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持たない暮らしが心地いい

 引っ越してから、比較的ものが増えた。といっても、今もちゃんとまとめてしまえば僕が所有しているものはトランクケース2個分程度に収まる。

だから、巷で言われるような「断捨離に失敗し、収納家具があふれている」みたいな状態とはほど遠い。

数年前まではもっと極端で、中くらいのボストンバッグとリュック一つで事足りるくらい、荷物を持たない生活をしていた。学生時代の遠征でもそうだった。ポーチとボストンバッグ一つであらゆる必需品が収まってしまう。だから友人にも「それだけで足りるん?」と驚かれたことがある。

 もともと物を管理するのが苦手なのが原因だと思う。目に見えないものは、僕の意識からスッと外れてしまうタイプで、「あれ、どこに仕舞もたっけ?」と探すことが多い。

正直、今もクローゼットの奥に何を持っているか、さっぱり覚えていない。いつも使う服は手前に数着あるからそれを着回しているけれど、奥底にあるスーツがどんなものだったか曖昧だ。サイズが合っているのか、あるいはネクタイをそもそもまだ持っているのかすら謎。

もし捨てていたら捨てていたで気づかないまま暮らしている。そんなズボラな性格だからこそ、ものを増やすと管理が回らない。それで自然と「持たない暮らし」に行き着いていた。

 衣替えという習慣も、妻と住むまではほとんど存在しなかった。季節が変わるたびに服を捨てる、という極端な手段を取っていたからだ。

なぜ捨てるかというと、管理できないだけでなく、汚れた服を持っていると「これも着られるよな」といつまでも着続ける癖があって、自分の身なりを顧みなくなるのが怖かった。20代後半になって、さすがに「おっさんが汚い格好で街を歩いていたら危ない人認定されるんじゃ…」と警戒し始め、それならば手遅れになる前に捨ててしまうのがいいだろうと思った。部屋も狭かったから余計にその方法が気楽だった。

 ところが今は家がそこそこ広い。2LDKでクローゼットが3つ、さらに書斎まである。豪邸というわけじゃないが、起業直後に住んでた6畳一間狭いアパートからすればずいぶん贅沢だ。実際、寝室と仕事部屋はほとんど使ってない。

誰もいない部屋があって少しもったいない気がするが、妻は狭いとストレスが溜まるし、部屋があるだけで安心なようだ。僕自身も気分転換にカフェでも行こうかと思うたび、近所に気に入るチェーン店がないから、結果的に「まあ部屋が広いからいいか」という感じになる。

 広い部屋は快適なのだけど、「物を管理しなくちゃ」という感覚が希薄になるデメリットもある。目に見えないところに仕舞っておけば、いくらでも収納できてしまう。

だから気がついたら物が湧くように増えている。半年に一度くらい「最近増えたな」と思って、服や本を処分する。結果的にトランクケース2つから1つ分くらいに戻す。ミニマムな所有量に近づけて、「よし、これでいい」と満足するのだ。でもまた半年後には微妙に増えていて、同じループを繰り返す。

 正直、これに深い意味があるわけではない。たとえば「ミニマリスト」と呼ばれる人たちのように、物を少なくすること自体を信念としているわけではない。ただ、物が増えると、自分の管理能力の限界を超えてしまって、結局どこに何があるかわからず勿体無いことをしている気分にはる。なら、それよりは、いっそ手元にないほうが気楽だ。

物が少ない状態が「幸福度が高い」「お得な気がする」というのは、究極的には自己満足だろう。でも、そういう誤解を抱えながら年末に向けてどんどん捨てていくと、不思議な達成感がある。

 具体的な様子を少し挙げると、普段はリビングの小さなテーブルで、妻と向かい合いながらスマホをぽちぽちしている。わざわざ書斎や仕事部屋に行かないのは、そのほうが落ち着くし、なにより一畳ほどのスペースがあれば2人で十分だからだ。

こう考えると、本当にそんな広い部屋が必要なのか疑問になるけれど、妻も僕も気分転換に部屋を変える自由があるのは悪くない。ちょっと作業に集中したいなら書斎へ行き、昼寝したいならリビングで寝そべる。

かつての狭い住まいとは比べものにならないほど動線が自由だ。だが、その分、物を増やす余地が生まれてしまう。「しまう場所があるから、まあいいか」となりがちなのだ。

 そして半年に一度、特に年末は「今年もいろいろ買ったな」と思って何かしら捨てる行為に走る。大量にあるわけじゃないけれど、積み上がった服や雑貨を見ると「いつこれ使ったっけ?」と思うこともある。

結局、僕には物を所有するだけの管理スキルがない。見えない場所にしまうと忘れるし、かといって目立つ場所に置くとそれはそれで散らかって目障り。ゆえに捨てるしかないのだ。

ときどき広さがもったいないと思いつつ、もし急に友人が来ることがあっても困らないし、なんとなく贅沢な気分を味わえる。

 そうこう言いながら、年末が近づくとまた「もの増えたな…」とクローゼットを見て溜め息をつき、無造作に服や本を引っ張り出して処分を検討する。

結局、トランクケース2つ分から1つ分に戻す作業を繰り返し、「やっぱり少ないほうがいい」と自己満足するんだろうなと思う。もしかするとこれ自体が僕の「年末行事」になっているのかもしれない。

 意味があるかどうかはわからない。でも僕は「物が少ない」ほうが落ち着くのだ。ミニマリストというわけでもないし、今の家には使わない部屋があるくらいだが、それでもなるべくものを減らすほうに気持ちが傾く。

 僕がいま望んでいるのは、いまある所有物をじわじわ捨てていき、トランクケース1つ分まで戻して「お、これはちょっと気持ちいい」と思うこと。

もう少し余裕ができたら、使ってない1日であまり使われることのない寝室や仕事部屋に何か活用法を見いだすかもしれない。

広い家で物は少なく、それでいて妻と二人で狭いスペースに集まって過ごす——それが今の僕らにちょうどいい生活スタイルなのだと感じている。

妻はたくさん物を管理したり持っていることが好きなんだけどね。


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