信用と信頼の違い
“信用”と“信頼”は、似ているが同じではない。
信用とは、過去の実績から現在の言動を信じて受け入れること。
信頼とは、現在の人格から今後の言動を信じて頼りにすること。
“信用してもらう”より“信頼してもらう”ほうが難しい。

違いを一言で表すなら、
信用は自分の弱さや大切なものを差し出す覚悟が“ない”。
信頼は自分の弱さや大切なものを差し出す覚悟が“ある”。
では、なぜリスクが高まる上にそれ相応のリターンもないのにも関わらず、“信頼”する(自分の弱さや大切なものを差し出す)のか。
それは“心の拠り所”になるから。
その人とつながっている時間は、自然体のありのままの自分でいられる。自分らしくいられる。
よくある間違いは信頼=期待。
期待とは“ポジティブな想定”のこと。
相手の行動が自分の想定を下回ったとき、「信じてたのに裏切られた」と感じてしまうかもしれないが、それはもしかしたら心のどこかに「ポジティブなことがあって当たり前」という意識があるのかもしれない。
期待の裏切り
⇒人に対して抱いた幻想を壊されること
信頼の裏切り
⇒人の弱みや大切なものを濫用・悪用すること
“期待の裏切り”と“信頼の裏切り”は似ているが、混同してはいけない。
問題である箇所が、前者の場合は“期待する”こと(一方的にポジティブなイメージを抱くこと)であり、後者の場合は“裏切る”ことであるから。
“信頼してもらう”ためにすべきは“言行一致”。
“言行一致”とは、口で言うことと行動することに矛盾がないこと。
ただ、その通りにできないこともある。
長期的な関係になればなるほど、やるべきことをやれなかったり、やるべきではないことをやってしまったり、という可能性がどうしても高くなる。
過去は変えられない。
自分の大切な人の過ちに対して、自分がどう向き合うのかが大事。
信頼関係を築いていくためには、“ゆるす”という行為ができるかどうか。
これが鍵になる。
“ゆるす”には二種類ある。
許す⇒現在や未来の制限や制約を外すこと。
赦す⇒過去の過ちや未熟さを咎めないこと。
どちらも大切なこと。より大切なのは後者。
想定外の好ましくないことは赦す。
想定内の好ましくないことは受け入れる。
想定外の好ましいことは深謝する。
想定内の好ましいことは感謝する。
好ましくないことがゼロだと思ってはいけないし、好ましいことが当たり前だと思ってはいけない。
つまり、信頼関係は“約束”によって生まれる。
“約束すること”と“守ること”を繰り返していく。
自分が「この行動をする」と相手と約束したとき、
自分が守れた場合
⇒相手が気を許し、相手の心の壁が一枚外れる
自分が守れなかった場合
⇒相手が非を赦し、自分の心の壁が一枚外れる
“許す”と“赦す”が信頼関係を築いていく。

信頼してこそ人は尽くしてくれるものだ。
― 武田信玄
