祇神
酒解神
▼見どころ
→歴史・由緒
701年から704年に創建
玉依姫命を祀っていたが、のちに大山祇神・酒解神を合祀して三宮社と称したと伝えられている
川勝寺地区の産土神で、玉依姫命は、松尾大社本社の御祭神である大山咋神の妻だとも、もしくは下鴨神社の主祭神の妻説もあるかと
別名「川勝寺三宮神社」であることから、この周辺を開拓し、農業や様々な産業を開いた渡来系・秦氏のお膝元で、秦川勝(秦河勝)の名前に由来するものだと考えられている
松尾祭には、三宮社の神輿の御旅所

境内社も含めると秦氏と賀茂氏が婚姻関係を結んだとも読めないだろうか??
「かわかつてら」と読みそうだが、「せんしょうじ(川勝寺)」が正しいようだ。ただ、神様と地名、神名とその他の読みが違うことはアルアルで、それだけ尊敬されたことを指すと解釈する
聖徳太子の母・間人(はしひと)皇后と間人(たいざ)、間人蟹(たいざがに)と読みは変える
貴船神社(きふねじんじゃ)という地名の貴船(きぶね)は濁る
1953年、松尾大社末社に定められた
→参道
松尾大社末社になったのは近年だが、御旅所にされるところに何か謂れがあるのだろう。後述する「松尾祭」は御神輿が通る時間は通行止めになるときがあります。




この印がれば松尾祭と思ってよいでしょう。

→参道に「長福寺」


京都なのでお地蔵さんですね。地蔵盆があるようです。そして、国宝寺の長福寺が!!と思ったが違う長福寺です。
→参道の途中にあった「将軍辨財天/天空不動三/宇宙不動三」


かなりシンプルに言うと人間 → 修行者 → 宇宙存在へ引き上げる導線のようです。
将軍辨財天 →「願う(欲)」
天空不動 →「断つ(修行)」
宇宙不動 →「悟る(真理)」
→境内



→拝殿・本殿・摂社・末社








本殿左右にも社殿がある。説明板より、猿田彦神・羽山戸神・別雷神・大山咋神・応神天皇が祀られているのだろう。
● 猿田彦神(サルタヒコノカミ)
道案内の神様:神様たちが天から地上に降りるときに、道を先導した
旅や仕事の導き手:人生の道を開いてくれる神様
特徴:鼻が高くて背が高い、見た目がインパクトのある神様
妻は芸能の神・アメノウズメ(私のNOTE)
三重県の伊勢・椿大神社(私のNOTE)など。
● 羽山戸神(ハヤマドノカミ)
山や自然の神様:山や森の入り口を守る神
『古事記』や『日本書紀』に登場する古代の神々の一柱
● 別雷神(ワケイカヅチノカミ)
雷の神様:名前に「雷(いかづち)」とあるように、雷を司る神
京都・上賀茂神社(私のNOTE)の主祭神
災いを避け、穏やかな天候を祈る対象として崇敬されている
農業の豊作や自然の力と深く関わりがある
● 大山咋神(オオヤマクイノカミ)
山と水を司る神様
お酒の神様
本宮・松尾大社、滋賀・日吉大社(私のNOTE)の主祭神
● 応神天皇
実在したとされる15代天皇
武の神様として信仰:八幡神として神格化され、武士に特に厚く信仰された
八幡神社の主祭神:全国にある「八幡宮」はこの神様を祀っています。




→御旅所
後述する「松尾祭/神幸祭」で神輿が入ります。

→松尾祭/神幸祭「河勝寺」
神幸祭は「おいで」とも呼ばれる。松尾祭の御旅所であり、郡地区、葛野地区の轅下(門下)による神輿お渡りが行われる。神幸祭以後の最初の日曜日より、還幸祭(おかえり)まで、神輿が置かれる。

松尾祭神幸祭では月読社の唐櫃(からびつ)と大宮社・櫟谷社・宗像社・四之社・衣手社・三宮社の6基の神輿が氏子地区の衣手神社(衣手社御旅所)・三宮神社(三宮社御旅所)・西七条御旅所を目指して巡行する。



6つの神輿が揃うのだが、幟に「河勝寺」があった。もしや秦河勝??と一人テンションが上がる。

拝殿・本殿を3周して階段を下りて、楼門を通して、さらに階段を下る!神様を落とさないように平行を保つ!!



では桂川へ!!神輿が川を渡り、橋の下を潜りますが、橋の上は通行止めになります。神様の上を通るのはNGです。秀吉も某寺の楼門・山門を潜るときに、千利休の像が上に安置されているのを知り、激昂されタヒ刑にしましたよね。。







私たちは本NOTEの三宮神社へテクテクしていると、先頭の月読神社(私のNOTE)が来たが、ここから1時間待ち続ける。ご近所の方も毎年恒例なので16:30ごろにゾロゾロと家から出てくるが待ち続けていた。
















同行している神職が神輿の御神体を隠して社殿の持っていきます。同時に祝詞をあげて、御輿は御旅所の倉庫?に入ります!!




▼川勝寺(せんしょうじ)とは何か
実体がはっきり残らない“秦氏系の消えた寺院”の可能性が高い。秦河勝(はたのかわかつ)に由来すると考えられる。理由は次の二点。
「川勝」=ほぼ固有名詞レベル
この地域(西京極)は秦氏の開発エリア
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
大阪のネモフィラ×藤井寺&河内長野の神社仏閣/京都・松尾大社の松尾祭★大阪ミナミ⑱京都西京⑧★|やんまあ@旅行記
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