#626 ルーティン崩れによる生活習慣のドミノ倒し
今月は、今年で一番良くない流れにあります。
単発では、3人の子どもを連れてのキャンプ初チャレンジなど、楽しい家族イベントなども挟めていますが、平均値として良くありません。
人生、いいことと悪いことの中央値でしかないので、良くない時期があること自体はそんなもんだと思っています。やがてまた好転してくるはずだから、粛々と過ごしていけばよい。
良くないと感じているきっかけは、明らかに今月中旬に起こった仕事でのトラブル対応なのですが、より直接的に感じているのはトラブルそのものではなく、それによって自分の時間の使い方が変わっている点にあります。また、トラブルは色々と生活が崩れ始めたきっかけではあるのだけれど、それまでのストレスの蓄積があることが前提になっています。
生活の流れが良くないときに無理やり足掻いても、さらに状況を悪化させるだけ。こんなときは、自分がストレスを感じるポイントの言語化でもしてみようと思います。
習慣が崩れると日常が混乱する
最近崩れてしまって、なかなか上手く元に戻せていない習慣が3つあります。
1. ランニング
まず、ランニングです。私は約5年間、週に2回程度は5〜6kmのランニングの習慣がありました。
最初は1 km走っただけで膝が痛くなり、ペースも非常にゆっくりしか走れませんでしたが、今年に入ってからは普通に走っている自転車であれば追い越せるペースで走れていました。
走っている間はもちろん苦しくて、「こんなこと、もう2度としない!」と思いながら走っているのですが、終わったあとの頭がすっきりした感じが何とも言えない気持ちよさで、立派な趣味の1つになっていました。
また、子どもがいて、日中は仕事の打合せなどでバタバタしていると、なかなか落ち着いてインプットができないものです。しかし、ランニング中に音声配信を聞いたり音楽を聞いたりして、走りながらゆっくり考え事ができます。
走りながらインプットして、走ったあとにはある程度何らかのテーマに関する意見がまとまっている、みたいなことも少なくありませんでした。
その習慣が崩れ始めたのが今年の3月頃。第三子誕生あたりで当時3歳と1歳の2人の子どもたちとの3人生活が2週間ほど続く中で、2人を同時に抱っこしたりしていたらヘルニアになったのがきっかけです。
さすがに腰も痛くて、足も神経痛を起こして痺れたりしていたので元気にランニング!というわけにはいかず、ランニングの習慣が途絶えてしまいました。
6月頃にはだいぶ治ってきたものの、育休明けの仕事のバタバタと外が暑すぎて走れないということで、なかなか再開出来ずにいます。しばらく暑い日が続きそうなので、家の中で10分程度の簡単な筋トレに切り替えるなど、立て直しが必要な習慣です。
2. 早寝早起き
これは今月に入って仕事がバタバタしていることに関係しているのですが、緊急の仕事が多すぎてなかなか定時内に仕事を終えることが出来ていません。
何ならトラブル発生から1週間強は、土日も休みなく、終電やタクシー帰り、朝帰りの日もあったりで、「早寝早起き」どころではありませんでした。
一時的なもの・仕方ないとは言え、何かトラブルが発生するたびにこのような生活習慣に一気に切り替わってしまうことを1つのリスクと感じるようになってきました。
20代、30代前半くらいまでは、そのような危機的状況を一つ一つ乗り越えながら学んできたのですが、あと数年で40代に入っていく中で、「本当にこれを続けたいのか?」を自分に問う機会が増えています。
また、1点目のランニングが出来ていないことも関連して、早い時間に眠たくなりにくくなっていることも挙げられます。寝る直前まで仕事をしていると脳が活性状態にあるので、布団に入って1分以内には寝ている、という得意技を発揮出来なくなってきました。
早起きができる日・できない日があるので、文章での発信時間もまちまちになります。朝の時間にゆっくり考え事をしたり、朝日の中でランニングしたりしてから過ごす1日は最高に充実していますが、それがないので何となく1日をバタバタと過ごしてしまう。生活のリズムが一定でないので、「この期間でこれをやった!」という達成感を得られにくくなっています。
3. 読書
私は本を読むのが好きなので、落ち着いて読書の時間が取れないのとストレスポイントです。
4〜5月で集中的に通っていたアメリカの大学院の授業では、週に3本程度の4ページ程度のエッセイを英語で書くものでした。それは大変ではありましたが、新しいことが知れるという喜びのほうが大きく、毎日充実していました。
読書は、時間を忘れて没頭できる楽しさだけでなく、新しい知識を仕入れて自身の体験や考えとくっつけて加工する点が面白いですが、「起きてる時間ほぼ仕事」状態でなかなかそんな時間も取れない。本当、一番貴重なリソースは時間です。
ルーティンは生活の背骨
このように、ストレスを強く感じるようになった直接的なきっかけは、今月からの仕事でのトラブル対応になりますが、実はその前から発生していた小さな生活習慣の崩れから、ドミノ倒しのごとく色々と崩れ始めているのです。
このように考えると、ルーティンの力は本当に偉大で、小さなことでも続けることで、それを土台にして色々と新しいことが考えられますね。
本当は、起業した会社の事業にももっと力を入れてやりたいことがたくさんあります。そのあたりが出来なくなっているのも、全ての根本原因は「優先順位付けのエラーが引き起こす時間の枯渇」にあると見ています。
しかし、拙速に何らかの対処を打たなくてもよいかなとも思っています。繰り返しになりますが、「人生の幸福度は、いいときと悪いときの中央値でしかない」のです。
幸いにも、2025年の上半期は、3人目の子どもも無事に生まれて、新しいことにも色々とチャレンジできて、かなり充実した時間を送れてきました。
どうしても、直近の時間の使い方で良くないと感じることが続くと「あぁ、なんて自分は不幸なんだ・・!」と考えてしまいがちですが、すべてはロングランで考える。ルーティンが崩れても、全体感を保つ心の余裕さえ失わないことが大事ですね。
日々試されるネガティブ・ケイパビリティ。
なかなか上手くいかないことを、どう足掻いてもすぐに解決できる類の話ではないと割り切るのも、立派な心のレジリエンスです。
流れが良すぎるのもそれはそれで足を救われそうで怖いこと。流れが良い時には、なかなかリアリティもって自分のストレスポイントを振り返ることもできませんから、自己理解のための貴重な時間だと捉えて、ゆっくり立て直していきたいと思います!
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