能登半島地震から2年、被害状況や復興状況を振り返る
能登半島地震から2年になります。
東北震災復興の現場で聞いた「被災地のことが忘れられているのではないか」という不安の声。
国などが発表している能登半島地震の現在の状況を報告します。
令和6年 能登半島地震 ― 何が起き、何が残されたのか
2024年1月1日16時10分。
正月の団らんが続くなか、石川県能登地方を震源とする大地震が発生した。最大震度7。年の始まりを告げるはずの日は、一瞬にして「災害元年」として記憶される日となった。
テレビやスマートフォンを通して伝えられたのは、倒壊した家屋、寸断された道路、隆起した海岸線、そして避難所で不安な表情を浮かべる人々の姿だった。
この能登半島地震は、単なる「大きな地震」ではない。日本がこれから向き合わなければならない、地震災害の構造的な課題を浮き彫りにした出来事でもあった。

能登半島地震はいつ・どこで起きたのか
地震が発生したのは、石川県能登半島北部を震源とする直下型の地震だった。震源の深さは比較的浅く、マグニチュードは7クラス。石川県輪島市や志賀町などで最大震度7を観測し、北陸地方を中心に広い範囲で強い揺れが記録された。
揺れは短時間であっても非常に激しく、古い木造住宅や耐震性の低い建物を中心に大きな被害をもたらした。能登半島という地形的条件もあり、集落ごと孤立する地域が多数発生したことも特徴的だった。

今回の地震の特徴 ― 群発地震の先にあった本震
能登半島地震を語るうえで欠かせないのが、「群発地震」との関係だ。
実は能登地方では、2020年ごろから小規模〜中規模の地震が断続的に発生しており、「地震活動が活発な地域」として専門家の間では注目されていた。
今回の地震は、そうした長期間の地震活動の末に発生した、極めて規模の大きな地震だったと考えられている。発生メカニズムは、地下の岩盤が押し合うことでずれ動く「逆断層型」の地震で、これは日本列島の内陸部でも起こりうるタイプだ。
さらに注目されたのが、地殻変動の大きさである。沿岸部では海岸線が隆起し、これまで海だった場所が陸地として現れた地域もあった。地図が書き換えられるほどの変化は、今回の地震のエネルギーの大きさを物語っている。
被害の実態 ― 人命、暮らし、日常が奪われた
人的被害は甚大だった。多くの命が失われ、負傷者も数多く報告された。
建物被害も深刻で、住宅の全壊・半壊は数万棟規模に及び、特に古い木造住宅が密集する地域で被害が集中した。
インフラへの影響も長期化した。道路は各地で寸断され、鉄道は運休。上下水道や電力、通信といった生活インフラが止まり、「復旧するまで待つ」という選択肢すら持てない地域が生まれた。
また、地震に伴って津波警報・注意報が発表され、沿岸部では実際に津波が観測された。大規模な津波被害には至らなかったものの、避難の遅れが命に直結しかねない状況だったことは間違いない。
なぜ被害はここまで拡大したのか
被害拡大の背景には、いくつかの要因が重なっている。
ひとつは、地形と立地条件だ。能登半島は山がちで平地が少なく、集落が海沿いや山間部に点在している。主要道路が限られるため、一本が寸断されるだけで孤立するリスクが高い。
次に、人口構造の問題がある。高齢化が進む地域では、避難や情報収集が困難になりやすく、災害時の脆弱性が高まる。実際、避難所までたどり着けなかった人や、自宅にとどまらざるを得なかった人も少なくなかった。
さらに、住宅の耐震性という課題も大きい。古い建物が多い地域では、耐震補強が十分に進んでおらず、強い揺れに耐えられなかったケースが多く見られた。

能登半島地震が突きつけた問い
この地震は、「想定外の災害」だったのだろうか。
むしろ、長年指摘されてきたリスクが、ついに現実のものとなった――そう捉えるべきかもしれない。
正月でも、夜でも、災害は起きる。
地方でも、人口が少なくても、被害は甚大になる。
能登半島地震は、日本が抱える「地方の防災」「高齢化社会の災害対応」「インフラの持続可能性」という課題を、一気に私たちの目の前に突きつけた。

復旧・復興状況と今後の見通し(国土交通省発表)
令和7年12月、国土交通省が令和6年能登半島地震から2年」の復旧・復興状況と今後の見通しを発表。
~被災者の方々の暮らしとなりわいの再生に向けて~

○復興まちづくり
輪島朝市周辺エリアにおいて、地元住民の合意形成のもと、令和8年春頃から夏頃にかけて順次、住宅や店舗の再建を可能とすることを目指し、土地区画整理事業等を実施予定。

○住まいの再建
必要戸数 3,055 戸全ての用地確保にめど。

○上下水道
水道事業者が分散型システムを導入する際に必要な施設整備を補助金・交付
金により支援できるよう新規制度を令和8年度の予算案に盛り込んだ。

○道路 復旧
能越自動車道等(直轄及び権限代行区間約 49km 全区間)は、令和7年内に
震災前と同程度の走行性を確保(急カーブ・段差の解消)。
能越自動車道等の本復旧は、のと三井 IC~のと里山空港 IC、徳田大津 IC~
(仮称)病院西 IC については令和9年春までの完了を予定。残る区間については大規模崩壊箇所の崩土撤去及び大型構造物の施工等が順調に進んだ場合、令和 11 年春までの完了を予定。
国道 249 号や県道などの能登半島沿岸部を通る道路について、滞在型観光の
促進、「道の駅」の集客強化、サイクルツーリズムの活性化、魅力ある風景街道の創出などにより、国内外から人が集まる絶景海道を目指すため、12 月8日に基本方針をとりまとめた。

○港湾施設復旧
5港で災害復旧事業を実施中。


⚪︎河川復旧
能登半島地震、豪雨により損壊した施設を復旧中。

⚪︎空港復旧
能登空港を復旧して、災害救援活動の拠点として活用中。

⚪︎鉄道復旧
のと鉄道、JR 西日本七尾線の復旧と運転再開。

