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ゆで卵すら作れない夜に考えたこと


ゆでたまごを作って毎日たんぱく質をとって、少しずつ筋肉を増やしていこう、と頭では考えているのに、実際にはめんどくさくなってそのまま寝てしまう。何もしないまま終わってしまう日があるのです。

とあるポストについて

2025年12月3日に以下をXにポストしました。

その日の夜は、ゆでたまごと、何か簡単なおかずを作ろうとしていたのに、結局何も食べないまま寝てしまいました。そのとき自分がやろうと決めていたことは以下でした。

ゆでたまごを作る
タンパク質をとる
体重九十キロから七十キロに近づく行動を一つ積む

一方で、実際にやったことは、という流れです。

スマホを触る
だらだらしているうちに眠気が来る
なんとなくそのまま寝る

頭のどこかではずっと、ゆでたまごを作ろう、タンパク質をとろうという意識があるのに、体感としてはめんどくさいの一点張りでした。このときのことは、12月3日に投稿したnoteの記事にも書いています。

決意はするのに、行動は止まる。このギャップが積み重なると、自分を責める方向に意識が向きやすくなって、だんだん自分のことを見るのが嫌になっていきます。

だから今回は、ゆでたまごを作るかどうかという表面の話だけではなく、その裏側で何が起きているのかを、考えてみようと思います。

めんどくさいの正体を分解してみる

まずは、素直に言語化してみます。

  • ゆでるのがめんどくさい

  • たまごをスーパーに買いに行くのがめんどくさい

  • 家に帰ってから自炊するのが嫌だ

ここで終わると、自分はだめだな、また甘えてしまったなと自己否定のみになってしまうので、少し踏み込んでみました。

そもそもなぜ、ここまでめんどくさく感じるのか。
体重は落としたい、90kgから70kgまでは本気で行きたい。

それなのに、なぜめんどくさいのか。やっていけば、自分の望む形になっていくはずなのに。

脳は思っている以上にぬるま湯が大好き

そこで出てきたキーワードが「思ってるより、ぬるま湯を脳は好む」
という考え方でした。

人の脳には、できるだけ現状を維持しようとする性質があります。
専門用語で言うと、現状維持バイアスやホメオスタシスなどと呼ばれるものです。

代表的なのは、カーネマンやトヴェルスキーが扱った「プロスペクト理論」の流れ

ざっくり言うと

  • 新しいことはエネルギーを使う

  • エネルギーを使うのは危険だと脳が判断しやすい

  • だから今のままが安全で心地よいと感じる

この流れです。
その結果、

  • 新しい習慣を始める

  • 食事を変えようとする

  • 運動を増やそうとする

こうした行動は、脳にとっては違和感となる。

普段と違う行動をすること
キッチンに立つこと
鍋を出して火を使うこと

全部ひっくるめて、脳にとってはやったことがないから違和感で
現状に戻そうとする働きがあるということ。

違和感は成長のサインという考え方

そうなると、違和感=自分にないものということになるなと思いました。

  • 仕事終わりにコンビニに寄らずまっすぐ帰る

  • 帰宅してすぐにキッチンに向かう

  • ソファに座る前に鍋に水を張る

脳にとって現状維持が大好物だとしたら、いつもと違うことが起こった瞬間に違和感が生まれます。行動の変化が起きたとき、それについてめんどくさいと思うことについてはその働きがあるのだと理解しました。

めんどくさい
やりたくない
今日はいいや

感情のパワーは本当に強くて、理屈で分かっていてもあっさり負けてしまいます。負けてばかりでは進歩がないので、少し見方を変えてみようと思います。

あ、今違和感が来ているということは、現状維持からの脱却チャンス!到来みたいな考え方を持つということ。

このように、違和感を成長のサインとして受け取ると、向き合う前より
前向きになるし、豊かになるなと思いました。

自分を責めるより、仕組みを疑う

できないと自分なんか、またサボった、意志が弱いなどと
謎の自虐モードに入るあの瞬間はやめたいなって思います。
今までのインプットを踏まえると

  • 人間の脳はそもそも現状維持を好む

  • 疲れている夜は、さらにその傾向が強くなる

  • 感情で判断すると、ぬるま湯側に流される

この前提があるなら、自分を責める前に仕組みを見直した方がいいな、と感じるようになりました。

今は違和感を抱いているが、続けているうちに今違和感を抱いていることでさえ、当たり前になり、ぬるま湯判定がされていくということ。

90kgから70kgへ 体重以上の意味

体重だけを見ると、90kgから70kgへという数字の変化に目が行きます。

数字を一気に動かすのではなく、ゆでたまご一つとっても小さな選択の積み重ねだなとつくづく思います。その小さなところにこそ、自分の生き方や考え方が露骨に出ちゃいますよね。

いつか人は死ぬ、という前提から逆算する

本田圭佑さんの、いつか人は死ぬという言葉があります。
あらためてこの前提を受け取ってみると、今日一日の重さの感じ方が少し変わってきます。

明日も同じように続くはずだと思っている日常の中で、本当は有限なんだよな、と一度立ち止まってみる。
その感覚が、ゆでたまご一個について真剣に考えてみる理由にもつながっています。

めんどくさいという感情との付き合い方も、少しずつ変えていきたいところです。違和感を喜ぶという考え方を借りながら、行動のハードルを少しずつ下げていく。その過程を、ちゃんと言葉にして残しておきたいと思っています。

あとから振り返ったときに、あのときはここで止まっていたけれど、それでもよく頑張っていたなと、少し笑えるようになれば十分です。
その未来の自分のためにも、今の揺れや迷いをメモしておくイメージに近いです。

今回の話を整理すると、流れはこうなります。

  • ゆでたまご一個が作れない裏には、脳が今のままを守ろうとする、ぬるま湯を好む仕組みがある

  • めんどくさいという感情は、意志の弱さだけではなく、現状維持の本能が強く働いているサインでもある

  • 違和感を成長の合図として受け取ることで、自分を責める方向ではなく、仕組みづくりに意識を向けられる

  • 行動のハードルと感情のハードルを両方下げていくと、習慣は少しずつ現実的な形になっていく

これは、完璧なダイエットノウハウでもなければ、劇的なビフォーアフターの話でもありません。
今の自分が実際に感じている葛藤から生まれた気づきを、そのまま書き留めた記録に近いものです。

未来の自分が読み返したときに、あの頃の自分から何か一つでも受け取れるように。これからも、うまくいった日もいかなかった日も含めて、少しずつ言葉として残していけたらと思っています。


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たろう|ランチファスティング チップありがとうございます、わざわざ行動で示していただいたことが本当にうれしいです、いただいた分しっかり内容で返していけるよう積み上げていきます。