スタバのコーヒーは不味い
「スタバのコーヒーは不味い」と言ってしまうと身もふたもないけど、実際のところ、僕がスタバに通い始めた13年前くらいはそんなふうに感じていた。
23歳から36歳まで、気がつけば10年以上、スタバでブラックコーヒーばかり飲んでいる。トーキョーローストやパイクプレイス、クリスマスにはクリスマスブレンドなんて出てくるけれど、本質的にはずっと同じ「スターバックスコーヒー」だ。
正直、スタバのコーヒーが好きかと言われると、昔は「むしろ不味い」と思っていたくらいだ。味をたとえるなら、焼きすぎたトーストの焦げを無理やり粉砕して湯で溶いたような苦みがある気がして、2杯飲むと手が微妙に震える。後で調べたらカフェイン過剰摂取だったらしい。当時は「オレも同じ」と言ってた人が確かいて、そんなものかと軽く受け止めてたてたけど、冷静に考えれば危うい話だ。
それでも、ずっと飲み続けていたら今では馴染みになって、家で豆を買って帰って淹れるほどにはなっているんだから、舌と習慣って本当に不思議だ。昔なら「わざわざスタバで豆を買うなんて、よほどのマニアしかやらない」と思ってたのに、今やそれが当たり前になってるのだから、人間の感覚はちょろい。
実を言うと、味だけならドトールが好きだった。だけどドトールの店内なんとなく忙しない空気が漂っていて、落ち着けない感じがした。
逆にスタバは空間が好きだった。特に神戸にはスタバが多くて、5軒くらいはすぐ巡れるから、満席なら次へ行き、そこもダメならまた別の店を探す、みたいなカフェジプシー生活をしていた。
周りから見たら無駄な行為かもしれないけど、あの頃は席を求めてぐるぐる動き回ることさえ、なんとなく楽しかった。想像してほしい、MacBookを開いて特にやることもないのに「ノマドワーカー風」を気取り、たいして必要でもないファイルを開いたりしていたあの雰囲気。
今振り返ると笑うしかないが、当時は「スタバでMac」=なんかカッコいい、みたいな曖昧なステータスを感じてた。
当時はSNSといえばFacebookで、友だちの投稿を眺める程度。YouTubeに至っては大学のとき、先輩に武術系の動画を見せられて「へえ、こんなのあるんだ」くらい。そこで発信しようとか考えもしなかった。本当に時間を無駄にしてたんだなぁ、としみじみ感じる。今もそうなんだけど。
スタバは不味い。でも空間が好きで、空間に引っ張られるうち味にも慣れた。
この13年で僕は豆まで買うファン層になってしまったし、店員さんも顔を覚えてくれた。昔は「不味いなあ」と思いながら憧れのようなものをいただきつつ、一番安いからコーヒーをしぶしぶ飲んでいたのに、今じゃ「スタバがいい」と思える。味ってそんなに変わってないはずなのに、気づけば心地よい背景音楽のような存在に変わってしまった。
結局、人は雰囲気に弱い。汗臭い運動部会館で少林寺拳法に打ち込み、SNSの未来もYouTubeの可能性も見抜けなかった昔の僕も、今こうしてスタバでコーヒーをすすってる今の僕も、似たようなもの。
興味や好みは空気や時間でゆるゆると変わる。いつしか不味いと思ったコーヒーを家に持ち帰るくらいにはね。
1杯500円なら気分転換代として許せるし、もう慣れたこの味があると作業もしやすい。別にそれで大きく得するわけじゃないけど、得しないわけでもない。まあ、悪くないバランスだと思う。
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