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茨城百景 龍ケ崎観音

茨城百景については→『茨城百景とは結局何なのか?

早速一覧表を拝見と

茨城百景一覧表(1950年版)の一部抜粋
茨城百景一覧表(1966年版)の一部抜粋

下調べ編

この景の名称にもなっている観音様ですがその歴史・文脈は資料『茨城百景巡歴』で著者の室伏センセが非常に分かりやすく簡潔に解説しているので今回はそれを貼って手間を省きます。

茨城百景巡歴 著:室伏勇 (1980) より

空海ゆかりのモノが登場。ただしここは天台宗のお寺です。
この観音像は包含風景その①である龍泉寺に安置されていて百景の石碑もこちらにあるようです。

龍ケ崎観音の参考画像
(引用元:龍ヶ崎観音/龍泉寺公式サイト – いばらき 安産・子授けの観音さま)

ちなみに1956年の資料『茨城百景めぐり』においても著者の鈴木センセが参拝者で賑わっていると書いているので本当に古くから人気の観音様なようです。

茨城百景めぐり 著:鈴木彰 (1956) より

じゃあ少子化の現代は?と思ったら茨城新聞の記事によるとどーやら現代では御朱印集めブームによる人気が来ているようです。
あとこの記事によると観音様は『厨子に納められ、公開されることのない絶対秘仏として祭られている』と書かれていますが・・・まぁ寺が観音像の写真公開してるから見れる事には見れるので消失している景よりはマシか(感覚がマヒして来た)

②龍ヶ峰
茨城県立竜ヶ崎第二高等学校が所在する高台の東端断崖がソレらしいです。詳しい能書きは↑に貼った茨城百景めぐりに書かれているので省略します。
問題は東の断崖は高校の敷地内にある事ですね~ってアレェ?昔の航空写真を見ると地形が違うぞ!?

1949年(国土地理院の空中写真)
現在

住宅地を作るために丘陵の中央部分を削ったようです。
龍ヶ峰は学校が所在する高台ではなくその東側にある小山に残されていた!この小山には御嶽神社という神社があり、これがあったからこそ峰の部分は残ったんでしょう。下手したら消失シリーズ入りしてましたねコレ。

そしてこの龍ヶ峰の東は鹿島神宮のあたりまで田園地帯の低地がずーと続く地形。今は峰の東側に住宅地がありますがこれは70年代頃に出来た物らしいのでそれまでは龍ヶ峰から鹿島の方までひたすらに田園地帯が広がるという景色だった筈。というか地理的にはここから目と鼻の先に新利根の釣場郡が広がってるわけですね。

③古城址
前途の高校が所在する高台にかつて存在した龍ヶ崎城(別名:龍ヶ峰城)址の事。前途の龍ヶ崎観音の歴史にも登場しましたね。
範囲はこの高台全域で前途の通り中央部分は開発で削られてしまい残っている部分は高校の敷地と御嶽神社の小山。隣接する龍ケ崎市立龍ケ崎小学校の敷地はかつて陣屋だったみたいです。

選定当時の航空写真を見るとこの高校は当時も存在していたようですがマニアの人のサイトによると、

龍ヶ崎第二高等学校へ登る階段の下には龍ヶ崎市の歴史を刻んだ石碑があり、龍ヶ崎城のことが詳しく刻まれている。昭和30年代までは城跡らしい雰囲気と遺構を残していたようだが、学校建設と周辺の開発によってほとんど消滅してしまった。市内で最大の規模を誇っていた城なのに惜しまれることと思う。
 
東の御嶽神社が望楼として使用されたと思われ、西は遺構は龍ヶ崎第二高等学校と鹿島神社のある台地までがその城域となるが、主郭と考えられる台地中央部は宅地開発で完全に消滅した。龍ヶ崎第二高等学校の校地となった二の郭の遺構も失われたとされていたが、高校敷地の裏に残る土塁を友人が発見して案内してくれた。高校グラウンドの脇にも土塁と空堀があるように見えるが、これはグラウンド整備時にできたもので城の遺構ではないらしい。

城郭図鑑/龍ヶ崎城

つまり今と違って選定当時は城跡らしい雰囲気と遺構が残っている状態だったらしい。

また龍ヶ峰が絶好の見晴台だった理由もそこは元々望楼(物見やぐら)があった場所だからという事。

引用元:otakeya.in.coocan.jp/info02/ryuugasakizu.htm
明治頃の古地図

そしてこの城跡マニアの人が言う通り高台の西側あたりには実は少し跡が残っているらしい。Googleマップをジロジロ見てみると高台の上にある校門の脇に高台の西側にアクセスする道がある。このマニアの人が友人と行ったという場所はここだろう。

現地編

①龍泉寺

石碑発見!百景の石碑は入って左手にあります。

事前情報だと観音様は非公開という事になってましたが厨子が開いていて下調べ編に貼った写真のような状態になっていたのでフツーに見れました。

②龍ヶ峰

入口は何の変哲もない感じですが登っていくと・・・

あっ・・・これっ・・・廃墟だ・・・!
入口では気づきませんでしたが上の方に登って行くとどんどんボロボロになっていきます。恐らく全く管理されていません。

荒れ放題です。管理されなくなった系の神社はこれまで何ヶ所かありましたがここまでの状態は初めてです。
そんで例の東側の断崖は・・・

まぁ管理されていないので当然こうだとは思いましたが藪に覆われています。かつて見晴スポットだったであろう名残としてベンチがあります。
境内をウロウロすると北東側と南西側は茂みが少なくて若干見晴らせました。

北東側
南西側

ここ絶対夏に来るのは止めたほうがいいですね。虫が凄そうなので・・・

③古城址
まず麓の陣屋跡から。

小学校の門柱がオシャレだなー。ここからトコトコ歩きます。

龍ヶ峰表記の能書き。上に登って行きます。

左が高台の西側にアクセスする道です。こちらにも神社が鎮座しています。

ほうほう(適当)

神社の左奥に道が続いています。城マニアの人が訪れたのはここだ。

土塁跡①
土塁跡②

土塁跡のあたりは断崖で柵も無く地面も柔らかいので結構危ないです。そして人が手を入れて通行できるようにしている跡がある。更に奥に進んでいくと謎の廃車が

ちなみにここから先に進むと高校の敷地の裏側に出てしまってビックリ。こっち側は柵無いのかよw 祝日に行ってたからいいものの平日に行ってたら『キモオタク風の男性(無職)が高校侵入で逮捕』でニュースになって説教欲を満たしたくてたまらない中年にヤフコメで叩かれるところでした。

茨城百景 龍ケ崎観音 ~完~

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