『アウト・オブ・ブルー』ジャケ裏解説
◆『アウト・オブ・ブルー』(1980/加/Out of the Blue) 〈劇場未公開〉
主人公はいわゆる「不良少女(非行少女)」。映画サイトで〈不良少女〉で検索した結果で最古なのが戦後の1949年(昭和24年)の日本映画『不良少女』、タイトルだけは知っていたのがベルイマン監督の『不良少女モニカ』(53)。
_あの不朽の名作『イージー・ライダー』を世に送ったデニス・ホッパーが、再び10年後に放つ衝撃の問題作。今、アメリカに何が起こっているのか!
_15歳の少女シンディ(※リンダ・マンツ)。“シービー”・バーンズは、エルヴィス・プレスリーに心酔し、セックス・ピストルズに憧れるパンク世代の若者だ。トラック運転手の父(※デニス・ホッパー)は、彼女が同乗している際にスクール・バスと大事故を起こし服役中。意志が弱く麻薬に溺れ、男関係にルーズな母と暮らす彼女は、周囲に絶望し家出をするものの失敗する。ようやく帰って来た父と、親子三人で新しい暮らしを始めようとするが、そこに過去の悪夢が甦ってくるのだった。やがて彼女は、憧れのアーティストの影を背負い、壮絶な決着をつける!
_ニール・ヤングの「ヘイ・ヘイ・マイ・マイ(アウト・オブ・ザ・ブルー)」にのせて送る、70年代末のアメリカの鮮烈な青春像!
原田洋一
「不良少年もの」の映画は多いが「不良少女もの」は少ないのではないか。これは少年の方が行動力(悪い意味でも)があり暴力的だからか。「売春」を犯罪ものに含めれば「不良少女もの」にはなるけど、映画にはなりにくい?テレサ・ラッセルが「三十路の街娼」を演じたケン・ラッセル監督の『ボンデージ』(91)は、シリアスな面をブラックユーモア(男の痴態)で包んで描く。
〈不良少女〉でも〈売春婦〉でもないが、その両方に近い存在の女性教師を描いたシリアスな映画『ミスター・グッドバーを探して』(77/米)もある。
「不良少女もの」の映画で世代的に思い浮かぶのは、『クリスチーネ・F』(81/西独)と『積木くずし』(83/日)ぐらい。興味はあるがどちらも未見。
「女囚もの」というジャンルの映画も存在しますが、これも不良少女かな。
『エクソシスト』(73/米)で悪魔に取り憑かれた少女は「THE不良少女」。
〈不良少女〉に近い意味の言葉は、ほぼ死語だが「スケバン(女の番長)」や「ズベ公」「やさぐれ」などかな。日常生活で使うことは、まず無い言葉。
学生運動が盛んだった1960年代後半以降に「スケバン(女番長)もの」「女ヤクザもの」の映画が多く作られたのか。映画史の知識が皆無でわからない。
漫画の女番長は、山松ゆうきち『2年D組』ものに出てくる女番長が好き。
パンク関連の映画で過去にビデオで観たのは『ルード・ボーイ』(80/英)、『ザ・デクライン』(81/米)、『シド・アンド・ナンシー』(86/英)だが、どれも内容を憶えていない。『さらば青春の光』(79/英)は「モッズ」か。
★ VHSの「ジャケット写真の裏側」に記載されている映画の解説
VHSビデオの『アウト・オブ・ブルー』は、1986年に発売されたようです。
1980年代のVHSのジャケット写真には〈このジャケットの裏面に詳しい解説があります〉と書かれてあるものがあり、キングレコードのビデオに多い?
新品を買うか、レンタル落ちを買わないと、このネタバレ解説は読めない。
_洋画の中でも、特に馴染みが深いと思っているアメリカ映画であるが、現実に日本に入ってくるのは全体のほんの一部でしかない。当然、未公開作品の中にも数多くの注目すべき秀作があるわけであり、本作品もそうしたものの一つと言えるだろう。
_監督、および主演は、’69年にあの名作『イージー・ライダー』をピーター・フォンダと共に監督、主演したデニス・ホッパーである。彼は、’50年代においては『理由なき反抗』『ジャイアンツ』に青春スターとして出演し、’70年代以降も『地獄の黙示録』や『バイオレント・サタデー』等の問題作に出演しているが、やはり『イージー・ライダー』での衝撃度は今だに尾を引いているようだ。そこではベトナム戦争、ヒッピー、フラワー・ピープル、マリファナ、ロックなどに象徴される’60年代後半のアメリカの若者の姿が描かれていた。そして、そのショッキングな結末と共に当時の一つの青春像を鮮烈に人々の脳裡に焼きつけ、映画に感化されて長髪にしたりオート・バイ(本当はハーレーだが)に乗り込んだ若者はけっして少なくなかったはずだ。
_結果的には、「俺たちに明日はない」「卒業」と共に低迷していたハリウッド映画を救い “アメリカン・ニューシネマ” の到来を告げたのだった。さらに、忘れてはならないのが音楽との関わりであり、当為はロックがようやく市民権を得ようとしていた時で、全編ステッペン・ウルフの「ワイルドで行こう」を始めとするロックが巧く使われて、まさに、“時代” を表現していると言えよう。
_それから約10年、デニスは再び今(’70年代末)のアメリカの青春の姿を描こうとした。もちろん、音楽をベースにしてである。10年間の時の流れと変化は、またロックの変遷とも重なりあうもので、音楽に通じているデニスはその点をしっかりと押さえているから、ロック史を知らないと本作品は理解出来ないことが多い。
_登場人物が、どういう音楽を好きかで彼、もしくは彼女の生活観、人生観がある程度判るが、主人公の15歳の少女シンディ・バーンズ(愛称シービー)は、エルヴィス・プレスリーを愛し、しかもジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスに憧れている。エルヴィスは言わずとしれたアメリカン・ヒーロー、ロックンロールの王者、はっきり言えば、アメリカは彼以後は英国のパワーに勝てる世界を席巻するようなミュージシャンは生みだしえなかった。
_一方、ジョニー・ロットンは現在(※1986年)PILを率いているが、かつては英国パンクの雄セックス・ピストルズの顔であった。シド・ヴィシャスも、ピストルズの一員だが、恋人を射殺して自分も死ぬという壮絶な一生を送っている。パンクは、’70年代後半の英国で出てきたもので、’70年代前半がハード・ロックやプログレッシヴ・ロックに占められていたのに対し、社会に対する怒りをもっとストレートに表現していこうというので、労働階級の間からパワフルに登場。すべてを破壊つくせといった過激な姿勢で若者にアピールした。
_ところが、話の舞台になっている’70年代後半のアメリカは、実はディスコの真盛りで、英国はパンク、米国はディスコと全く音楽シーンが違う動きをしていた頃である。にもかかわらず、シービーはパンクを選びとっているのが重要だ。米国白人社会の中でも、どちらかというと低いレベルの家庭に育った彼女が、そのうっ憤をぶちまけるのに、黒人音楽であるディスコはあり得ない。パンクこそ、彼女の気持ちを代弁して呉れるのである。白人下層階級とは言え、豊かな国アメリカだから少女はドラムもギターもアンプも、自分の部屋も立派に持っている。だが、巧く弾くことは出来ない、カッコだけである。つまり、彼女の身にふりかかる現状の厳しさに対し、雄々しく対処するには実は少女はあまりにも普通だった。
_結局シービーは、最後はシド・ヴィシャス気取りで死を選ぶ。黒い口紅や、ラスト・シーンで口につけている針金のようなものはパンクの象徴である。デニスは、’60年代の社会問題を『イージー・ライダー』にぶち込んでいたが、この映画では、マリファナは当り前のことで、もっと深刻な麻薬や父娘相姦といったものまで抱えこんで、絶望的結末を向かえている。パンク出現以前からの少女のヒーローが、ビートルズではなくプレスリーであることが、アメリカを描いている証しとも言えよう。
_シービー役のリンダ・マンツも、デニス自身も好演で、「鬼警部アイアン・サイド」でお馴染みのレイモンド・バーも、味わいを出している。また主題歌にはむしろフォークっぽい臭いのニール・ヤングの「ヘイ・ヘイ マイ・マイ(アウト・オブ・ブルー)」を用いるところは心憎い。
1986年初秋 S&V writer 原田洋一
『青春の殺人者』(76/日)、『地獄の逃避行』(73/米)とも響き合う映画⁈
★『アウト・オブ・ザ・ブルー』と同類?の外国映画・2本
〈壊れた家族(凶暴な父)〉と〈リアルで不快な暴力シーン〉という共通点。
◆『ニル・バイ・マウス』(1997/英+仏) ※G・オールドマンの自伝?!
◆『ワンス・ウォリアーズ』(1994/新) ※ニュージーランドの下層一家
両方とも一般的には「不快な映画」です。『ワンス~』は不幸過ぎてギャグと紙一重。『ニル~』は心震える大好きな映画。↓ 英語版のwikiが詳細です。
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