万葉の歌枕に眠る謎の京都「天穂日命神社」万葉集×天武天皇伝説×謎の建築【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】
京都・伏見区石田。この一見何の変哲もない住宅地の一角に、万葉の時代から続く“異質な聖地”がひっそりと鎮座しています。それが天穂日命神社です。
ここは『万葉集』に詠まれた歌枕「石田の杜」の地であり、かつて旅人が道中安全を祈った祈りの場でした。さらに驚くべきは、天武天皇の時代に「一夜で稲苗が積み上がった」という苗塚伝説。
そして江戸時代に建てられた本殿は、京都でもほぼ例のない“二間社流造”という異例の構造を持ちます。文学・信仰・建築が交差するこの神社の正体に迫ります。
天穂日命神社といえば鳥取ですね。アマテラスの系譜なのに出雲に寝返った神様だが、地元では英雄です!!そして菅原氏の祖・野見氏の祖であり、出雲大社にも繋がります。
北側の「天穂日命(アメノホヒ)」はアマテラスの第二子で、出雲國造の始祖。本当はアマテラスとタカムスヒに出雲に国を譲るよう交渉しに行かせたら、出雲に染まり妻も娶り、3年報告せずに無視した神様としている。
ということで北野天満宮や太宰府天満宮など古社で大きい淡万宮に行けば摂社・末社にアメノホヒが祀られています。ただ、主祭神とする神社は多くないのでこの神社は注目ですね。
2026年の「天神信仰展」前に参拝しました。
変更履歴
2026/05/18:初版
▼HP▼アクセス
HP:--
アクセス:〒601-1437 京都府京都市伏見区石田森西66
祭神:天穂日命(アメノホヒノミコト)
相殿(配祀):天照大神、大山咋神
▼見どころ
→由緒/歴史
672年 - 686年(伝承): 天武天皇の時代、この地に一夜にして数尺(数メートル)もの稲苗が積み上がり、その上に白羽の矢が置かれるという不思議な出来事が起こる。白髪の老翁が現れ、「天照大神と大山咋神を祀れば都の南方を守護せん」と告げたため、社が創祀されたと伝えられる(「苗塚」の故事)。
861年: 貞観4年10月18日、清和天皇より従五位下の神階を授けられる(『日本三代実録』)。
927年: 編纂された『延喜式』神名帳において、山城国宇治郡の「天穂日命神社」として式内社(小社)に列せられる。
1600年代〜(江戸時代): この頃は「田中神社(田中明神)」や「石田(いわた)社」とも呼ばれ、天照大神と日吉山王(大山咋神)を主祭神としていた。
1783年: 天明3年、現在の本殿が造営される。この時、田中神社と称し、天照太神、日吉山王を合祀したともいう。
1877年: 明治10年、京都府により正式に式内社「天穂日命神社」として認定され、社名が現行のものに改められる。
1983年: 本殿が、その希少な建築形式から京都市指定有形文化財に指定される。
→一の鳥居


古くは「いしだ」ではなく「いわた」と呼ばれ、『万葉集』や『枕草子』にも登場する有名な森でした。藤原宇合(ふじわらのうまかい)が「山科の 石田の小野の 柞原(ははそはら)……」と詠んだ地であり、かつては旅人が道中の安全を祈って幣(ぬさ)を捧げる場所でした。






→境内へ





→拝殿・本殿


本殿は覆屋に守られているので覗く仕様になっています。1783年造営の本殿は、正面の柱間が2つある「二間社流造(にけんしゃながれづくり)」という非常に珍しい形式をとっています。通常、神社の柱間は奇数(一間、三間など)であることが一般的ですが、偶数の二間社は京都市内でもほとんど例がありません。




→本殿左「春日神社」
日野氏の地域なので藤原氏との繋がるので春日神社は納得。


→春日神社左「篭守(こもり)神社」
子供の夜泣き封じにご利益があるとされ、石を奉納して祈願する習わしが今も続いています。



→篭守神社後ろ「大黒大明神」
「稲荷社」と案内板にありましたが、神額には「大黒大明神」とあります。


→本殿右「八幡神社」


→八幡神社右「天満宮」



菅原道真は祖はアメノホヒですね。
小休憩。逆算しながら道真誕生と先祖を探る。結論から言うと「アマテラス次男坊・アメノホヒ→野見宿禰(相撲・埴輪)→ 土師氏(古墳造営)→ 菅原氏(学者)→ 道真(天神)」なんですよね。昔から由緒ある家柄です!!レッツ!神社仏閣を繋いでみた。出雲を怒らせると祟ります!!
(中略)
→「苗塚(なえづか)」の伝説:
境内に残る「苗塚」は、天武天皇の時代に稲苗が一夜で積み上がったという伝説の場所です。農業の神、また都の守護神としての信仰の根源となっています。


今より千三百余前の白鳳年中、天武天皇の御代のこと。この地に一夜のうちに苗が数尺積み上げられ、その上に白羽の矢が置かれていた。老翁が現れ、この地に天照大神、日吉山王を勧請すべきとし、帝都の南方は永く守護するだろうと告げて去った。その由縁により祀られたのが境内の「苗塚」という。ここから考えると、かつて石田の社には天穂日命神社が鎮座し、老翁のお告げにより祀られた田中神社もあったはずだが、何時の頃かに合祀されたと思われる。
▽万葉集と勅撰和歌
境内入口の説明板より抜粋。AIに文字起こししているので間違えていたらすみません・・。
万葉集
山科の石田(いわた)の小野の柞原(ははら)見つつか君が山路越ゆらむ(藤原宇合・ふじわらのうまかい)
山科の石田の杜に布麻置(ぬさお)かばげだし昔味に直に逢はむかも(藤原宇合)
山背の石田の杜に心鈍く手向けしたれや妹(いも)に逢ひ難き(万葉集)
山科の石田の社のすめ神に幣取り向けて我は超え行く逢坂山を(万葉集)
勅撰和歌
山城いはたのもりのいはずとも心の中を照らせ月かげ(詞花集・藤原輔尹朝臣)
秋といへば石田の森のははそら時雨もまたず紅葉しにけり(覚盛法師)
雉子なくいはたの小野の菫(すみれ)つみめさすばかりになりにけるかな(修理大夫・藤原顕季)
いろかはる柞(ははそ)の梢(こずえ)いかならむいはたの小野に時雨降るなり(後鳥羽院御製)
里遠き田中の杜の夕日影うつりもあへずとる早苗かな(議進原推経・続後撰集)
霧はれば明日も来て見む鴫(しぎ)鳴くや石田の小野は紅葉しぬらむ(順徳院御製)
ははそ散る石田の小野の木枯(こがらし)に山路しぐれてかからむら雲(中務卿親王)
柞(ははそ)原色づきぬらし山城のいはたの小野にしかなぞなくなる(惟宗忠景)
しるやいかにいはたの小野の篠(しの)薄(すすき)思ふ心は穂に出でずとも(衣笠内大臣 藤原家由)
時雨するいはたをののの柞原朝な朝なにいら変わりゆく(前中納言匡房)
山きはの田中の森にしめはえてけふ里人の神まつるらん(前大納言為家)
とへかしな岩田の小野の柞原しづくもつゆもほさぬ袂(たもと)を(権少僧都澄守・続千載集)
柞原しぐれも色もあたたえて石田の小野は雪はふりつつ(澄覚法親王・続千載集)
今日みれば岩田の小野の真葛(まくず)原うら枯れ渡る秋風ぞ吹く(藤原家隆朝臣・続後拾遺集)
柞した葉折り敷く山城の侘(わ)びつつぞぬる(藤原家隆朝臣・新後拾遺集)
雁なきて寒きあしたや山城のいはたの小野も色変わるなむ(後九条前内大臣基経・新拾遺集)
▽藤原宇合×石田の杜
奈良時代の貴族・歌人である藤原宇合は、『万葉集』の中で山科の「石田の小野」を詠み込み、この地を都近郊の名所として印象づけた。石田の杜は単なる風景ではなく、旅の途上で神に幣を捧げる祈りの場としても機能しており、宇合の歌には自然美とともに、古代人の信仰観や道中安全への願いが織り込まれている。こうして石田は文学と信仰が重なる歌枕として定着した。
▽『山城国風土記』の天穂日命二座について
『山城国風土記』には、「藤岡の頭に神座天穂日命二座、仲冬(陰暦十一月)にこれを祭る。住民は麦を以て神供となす」と記される。藤岡とは石田の森のことで、古くは藤の名所として知られた。また、ここに祀られた「田中明神」は、延喜式内社である天穂日命神社に比定されると考証されている。
さらに、近隣に鎮座する萓尾神社の摂社・末社では「田中大神」が祀られ、これを天穂日命としている。
風土記に見える「天穂日命二座」とは、石田の森において同神が複数の神格(たとえば和魂・荒魂)として祀られていた可能性を示すが、その具体像は明らかではない。
一方で、石田と日野という至近距離に同神が祀られている点は重要である。これを踏まえると、天穂日命信仰は石田を中心に成立しつつ、周辺へと分散的に展開した可能性が考えられる。すなわち、一社に集約されるのではなく、地域全体に広がる“面的信仰”として機能していたのではないか。
さらに踏み込めば、分霊によって神格が分かれた、あるいは荒魂的側面が山側へ遷されたといった想像も成り立つが、いずれも現時点では仮説の域を出ない。
ということだが、石田君一族は出雲系氏族説がある。これが正しいなら、天穂日命は出雲にイザナミを祀る神魂神社を建て、子・建比良鳥命は出雲国造らの祖神となったのでシンプルに故郷の神様を持ち込んだのかもしれない。
▽終わりに
住宅地に埋もれるこの小さな社は、単なる地域の神社ではありません。万葉の記憶、古代の交通、王権の守護思想、そして中世へと続く信仰の流れが交差する“見えない結界点”です。
最後の最後に、古代から中世にかけて、広大な旧巨椋池の周辺水域に位置していたので、その水で農業が流行ったのかな?そこで「天穂日命」「田中神社(田中明神)」で周辺にも同じ神様を祀る経緯があったのかもしれない。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
パンと抹茶と藤の花|伏見から宇治へ、五感で楽しむ京都一日旅!そして153年ぶり秘仏公開&京都非公開文化財特別公開◆京都宇治③伏見山科⑫◆|やんまあ@旅行記
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