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創ることは、冒険だ ~頭の中を見せる勇気について~

絵を描く人も、文章を書く人も、映像を作る人も。
ダンス、ハンドメイド、写真も、人を癒すことも・・・
創作をする人というのは、つまるところ、自分の頭の中を人に見せているのだと思う。

考えてみれば、これはとても勇気のいることだ。


私が子供の頃、こんなことがあった。

何もできない子でしたが、お絵かきの時間だけは大好きだったのでショックを受けました


誰かと話すとき、私たちは言葉を選ぶ。
伝えたいことの、ほんの一部だけを取り出して、丁寧に整えてから渡す。
でも創作は違う。頭の中の景色を、感じたことを、まだ形になりきっていない何かを、そのまま外に出す作業だ。

保育園の頃にあった出来事。
先生から「山の絵を描きましょう」というお題で、みんなで山を描いた。
周りの子は山の形を描き終えると、緑のクレヨン一色で塗りつぶしていく。
私はどうしても、「自分の山」を表現したかった。
緑の中にも、いろんな緑があるから。山には木があって、幹には幹の色があるから。
自分の頭の中にある景色を見ながら、緑色、深緑色、黄緑色など、何色かの緑や茶色などを使って、木々の重なりやグラデーションを表現しようとした。

出来上がった絵を見て、先生はこう言った。
「よしえちゃんの塗り方はおかしいよ。みんなと違う

小学生になっても、似たようなことがあった。
写生の時間、風景を描き進めていた絵を、横から覗いた同級生が、こう言った。
「うますぎて何を描いてるのか分からない」
褒め言葉のようで、実は嫌味だった。

思えば、みんなと同じであることが安心で、安全とされる空気の中で育ってきた。そういう時代だった。
それでも私は、絵をやめなかった。頭の中に見えている景色を、誰に何と言われても、描くことをやめられなかった。

しかし今は、創作をする人にとっては人と違った方が良い時代になった。
とてもありがたい世の中になったと思う。



WEB上でも、個展などの直接的な手段でも、作品を公開している全ての人は、上手いとか下手とか、テクニックがどうとか。そういう評価の前に、まず自分の内側にあるものを、自分以外の人に「見せる」という怖さを越えなければならない。

好きな作家の作品も、きっと最初から評価されていたわけではないだろう。一般の人やプロの人からの反応や評価とか、ブラッシュアップすることとか、数えきれないくらい越えてきたはずだ。
それでも創り続けた人たちの作品が、今、私たちの手元に残っている。

勇気を出して自分の頭の中を見せたからこそ、届く人がいる。

どこかで「これ、好きです」と言ってくれる誰かが、きっといる。
派手ではなくても、静かに見守ってくれているファンが、創作をする人にはそれぞれにきっといる。
その一人ひとりの存在が、次の作品を創る力になる。

そもそも、みんなと同じでいることが安心な場合は、自分の内側をわざわざ人前にさらしたりする行為はしない。
それでも「創る人」は、間違いなく勇者だと言える。

だから、今日も何かを描いたり書いたり創っている人がいたら、それだけで拍手を送りたい。

頭の中を見せるという怖さを乗り越えて、それでも創り続けているあなたは、間違いなく、勇者なのだ。

創作って、冒険だ。

「創る人」が、私は大好きです。
今日もどこかで何かを創っているあなたへ、心から拍手を送ります。

私もそんな勇者の皆さんに続き、これからもずっと創り続けます。

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