桃が繋いだ、できることとできないこと。
先日、兄のお嫁さんから桃が届いた。段ボールを開けた瞬間のあの匂いは、何度嗅いでも慣れることがない。
夏そのものが箱に詰まっているような、そんな匂いである。
その桃を見て、娘が「チーズケーキにしよう」と言い出した。私はてっきり、そのまま剥いて食べるものだと思っていたのだが、娘の中では違ったらしい。
娘という人間は、料理はまるでできない。包丁の持ち方すら怪しいときがある。
ところが、スイーツとパンだけは別で、YouTubeを見ながらするすると作ってしまうのである。
土台はビスケット、クリームチーズを混ぜ、桃を切って、ゼラチンで固めて。工程を横で見ていたら、私にはとても真似できる気がしなかった。

不思議なものだと思う。私は何十年も台所に立ってきたが、スイーツやパンというジャンルには手が伸びたことがない。
焼き物にも、発酵にも、なんとなく苦手意識がある。娘は逆に、和食の煮物や炒め物はまるでできないくせに、お菓子の世界だけは軽やかに歩いている。
親子でこうも違うものかと、しみじみ思った。同じ台所に立っているのに、得意な場所がまったく重ならない。まあ、それはそれで、うまいことできているのだろう。

出来上がった桃のチーズケーキは、断面がきれいな層になっていた。土台、クリームチーズ、その上に桃がたっぷり。
切り分けて食べてみると、酸味と甘みのバランスがちょうどよく、市販のものと並べても遜色ないのではないかと思うくらいだった。娘に「上手にできたね」と言うと、「まあまあかな」とだけ返ってきた。あっさりしたものである。
私が長年お弁当を作り続け、YouTubeやnoteで料理のことを書いているのは、もうすぐ家を出ていくであろう娘のためである。
どこに住んでも、どんな暮らしをしていても、「おふくろの味」というものを自分で作れるようにしておいてほしい。そういう気持ちが、どこかにずっとある。
娘はスイーツやパンは作れる。和食はまだ心もとない。だから私は今のうちに、できるだけたくさんの「うちの味」を見せておこうと思う。
もっとも、それが娘の中にちゃんと残るのかどうかは、わからない。
案外、大人になってから急に思い出して作るようになるのかもしれないし、一生スイーツ専門のまま終わるのかもしれない。
そのあたりは、娘次第である。私にできることは、今日も台所に立って、いつも通りのご飯を作ることだけなのだ。
最後まで読んでくださりありがとうございます😊
#桃 #チーズケーキ#手作り#未来のためにできること

