草津に飛び出す煉獄さん!?砂ずりの藤&風の神&蓮の華の名所[滋賀湖南⑨]
この旅行記のテーマは次の通りで温泉がない滋賀の草津です。
滋賀県草津市
二色の蓮
神社仏閣










この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
やんまあ|note
▼ルート&見どころ
▽2025年06月21日(土):
#草津市立水生植物公園 みずの森:滋賀県草津市下物町1091



では行きましょう!!








































































































#近江の正倉院 !聖徳太子開基/秦河勝創建伝承「#芦浦観音寺」東京・観音坂はこの寺が由来!5名以上で拝観可能・・【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
聖徳太子開基という伝承のある古刹。織田信長から特別の権利を得て、豊臣秀吉、徳川家などからも継続して権利を与えられた。そんな寺だから宝物が多く「近江の正倉院」とも呼ばれている。
東京都千代田区にある坂に「観音坂」の名前が残っている。これは江戸に芦浦観音寺屋敷があった由来である。元禄の江戸古地図にも芦浦観音寺屋敷が描かれている。(『新編江戸史』(寛政年間1789-1801)より)








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
奈良・大神神社から勧請「#印岐志呂神社」頼朝・足利・信長・家康なども参拝したた古社。【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】









詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
創祀年代不詳
本殿のある場所から琵琶湖側に古墳があり、古墳時代から既に祭祀が行われていたとも
587年:天智天皇の勅願により大神神社(私のNOTE)から分祀されたとする
延喜式の栗太八座の1社で、用明天皇の時代に「印岐志呂」と名付けられた
源頼朝が尾張国を攻略する際にその武運を祈り神殿を寄進したという言い伝えがある
南北朝時代の足利軍と比叡山僧兵との戦いで社殿焼失
社殿棟札によると織田信長が佐々木攻めの時再び戦場となり社殿炎上した
芦浦観音寺が再建
徳川家康が大阪出陣するとき、志那街道を通ったようで立ち寄ったとも
#博多とんこつ真咲雄

アメノヒボコorスサノオ「#安羅神社 ×2」そして神功皇后-応神天皇へ続く【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
草津市は東海道の宿場町として栄えた。隣の栗東市と合わせて三つの安羅神社がある。
『日本書紀』垂仁天皇の条に「天日槍は宇治河を遡って、近江国の吾名邑に入ってしばらく住んだ。」とあり、穴村の「安羅神社」はアメノヒボコ。

詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
志那津彦命💛志那津姫命「#惣社神社」【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】



詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
社伝によると、中臣金連が勅を奉じて風神を鎮祭し意布岐神と尊崇したのが始まり
古来、意布岐総社、総社大明神惣社神社などと称された
志那三郷の惣氏神であり、北志那大般若寺の鎮守の神
本殿の傍らにある高さ2m、六角柱の石燈龍は鎌倉時代のもので、国指定の重要文化財
この神社は、毎年4月下旬から5月上旬にかけて、穂が地面に擦るほど長くなることから「砂擦りの藤」と呼ばれる見事な古藤が開花する
近隣の志那神社(私のNOTE)と惣社神社(私のNOTE)にも境内に藤があることから、三大神社とあわせて志那三郷の藤とも呼ばれている
意布伎神社?重文の仏像「#志那神社」風の神・志那津彦命💛志那津姫命【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
『延喜式』に「意布伎神社」と記載された式内社風の神・志那津彦命💛志那津姫命ですね。清和天皇の奉納した鏡と鈴が社宝として現存する。







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
創祀年代不詳
延喜式の意布伎神社の候補
867年:奉納された鏡や鈴が現存している
この鏡に「奉近江国伊富伎神」、鈴に「貞観九年四月」とある
国史神祗八巻に「貞観九年四月二日辛未遣神祗大祐正三位上大中臣朝臣常道向近江国伊富伎神社奉弓箭鈴鏡云々」とある
旧神官の春日家にもこれを表す文書がある
1298年:本殿建立
1949年:本殿が老朽化しているため修理することとなり、本殿を解体したところ床下から加工石が四個出土したところ平安朝時代の本殿の礎石であることが判明
風の神を祀る志那三古社「三大神社」砂ずりの藤【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
竹に二羽の雀(たけににわのすずめ)という神紋なんだそうな。志那津彦命💛志那津姫命がこんなにも祀られている地域って何?風の神を祀る志那三古社と呼んでいるようで、藤の名所でもある。この藤は天武天皇の勅により、藤原鎌足の葬られた談峯の藤花に因んで、藤原氏の隆盛を祈念して、倉橋山の藤を移植した藤らしい。織田信長の兵火にかかって焼失したが、株元から芽生えて現在の藤棚になったという。



詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
665年:創建
風神二座(志那津彦命・志那津姫命)が祀られていた「式内意布伎神社(いぶきじんじゃ)」がそのルーツとされている
祭神は志那津彦命💛志那津姫命
1084年頃:吉田の住人・穴太包光(あのうかねみつ)が漁をして拾い上げた光る木片が、第29代欽明天皇の皇女である「大宅皇女(おおやけのひめみこ)」の霊であるという神託があったと伝えられている
この神託を受けて、国司の援助を得て社殿を造営し、「大宅公主命」を合祀したとされている
この合祀により、祭神が三神となったため、「三体神権現」と称し、現在の「三大神社」の社号になったと言われている
1291年:本殿前の石灯籠を建立。花崗岩で笠まで六角形に作られた珍しいもの
江戸初期承応年間に芦浦観音寺(私のNOTE)によって再建
ノダフジの古木が有名で、花穂が2mにもなり地面に届く様から「砂ずりの藤」と呼ばれている
京都・時代祭に取り込まれた祭り「老杉神社」スサノオファミリー降臨!社殿は重文【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
大和時代の末期に神霊が大杉の梢に降臨し、これを祀ったのが始まりとされています。京都・時代祭に「室町洛中風俗列」が新たに加わった際に、ここのの「サンヤレ踊り」が参考にされた。領主であった下笠氏に庇護され、1487年には、室町幕府第9代将軍・足利義尚も参拝している。




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おお~この天か十六菊「天神社」豊斟渟尊/天市々魂命/天興豊魂命/天若御子神【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
祭神はアマテラスか菅原道真か?どちらかだと思っていた。まさかの豊斟渟尊/天市々魂命/天興豊魂命/天若御子神だった。






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狛犬は煉獄さん?「山田正八幡宮/木川薬師堂」【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
滋賀といえば「飛び出し坊や」「とびたくん」で、この神社入口に、鬼滅の刃の「煉獄さんの飛び出し坊や」がある。狛犬か??源頼朝が再興した古社!!







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ワタツミなんだって「渡海神社/大宮若松神社」なんじゃこれ????【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
神社名は「ワタツミ」だが、バス停の読み仮名は「ワタヅミ」と読みが濁るのは貴船神社と同じく、神は穢れがない存在で、同じ読みは失礼という感覚からだろうか?
まずは「渡海神社」です。



大宮若松神社






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滋賀県草津市の「子守神社」で歴史と安らぎに触れる旅【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】







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下鴨神社・河合神社の社殿移築「#鞭嵜八幡宮(#鞭崎神社 / #鞭崎八幡宮 )」快慶作阿弥陀如来立像!馬の鞭奉納【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】
源頼朝が馬上から鞭をもって訪ねたので「鞭」があるのだろう。1837年に京都・下鴨神社の摂社・河合神社の部材を譲り受け本殿として生まれ変わった。旧膳所城の南大手門を移築したものがあり、競馬ファン所縁の奉納もある。














詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
「むちざきはちまんぐう」と読む
遠くからすぐわかる深い森に囲まれた神社
676年:天武天皇の命令により、大中臣清麿が「矢橋八幡宮」という名称で創建
897年:菅原道真が参拝し、 梅の木を愛でた歌を残す
1190年:源頼朝が馬上から鞭をもって神名を訪ねたことに由来
翌年、頼朝は卜部兼勝に命じて社殿を再建したとも伝えられている
頼朝公参拝以来、「鞭嵜八幡宮」というようになる
1603年:快慶作の阿弥陀如来立像を、京都上徳寺(私のNOTE)へ移す
1837年:京都・下鴨神社(私のNOTE)の摂社・河合神社(私のNOTE)が式年造替
社殿を造り替えしたときその部材を譲り受けた記録がある
鞭崎神社本殿として生まれ変わった
本殿の柱に「河合」の墨書があり、賀茂御祖神社の古文書に記載され、各寸法とほぼ同一
三間社流れ造りで大きな構造となっており、加えて千木と堅魚木が3組ずつあるのは珍しい
1868年:神仏分離令で「鞭崎神社」に改名
1871年膳所城より南大手門が寄進される
無限おみくじ「龍宮神社」滋賀では珍しいコンクリ拝殿【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】







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