銀河フェニックス物語 父の出張 最終話【創作大賞2025】
* *
ったくあいつ、よく粘りやがる。
アンドレって奴、誰かに似てると思ったがようやくわかった。エースだ。俺とは大違いの真面目な優等生。ティリーさん好みのどストライク。勝負を決して捨てねぇタフさ。こっちの隙を虎視眈々と狙うしたたかさ。

ますます気にくわねぇ。
鈍感なティリーさんは気づいてねぇようだが、目の前のあいつが今もティリーに恋愛感情を持ってるのは誰が見ても明らかじゃんかよ。
この勝負、絶対あの元カレにゃ負けたくねぇ。だが、あいつは俺の速度に対応してきた。こちとらこれ以上のスピードは出せねぇ、っつうか落とさねぇようにするので精一杯だ。
ティリーさんは限界だ。ちっ、このままじゃ勝てねぇ。
* *
コートの脇のギャラリーは静まり返っていた。ボールを打ち合う弾けた音だけが響いている。
大会でも何でもない。ただの試合形式の練習。
なのに、隣のコートのプレイヤーも皆プレーを止めて熱戦に見入っていた。
ここを練習場としているアンドレの上手さには定評がある。ハイスクールの選手権大会で六位入賞という本格派の実力だ。

そのアンドレを相手の男性が圧倒的な速さで苦しめていた。まるで初心者のようなフォームから繰り出される球の威力に目を見張る。そして、よく走る。混合ダブルスの試合であることを忘れてしまいそうだ。バテ気味の女性ペアの範囲まで縦横無尽に飛び回る。
変化球を織り交ぜて丁寧に打ち分けるアンドレを、スピードのある球で攻め立てる。殺気のような緊張感。
ベンチに座っているティリーの母親がつぶやいた。
「どちらにも勝たせてあげたいわ」
* *
ハードコートから立ち上がる熱が足に絡みつく。ティリーはあせりを感じた。ビハインドの状態が続いている。
レイターの息が荒い。わたしが走らせているからだ。どれだけの運動量なのだろう。
少しでも球が甘いと、リオはすかさずわたしを狙ってくる。わたしのエラーをレイターは曲芸師のように拾う。
でも、いくら彼の足が速いと言っても限界がある。
久しぶりのテニス。
お遊びだと思ってレイターを誘って、最初は楽しんでいたけれど、こんな真剣な状況は想定していなかった。
レイターのリターンで追いつく。
デュースが続く。
レイターは勝負にこだわっている。『銀河一の操縦士』は負けず嫌いだ。そのメンタルで、レースやバトルで勝ち続けてきた。わたしは足手まといにしかなっていない。
アンドレは昔と変わらずミスが少ない。ストレートで返してくる。
わたしのカバーに入っていたレイターは追いつけない。
「くっそー!」
いらだった声がコートに響いた。
レイターの様子がおかしい。テロだろうとハイジャックだろうと命がかかった場面でも、基本的にへらへらしている人なのだ。こんなに余裕がない姿を見るのは初めだ。
滝のような汗。顔色も悪い気がする。テニスは嫌いだと言っていたことを思い出す。
「レイター、大丈夫?」
普段なら「平気平気」と強がりが返ってくるところで、レイターは敵のコートをにらみつけた。
「しょうがねぇな。やりたかねぇが……」

一体何をする気。まさか、リオを狙うつもりじゃ。わたしはレイターに駆け寄った。
「わたしにアンドレの球が当たったのは、わたしが下手だったからよ」
「わあってるよ」
「じゃあ、リオを狙うのは止めて」
レイターがフッと笑った。
「あんた、俺が女性にそんなことすると思うか?」
「思わない」
「さすが、俺の彼女。よくわかってる」
そう言ってわたしの頭に軽く手を置いた。レイターはわたしだけでなく銀河中の女性に優しい。彼女としては複雑なやりとり。
スパンッ。パンッ。パン。
レイターとアンドレのラリーが続く。リオもわたしも入るタイミングがつかめない。
「どおりゃぁ!」
レイターがバックでストレートに打ち返す。アンドレが追いつく。えっ、バウンドした球が滑るように低い。アンドレが空振った。
「バ、バックスライスか」
思わず振り向いた。
「レイター、あなた変化球打てるの?」

「あん? 打てねぇって誰が言った?」
「だって、今まで打たなかったじゃない」
「嫌ぇなんだよ。けど、あのアンドレの野郎、思った以上に手ごわい。直球一本じゃきかねぇみたいだからな」
レイターはよくわからないフォームから、トップスピンだろうとフラットショットだろうと自在にかけていた。絶対にテニスの経験者だ。

こうなるともう手が付けられない。
そもそも打ち方がめちゃくちゃで予測が立てられない。突然の変化球にアンドレとリオは慣れる暇がなかった。わたしは、レシーブにだけ対応しているうちに、試合が終了した。
テニス部元キャプテンのペアに勝ってしまった。
* *
「はあ、緊張しましたね。それにしても、レイター君、すごいわ」
ティリーの母は拍手をしながら父親に声をかけた。
「ちょっと運動ができるからどうだと言うんだ。ティリーもアンドレ君と会って少し頭を冷やすんじゃないか?」

「どうでしょう?」
「あんな柄の悪い奴より、アンドレ君のが落ち着いていてよっぽどいいじゃないか。あいつは口のきき方からしてなっとらん」
「わたしにはちゃんと話してますよ」
「とにかく、ティリーに対する態度もよくない。彼女を大切に、もっと優しくするべきだろが」
「そうですか? レイター君はよくティリーのこと見てると思いますけど。それに面白い」
「面白い? 母さんは無責任だなあ」
「ティリーは外の世界でいろいろ経験して、随分成長したと思いません?」
「そうだな」
「レイター君がちゃんと見守ってくれているからですよ」
「……」
* *
制汗剤の香りがひしめく女子更衣室で友人たちに囲まれた。
「ティリーの彼氏、ってすごいね」
「レイターさん、かっこよかったわ」
彼氏だったアンドレがほめられるのには慣れている。学生時代には「いい彼氏でしょ」とおどけてのろけたものだ。けど、レイターの場合、素直に反応できない。
「そ、そうかな」
「彼は一体どこで、テニスやっていたの?」
リオが聞いてきた。
「さあ?」
「つきあってるのに知らないんだ。彼の運動神経、並じゃないよ。『銀河一の操縦士』って一体何者なの?」
知りたがりのリオの追求。連邦軍の特命諜報部員だなんて口が裂けても言えない。
「副業でボディガードをやってるから、身体は鍛えてるのよ」
「どう見ても普通じゃないよね」
そこは同意する。
「うん、普通、じゃないと思う。でも、どんどんわたしの中ではあれが普通になってきてるの」
「ふぅ~ん。その適応力、というか鈍感力がティリーらしいな」
「鈍感? わたしが?」
「気づいてないでしょ」
リオが意味ありげに笑った。
「どういう意味?」
「次、私にシングルの試合で勝ったら教えてあげる」
「えー、それじゃ、一生聞けないじゃないの」
昔からリオは耳年増でみんなの恋愛相談にのっていた。観察眼が鋭くアドバイスが的確。そんな彼女に卒業の日に言われたことを思い出した。「ティリーとアンドレのカップルだけは、くっついたのも別れたのも、想定外だったよ」と。
* *
クラブハウス脇の水飲み場でレイターは頭から水を浴びていた。
視線を感じて振り返ると、後ろにアンドレが立っていた。
「何でい。不満げな顔だな。試合に文句でもあんのか?」
「いえ、僕の力不足を認めます。ただ、聞いておきたい。あなたは、ティリーを幸せにできますか?」

「あん?」
「彼女を泣かせたら、僕、彼女を迎えに行きますから」
「は? 何言ってんの?」
「別れた僕が言うのも変だけれど、あなたより僕の方が彼女を幸せにできる。あなたからは危険な香りがする」
レイターはくんくんとシャツのにおいを嗅ぐふりをしながら、アンドレをにらみつけた。
こいつは人を殺したことなんてねぇんだよな。俺だって好きでやってんじゃねぇんだよ、あんたらの普通の生活のためだっつうの。
「ったく、何も匂わねぇよ。あんた、お外の空気を吸ったことがねぇんじゃねぇの。空気清浄機がきいた子ども部屋は居心地がよろしいようで」

口の端で笑って挑発する俺を、あいつはぐっと唇を結んでにらみ返してきた。
「僕は本気ですから」
それだけ告げるとくるりと背を向けて歩き出した。アンガーマネジメントもできる欠点のない元生徒会長さんか。
俺は、ティリーさんのように鈍くねぇ。わかってるよ、わざわざ念を押さなくても。あんたがいい加減な気持ちじゃねぇことなんて。
* *
リオに聞かれる前に聞いておけばよかった、と思いながらティリーはレイターの顔を見上げた。
「ねぇ、レイターはどこでテニスやってたの?」
「うーん、やってたっつうか」
歯切れが悪い。
「あんな変化球、絶対初心者じゃ打てないわよ。経験者なんでしょ」

「セデス王子って知ってるだろ?」
「知ってるわよ『暴れん坊王子』でしょ。王族のプロテニスプレイヤーって有名だもの」
そこまで言って気が付いた。
「警護したことがあるの?」
レイターが肩をすくめて笑った。
「ご名答。あいつ、自主練とか言って、俺ら警護官に球をぶつけて喜ぶわ、変化球が打てなけりゃ首とか言い出すわ、で、みんな嫌がってたんだ」
セデス王子のテニスは随分と荒っぽい。言われてみるとレイターのフォームはどことなくセデス王子と似ている。
「我流で覚えたってわけね」
「テニスなんて二度とやるもんか、と思ってた」
「それで嫌いなんだ」
ママがレイターに声をかけた。
「王子様の警護もするなんて、レイター君はすごいわね」

「だから、レイターは皇宮警備にいたんだってば」
と口にしてから、後悔した。パパの前で軍に関わる話題は避けるべきだった。
パパが不機嫌そうな顔でわたしを見た。
「ティリー、お前は騙されているんだ」
「だまされてる?」
「調べてみたら、皇宮警備官というのはハイスクール中退では務まらんのだ。大卒の学力が必要なんだぞ」
パパったら、昨日の話を聞いて皇宮警備について調べたんだ。
「俺は、皇宮警備官じゃねぇよ。皇宮警備予備官だ」
「なんだ、予備官なのか」
パパが鼻で笑った。その態度がわたしの心に火をつけた。
「パパ、予備官だって、試験は同じレベルなのよ! 調べるならちゃんと調べてよ。レイターはその試験に十四歳といいう最年少で合格したし、ハイスクール中退って言ってもセントクーリエにも入学したんだから」

「セントクーリエ?」
パパが固まった。優越感で心がくすぐられる。超難関校のセントクーリエは入学するだけでニュースになる。レイターがセントクーリエの出身と聞いた時にはわたしも驚いた。
後ろからレイターのめんどくさそうな声が聞こえた。
「ったく、別にどうだっていいだろが、そんなこと」
「そうね、どうだっていいことだわ」
ママがにっこりと微笑んだ。レイターの学歴でパパに張り合おうとした自分が気恥ずかしくなった。
思い出したようにレイターが胸ポケットから何かを取り出し、ママに渡した。
「あの。これ、ありがとうございました。濡れててすみません」
「あら、洗わなくてもよかったのに」
白いハンカチ。レイターが手を怪我した時にママが渡したものだ。
「レイター君。わたしのことお母さんと呼んでくれていいのよ」
「は? お、おかあさん?」
間の抜けた声。レイターが顔を赤くして目をぱちくりさせている。

「ママったら、突然何を言い出すのよ」
結婚前提でつきあってるわけでもないのだから。
「あら、アンドレ君だって、わたしのことお母さんって呼んでたじゃない」
「それは、そうだけど……」
「絶対に許さん」
パパが口を挟む。
「わしのことをお父さんとは、絶対呼ばせんぞ」
「呼ばねぇよ。こっちから願い下げだぜ」
まずい、売り言葉に買い言葉。二人をつなぐ縁という紐は今にもちぎれそうだ。何のために遠く故郷まで帰ってきたのか。
打つ手が思いつかないわたしに代わって、ママが優しくレイターに声をかけた。
「きょうはいろいろあったけれど、楽しかったわ。また、遊びにいらっしゃいね」
そこへ、パパの怒鳴り声が突き刺さった。
「二度と来るな!」
「ああ、金輪際来ねぇよ。とっとと帰るぜ」
レイターはわたしの手をぐいっとつかんでパパに背を向けた。
*
帰途に就いたフェニックス号の窓から緑色に輝くアンタレスBを見つめる。パパとレイターの関係を良好にする、というわたしの願いを神様は叶えてくれなかった。都合のいい時だけの神頼みじゃダメということなのだろう。
「アーサーん家に寄ってから帰るけどいいか?」
「月の御屋敷?」
「ああ、みやげを届けに行きてぇんだ」
将軍家のアーサーさんにアンタレス名物の太陽飴を買ったことを思い出した。
居間のソファーの上でレイターが右足の靴下を脱いだ。びっくりした。足の甲が真っ赤に腫れている。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと骨にヒビが入った」
こともなげに言いながら、レイターは足にテーピングテープを巻き始めた。
「骨にヒビって、大丈夫なの? いつやったのよ? もしやアンドレとテニスで対戦した時?」
レイターがむっとした。
「あんたと一緒にすんな。あんなへなちょこテニスでケガなんかするかよ」

テニスじゃなくてレイターがケガをした。とすると……思い当たるのはその前の騒ぎだ。
「暴走タクシー?」
「ああ」
あの時だ。パパをかばってレイターがエアタクシーを蹴り上げた時。無茶なことをする、と思ったのだけれど、あの後、バタバタして忘れていた。
この人、骨にひびが入っているのに、わたしにつきあってテニスの試合をやったということ?
むっとしてきた。
「どうして、平気なふりしてたのよ」
「あん? ふりじゃねぇよ。べつに平気さ。骨なんか固定しときゃ自然にくっつく。タクシー会社に治療費も請求できる。ノープロブレムだ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
わたしがソファーを叩くと、レイターは顔をしかめた。振動が伝わるだけで痛むようだ。
なのに、そんなそぶりを少しも見せなかった。わたしたち家族に心配かけたくなかったからだ。
アンドレと対戦したテニスの後半、レイターに余裕がなかった訳もわかった。本当に体調が悪かったんだ。使いたくないと思っていた変化球を使ったのは、足が思うように動かなかったからだ。
彼女であるわたしにはちゃんと言ってくれればいいのに、この人はいつもこうだ。
知っていたら、テニスなんてやらなかったのに。腹が立ってきた。自分の鈍感さが嫌になる。
「何、怒ってんだよ」
「怒りたくもなるわよ。あなたのこと心配して……」

「へえ、昔の男に優しくされて、うれしそうにしてたくせに」
「何ですって! あなたなんか、ほかの女性にボールが当たったら、すっ飛んで介抱しに行くじゃない」
「あんたはほかの女とは違う」
「何なのよその理屈!」
興奮してソファーに座ったらレイターの足先に触れてしまった。
「いっでぇ~!」
「ご、ごめん」
何となく喧嘩の空気が途切れた。と、レイターが突然わたしの目を見つめた。青い瞳が近い。
「ティリーさん、あんた幸せか?」
「え?」
質問が突飛過ぎる。レイターの真意がわからず、頭も口も固まった。
「……」
「何でもねぇ」
レイターは下を向いてまたテープを巻き始めた。
頭を冷やそう。わたしは部屋へ戻った。
離れてから気がついた。
『あんた幸せか?』って言うのは『俺と付き合って幸せか?』と聞きたかったんじゃないだろうか。元カレのアンドレと会ったせいでレイターが珍しく神経質になっている。
『もちろんよ』って素直に答えてあげれば良かった。リオの言う通りだ。わたしには鈍感なところがある。
**
月の御屋敷でアーサーさんが待っていた。
「ほれ、みやげだ」
レイターが無造作に紙袋を投げつけた。公園の屋台で買った太陽飴だ。アーサーさんがその中の一つをとりあげて光にかざした。紫のラインが入ったグレープ味。
「これだな」

アーサーさんが太陽飴を紫のラインに沿って捻ると、飴がカパッと半分に割れたというか開いた。おもわず目を見張る。中は空洞になっていて小さなデータ用のチップが入っていた。
「そ、それは?」
驚くわたしにアーサーさんは静かに顔を向けた。
「アンタレスの新技術が敵の同盟側に流出して、新型大量破壊兵器の開発に利用されそうだったんです」
「えっ?!」
二つの意味で驚いた。アーサーさんが軍の機密をわたしに伝えたことと、その内容に。
「セントラルパークの屋台を利用した流出ルートを秘書官のカルロスが掴んだので、レイターにデータチップを取り返しに行ってもらいました」

これがレイターの特命諜報部の任務。
聞きたくない、認めたくない話だった。平和で安全なわたしの故郷アンタレスが、戦争で人を殺すことに加担しようとしていた。
パパとレイターの夕食の会話を思い出した。戦争の影響が銀河中に広がっているという話。レイターは知っていたのだ。アンタレスの技術が大量兵器に転用されかかっていることを。
「ったく、飴買って来るだけの子供の使いだ、っつうから引き受けたのに。ティリーさんの家族まで危険な目に遭っちまったじゃねぇか。一発殴らせろ!」

レイターが立ち上がろうとした、その時、
「そう怒るな」
アーサーさんがレイターの足を軽く蹴った。
「い、痛ってぇ~!!」
あわててレイターが足を押さえた。骨にひびが入っているほうの足だ。アーサーさんは穏やかな顔をしながら容赦がない。
「ティリーさんすみませんでした。ご家族とともに危険な目に遭わせてしまって。銃の使えないアンタレスですから、そこまで危ない任務にならないはずだったのですが……」
アーサーさんが頭を下げた。
わたしたち家族が危険な目に遭った。と言うことは、あの暴走タクシーの件とレイターの任務に関係があったということだ。
「銃がありゃ、こんなケガしなかったぞ。暴走タクシーの動力炉ぶち抜いて止められた」
「どういうことなの?」

アーサーさんが答えた。
「データチップが連邦に取り返されたことを知って、敵側はそのチップごとレイターをタクシーで轢き殺そうとしたんです」
血の気が引いていく。
「銃が使えねぇから敵さんもいろいろと考えてんだよ。ったく暴走車ってのは一般人に被害が及ぶから、たちが悪いぜ。あのエアタクシーは俺と接触しねぇと止まんねぇと思ったから蹴り上げたんだ」
「そ、そうだったの」
それで、足を怪我したんだ。今更だけれど、じっとりと嫌な汗をかく。単なる事故じゃ無かったとは。
「アーサー、よく聞けよ。暴走タクシーん中は大変だったんだからな。運転制御がきかねぇ中で、中央コントロールを混乱させてる沿革操作の逆探知をかけて、データをぶっこんだんだ」
上空で不安定に揺れるエアタクシーの中でそんなことをしていたんだ。
「あれは、銀河一の操縦士の俺じゃなけりゃ絶対できねぇぜ」
「お前の逆探知のおかげで潜伏中のアリオロンの工作員を捕まえられた。感謝する」

「誠意は言葉じゃなくて、現物で示せっつうの。手当には技術料と治療費と慰謝料を上乗せしろよ」
その時わたしは気が付いた。
「アーサーさん、治療費はいりませんからね。この人、タクシー会社に請求してるので二重取りになります」
「ティリーさんっ!」
命の恩人だけれど、それとこれは話が別だ。
*
帰りのフェニックス号の中で、レイターがため息混じりにつぶやいた。
「やっぱ、危険な香りがしたのかも知れねぇな」
「どうしたの? 何だか変よ」
「何でもねぇよ!」
レイターの声が荒れている。絶対に変。
「何でもないことないでしょうが!」
わたしもつられて声が大きくなった。どうしてこう喧嘩腰になっちゃうんだろう。
「じゃあ聞くが、あんた、アンドレと何で別れたんだ?」
「は?」
思いもしない質問にわたしは答えに窮した。どうして別れたと聞かれても、遠距離以外の理由はないのだ。
「別に、嫌いで別れたというわけじゃないんだけれど……」
困った。嫌いどころか友情的な感覚は今もある。
「もういい」
珍しい。レイターが拗ねている。愉快でうれしい気持ちが湧きあがってきた。
「あなた、妬いてるんだ」
「ば~か。あんな坊ちゃんに誰が妬くか」
と、わたしの頭を軽く小突いた。

「俺と付き合ってると危険な目に遭うかも知れねぇ、なんて言ったら、親父さんは絶対に許さねぇだろうな」
「そうね」
わたしは同意してからちょっとドキっとした。
レイターはパパが何を『絶対に許さない』と言ったのだろう。付き合ってること、それとも……結婚。
聞いてみたい。けれど口にすることはできなかった。
南の方角に、故郷のアンタレスAが輝いている。いつもと変わらぬ赤い光。その隣には緑のアンタレスBがあるはずだ。神頼みでどうにかなるものではないとわかっているけれど願わずにはいられない。
どうかこの恋が穏やかに続きますように。
おしまい
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レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」