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【とんま村の物語】後半まとめ②16〜20話:新しいお金が村に根づき、幸せの意味まで変わっていった話


⓪ お昼休みはテレフォン・とんまショッキング

イグアナ
「……えー、引き続き『テレフォン・とんまショッキング』のお時間です。
司会は、無駄に口だけは乾かない爬虫類、イグアナでございます。
では、第16話から第20話まで。
村はどこまで行ってしまったのでしょうか」

天の声
「……だいぶ遠くまで行きました」


① ぷるり~んは村のベーシックインカム、チャ~リンは広く使うお金(【第16話】)

天の声
「第16話で見えてきたのは、役割分担です。
ぷるり~ん(ベーシックインカム)は、村の中でしか使えません。
そのかわり、暮らしを支えることに向いています。
一方、チャ~リンは村の中でも、村どうしでも使えます。
だから、とんま村はここでようやく、
暮らしを支えるお金と、
広く取引に使うお金を、分けて考え始めたのでした」

イグアナ
「なんでもかんでも同じ石でやろうとしていた頃に比べると、
だいぶ大人になりましたねぇ。
まあ、まだだいぶ村ですが」


② ベーシックインカムがあると、どうぶつは無理に走らなくなる(【第17話】・【第18話】)

天の声
「ぷるり~ん(ベーシックインカム)が回り始めると、村の空気も少し変わりました。
転んでも、すぐ終わりではない。
今日を生きるぶんが、まるごと誰かの借りにぶら下がっているわけではない。
するとどうぶつたちは、ようやく少しだけ落ち着きます。

無理な仕事に“それは無理です”と言える。
“とにかく走れ”から少し離れて、自分で考えられる。
つまり村は、少しずつ正気に戻っていったのです」

イグアナ
「はい、追い込まないと動かない、ではなかったんですねぇ。
むしろ少し安心したほうが、ちゃんと生き物っぽくなりました」

天の声
「すると、その噂は外の村にも届きました。
“無理をさせないのに、ちゃんと回っている村があるらしい”
そう聞いた別の村々が、ざわつき始めるのです」


③ 村ごとのベーシックインカムだけでは、村どうしのズレは消えない(【第19話】)

天の声
「けれど、話はそこで終わりません。
それぞれの村でぷるり~んが始まっても、
ぷるり~んはその村の中でしか使えません。
一方で、もともとのチャ~リンは、村の中でも、村どうしのやり取りでも使えます。

すると、各村の中ではぷるり~んのおかげで暮らしの土台が少し安定する。
でも、村どうしの商売ややり取りでは、やはりチャ~リンの流れがものを言う。
その結果、村の中では安心ができても、村どうしでは強い村へチャ~リンが寄っていきやすい。
よい仕組みが各村にあるだけでは、まだ足りなかったのです」

イグアナ
「はい、“村内の安心”と“村どうしのズレ”は別問題でした。
世の中、そう簡単には全部いっしょに整いません」

天の声
「だから必要になったのは、何もかも同じにすることではありません。
工夫して売ることも、挑戦することも残しながら、
それでも各村の安心の土台が沈みすぎないように、あとから少しならす仕組み。
村どうしのベーシックインカム、その二段目です」


④ ベーシックインカムの先で、幸せの意味まで問い直される(【第20話】)

天の声
「そして最後に、この物語は少し変わった結論へたどり着きます。
幸せとは、ずっと立派でいることではない。
ずっと勝ち続けることでもない。
例外なく、安心できること。

優秀だから価値がある、
役に立つから残ってよい、ではなく、
少しくらいポンコツでも、疲れていても、うまくやれない日があっても、
それでも“ここにいていい”と思える余白があること。
そして、その余白は、気合いや根性だけでは生まれません。
ちゃんと、仕組みがいるのです」

イグアナ
「はい、最終回にして急に人生の話になっております。
でも、もともとずっとその話だった気もいたします」


⑤ イグアナが整理する。村のベーシックインカムから、村どうしのベーシックインカムへ

イグアナ
「まとめます。

・ぷるり~んは村の中でしか使えない
・そのかわり、暮らしの土台を支えるのに向いている
・チャ~リンは村の中でも村どうしでも使える
・だから役割分担が必要になる
・安心ができると、どうぶつたちは少し正気に戻る
・するとその噂は外の村にも広がる
・でも村の中だけ安心でも、村どうしのズレは残る
・だから村どうしでも、少しならす仕組みがいる
・そして最後は、例外なく安心できることが幸せではないか、という話になる
・しかも、それには仕組みがいる

……はい。
第16話から第20話は、新しいお金が村に根づき、
最後には“幸せって何なんでしょうね”という話にまで進んでしまったわけでございます」


著者(福沢ゆん吉)から

この物語では、お金の仕組みを、なるべくやわらかく、なるべく笑いながらたどってきました。
でも、本当に考えたかったのは、お金そのものよりも、
人がどうしたら、もう少し安心して生きられるのか
ということだったのかもしれません。

幸せとは、
特別に優秀な人や競争に勝ち続けた人だけが享受できるモノでもなく、
本当は、すべての人が例外なく安心できることなのではないか。
立派だから認められるのではなく、
役に立つから残ってよいのでもなく、
少しくらいポンコツでも、遅くても、転んでも、休んでも、
それでも生きていてよいと思えること。
そんな余白が、社会の中にちゃんとあること。

そして、その余白は、やさしさだけでは長続きしません。
願いだけでも、たぶん足りません。
人が無理をしなくても生きていけるようにするための、
仕組みが必要なのだと思います。

この物語は、どうぶつたちの村の話です。
でももし読んだあとで、
「いまの社会って、本当にこの形しかないのかな」
「もっとちがう作り方も、あるのかもしれないな」
と、ほんの少しでも感じてもらえたなら、
それだけで、このとんまな村にも、ちゃんと意味があった気がします。

それぞれの各話について、これから解説を書いていきますので、ぜひご覧いただけると幸いです。

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