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バカだから使う。AIがあるからこそ頭が楽になる話

AIに頼ったらバカになる、という指摘はよくあるけれど、それは「本を読んだらバカになる」「漫画を読んだらバカになる」と本質的には同じなんじゃないかと思う。  

でも、そんなこと言い出したら、人間いつまでも自分の頭だけで計算や知識をまかなわないといけないし、そっちのほうがむしろ大変じゃないのかな。

たとえば僕は、マーケティングの試算をするとき、これまでは紙にペンを走らせながら暗算でがんばっていた。  

1時間かかる計算もザラだし、3パターン、5パターンを試すとなると、1.5〜2時間は軽く消える。  

それをChatGPTにちょっと指示するだけで、ものの数分で答えが出てくる。  

さすがにその速さを見てると「そりゃ人間がやるよりAIに頼んだほうがいいよな」と思う。  

これって、紙とペンだけの時代に「電卓使うとバカになる」と言ってた人と同じ議論じゃないのか。

記事を作る作業だってそうだ。  

自力で1記事を仕上げるとへとへとになるくらい頭を使う。  

でもChatGPTをアシストに使えば、まだ余力が3記事ぶんくらい残せる感じがする。  

昔は1記事書くだけで「もう今日は無理だ…」と崩れ落ちていたのに、今は「あれ、割と大丈夫だぞ?」となるのはありがたい話だ。  

確かに“自力の思考”は半分くらいで済むかもしれないけど、それでも「自分の力で文章を書いてる部分」は残るわけだし、それが悪いことかと言えば、そんな気はしない。

そもそも僕はワーキングメモリが少ないようで、何でもかんでも忘れてしまう人間だ。  

スケジュールもスマホで管理しないとすぐに頭から抜け落ちるし、そもそも自宅の住所すらスマホがないと思い出せない。  

これって言い換えれば「スマホに頼りっきりでバカになってる」状況なのかもしれないけど、そもそもワーキングメモリが少ないという時点で僕はバカなんじゃないかという気もする。  

だったらAIに頼ろうが、もういいんじゃないかという開き直りがある。

薬局で洗剤を買うときもそうだ。  

どっちが容量的に得なのか、頭のなかでパッと計算できない。  

前は電卓を取り出していたけど、今はChatGPTに訊いたほうが3倍くらい速い。  

この便利さを「バカになる」と嘆くより、“余った時間や頭のリソースで別のことを考えるほうが建設的”と思ってしまう。  

「バカになったらなったでいいんじゃないか。それだけ便利になったということ」  

おばあちゃんたちの世代は「漫画を読むと頭が悪くなる」と言い、大昔には「電卓使うと算数ができなくなる」と言われた時代もある。  

でも電卓が普及して、いちいちそろばんで計算しなくてよくなった分、人は別のことを考える余裕が生まれたはずだ。  

AIだって同じじゃないかな、と僕は思う。

もちろん、使い方を誤れば自分の頭で何も考えなくなるのは確かかもしれない。  

でも、もともと大して賢くないなら、道具に頼ったって同じレベルだし、うまく活用すればむしろ仕事が効率化して、自分の考えを深める時間が増えるかもしれない。  

僕は、その時代の道具を使い倒して、なるべく無駄な作業から解放されたい。  

たぶん、それを「ダメだ」「もっと自分で考えろ」と言う人もいるだろうけど、昔の「本を読むとバカになる」という意見とあんまり変わらない気がするんだよな。  

ほんの10年前は「ググるな」「自分の頭を使え」やんて言ってたおっさんは今や、ググるのは当たり前になってるし。

だから僕は気にせず、「バカだから使っても問題ない」くらいのテンションでやっていこうと思う。

AIは賢い。いいパートナーだ。

それが分からない人は、ゆっくりと時間をかけて距離を縮めて、気がつけば「ないと困る存在」になってればいいと思う。

強要でも、主張でもなく、あくまでも、

ガラケーからスマホに移り変わったように、ごくごく当たり前に、僕らの世界に浸透していくものだと思っているから。


仕事の話はこちらでも書いてます。


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