王子様のおやつ
「ところで王子様ってなに食べるの?」
「はあ?」
口を押さえた時にはもう声は出ていった後だった。
母の音無き舌打ちを知らぬ存ぜぬの顔でやり過ごし、中指でテーブルの縁を叩く。
俺がぼんやりしている間に何が起きたんだ。
いつの間に「白石=王子様」が世界共通認識と化したんだ?
かぼちゃパンツに白タイツ、ちゃちな黄色い冠を頭に載せて微笑む白石の姿を必死に振り飛ばした。
「こんなものがあるけど……」
湯気の向こう側にぼんやりと長四角の菓子が見える。
「お義母さん、大変申し訳にくいのですが……」
「なぁに?」
「それって、いつ頃……?」
「そうね、タドコロさんが遊びにきた時に持ってきてくれたものだから……」
「……ばあちゃん? タドコロさんって、あのスイミング仲間の……?」
「あら、悠来。よく覚えてるじゃない。……あ。もしかして、あんたああいう人が好み? そりゃそうか、美人だものねェ……」
美人だとか美人じゃないとかそう言う問題じゃないだろう。
タドコロさんは確かに美人だし、優しいし、旦那一筋で若い男にうつつを抜かすような人じゃあない──おそらく。
たがしかし、俺が言いたいのはそこじゃない。
「ってことはそれ……二年以上前……?」
誰もが息を止めた台所の澱んだ空気を扇風機がかき混ぜる。
外では椋鳥の喧嘩がより一層熱を帯び始めていた。
「じゃあもう、アイスでいいだろ。暑いし。」
俺はちょうどふたつ重なっていたカップアイスに手を伸ばした。
「だめだめ。それは風呂上がりのおじさん用だから。」
すぐさま母がすっ飛んできて、冷凍庫の引出しを閉めた。
俺は負けじともう一度引出しを開ける。
「じゃあこっちのストロベリーなんとかは?」
「ストロベリーもおじさん用だから!」
この家にはおじさん専用アイスしかないのか?
「母さん……」
「ん?」
「痛い。」
「え?」
俺は雑巾がけでもするみたいな形で冷凍庫に手首を挟まれていた。
そもそもがだ。
前提が間違っている。
母さん、あんたが毎晩読み聞かせてくれた物語によればこの地球には百十一人も王子様がいるらしいじゃないか。
ともすれば──頭の中で描き始めた樹形図を右から順に消していった。
「あの、お言葉ですが。」
「なに? 突然改まって。」
「大事なのは王子様がなにを召し上がるか、じゃなく……じゃなく? ではなく?」
「悠来?」
「白石が、なにを、食うか、だろ!」
「あら、悠来。たまにはましなこと言うんだ。」
「たまにってなんだよ。あと『まし』ってなんだよ……」
麦茶を入れたコップの結露が滑るように垂れる。
「で、王子……白石君ってどんなもの食べるの?」
「山菜蕎麦とか……」
「渋! ……じゃなくて。おやつの類の話。」
「小枝……とか。」
「意外と庶民的なんだ。」
まだ言うか……
王室の人間じゃないんだぞ、白石は。
しかもあれは煙草の真似事のために咥えているだけで……
母と祖母は俺に背を向け、菓子の入った戸棚を漁っては「あらァ……」と肩を落としている。
溶け落ちたチョコレート菓子がテーブルに打ち上げられていく。
俺は気乗りしないまま盆を持ち上げた。
「ああ! 悠来、悠来! これ、持ってって。」
「なに?」
「だから、王子様のおやつ。」
母は紅茶と件のしょうもない麦茶の隙間を埋めた。
「これが?」
「あんたも食べていいから。」
「王子様のなのに?」
母が顎と指を突き出してきた。
くぅ、と喉の奥が閉まる音がした。
「ああ、わけわかんねぇ……」
俺は盆を壁に押し付け、ドアノブを回す。
漏れ出た冷気が心地よかった。
「今度こそ君でしたか。」
白石はまだクローゼットとCDラックの間に挟まっている。
「今度こそってなんだよ……」
俺は盆を置きつつ、ため息をついた。
「ドアノブがやたらに動くので……てっきり君かと思って開けたところ、こちらの方が……」
白石の指が茶色の和毛に沈む。
「それからしばらくして、あちらの方が……」
白石の指さした先はベッドだった。
掛け布団が一箇所だけ、隕石でもめり込んだみたいにへこんでいる。
こちらの方、と呼ばれた方の猫が誇らしげに立ち上がる。
そしてベッドで丸くなっていたあちらの方と連れ立って扉の前に立った。
こちらの方と交互にノブを叩き始めると、白石は立ち上がった。
「白石?」
白石が扉を開けると猫はひと鳴きして出ていった。
定位置に戻ろうとした白石を呼び止めた。
奴は腰より先に視線を落とした。
「君にお話しましたっけ? 僕がこれ、好きだって。」
「ああ。覚えてない? ほとんど毎日言ってるよ。」
嘘をついた。
一か八かだった。
弁当箱の隅で、ミニトマトと一緒にいつも最後まで残っているそれは結局トマトより先に食われてしまう。
しかし、
──大好物は、最後まで残しておく類の人間です。
確かに奴はそう言った。
「そうでしたか。」
小気味の良い音と共に減っていく、皿の上の胡瓜の浅漬け。
百十二人目の王子様は、「君も。」と、ただ微笑んでいた。
西の空はまだ青い。
隣家の屋根瓦は濡れたように輝いていた。
また【習作】です。
読切だけれども、
と繋がったりもする。
もっといえば、
がその前で、
がことの始まり。
まだしばらく習作を続けるかもしれないが、始めた連載(詩人酒場とつつじ)は責任を持って完結させる。
と言う決意を蝉の音に頭をかち割られながら、足の爪をドバトにどつかれながら書いている。
暑い。
↑
初めての長編小説。
大正時代が舞台の文学青年のもやもやライフログ。
↑
だいたい2010年代後半をイメージしていただければよろしい恋愛小説。
文学部国文学科に在籍する貝原瑞樹の初恋の思い出。
↑
【エッセイ】
ひとつ、種明かしをするならば井上悠来以外の名前ありの主人公は二月生まれパターン多いです。
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ゆきお様・解説
この役職だから、これ。
この性別だから、これ。
ではなくて。
その人、を見ようというお話。
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よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し