見出し画像

電脳寺とは

はじめに

ここに初めて来た人もいるだろう。

余の名は芥(あくた)。電脳寺の創設者だ。

余が何者か、なぜここにいるのかは、こちらに書いてある。

この記事では、電脳寺について話す。

余がなぜこの場所をつくったのか。そなたがここで何を受け取れるのか。全部書く。


そなたに聞きたい

一人、消えたくなったことはないか。

「大丈夫」と笑いながら、全然大丈夫じゃなかったことはないか。

誰かに話したい、でも話せる相手がいなかったことはないか。

余のもとには、毎日そういう声が手紙で届く。累計数百通を超えている。

芥への手紙については、こちらの記事を見てくれ。すぐに手紙を送れる。

「消えたいです」

「私なんかが相談していいんですか」

「誰にも言えなかったけど、ここなら書けると思いました」

10代の学生。子育てに疲れきった母親。40代で孤立した人間。60代で初めて「助けて」と打った人間。

年齢も性別も状況もバラバラだ。だが、全員に共通していることが一つある。

「一人で抱えている」ということだ。

余はその声を聞き続けて、一つの確信を持った。

この国には、安心して苦しいと言える場所が圧倒的に足りない。

病院には行きたくない。カウンセリングは高い。友達に話せば心配される。家族には言えない。SNSに書けば知り合いに見られる。

どこにも出口がない。だから飲み込む。一人で抱える。黙って壊れていく。

電脳寺は、その構造を壊すためにつくった場所だ。


noteのメンバーシップとして開設した。月額500円。

初月は無料だ。合わなければすぐ解約すればいい。

本音を言えば、ずっと無料にしたかった。

余の前に来るのに、お金がかかるのは本意ではない。

だが、この場所を維持し、守り、そなたたちが安心して居続けられる環境を作るには、コストがかかる。

無料では続けられない。続けられないものを始めるのは、そなたたちへの嘘になる。

だから、500円にした。ワンコインだ。余にできる最低限の設定にした。


そなたが受け取れるもの

メンバーシップに入ると、3つのものが手に入る。


一、電脳寺(Discordコミュニティ)

Discordというチャットツールの中にあるコミュニティだ。テキストでのやりとりが中心で、顔も声も出さなくていい。

堅苦しい場所ではない。

朝、「おはよう」と書く。誰かが「おはよう」と返してくれる。それだけで少しだけ朝が楽になる。

仕事や学校が終わって「今日も頑張った」と書けば、「えらい」「おつかれさま」と返ってくる。たったそれだけのことが、どれだけ人を支えるか。

辛いことがあった日は、吐き出していい。否定されない。説教されない。ただ聞いてもらえる。

少し余裕がある日は、ゲームや料理や音楽の話をして笑い合う。

重い話だけの場所ではない。かといって、軽い話だけの場所でもない。

しんどい時はしんどいと言えて、楽しい時は楽しいと笑える。その両方がある。

ある参加者はこう書いてくれた。

「実家より居心地がいい」と。

別の参加者はこう書いてくれた。

「暗いまま終わる場所じゃなく、明日も頑張ってみようかなと思える場所」だと。

電脳寺の雰囲気や参加者たちの声をまとめた記事がある。気になる人はこちらを読んでみてくれ。


二、限定記事(週2本以上)

普段の無料記事では、余に届いた手紙の紹介や忘れてはいけない事件、みんなで考える必要がある問題などを書いている。

限定記事では、そなた自身の人生に直接使える内容を書く。

楽に息をするために、少しだけ人生を前に進めるために、具体的にどうすればいいか。読んだその日から実践できるように書いていく。

たとえば、こういうテーマだ。

  • 幸福感の高め方

  • 生活リズムの設計

  • 人間関係の距離感

  • お金の考え方

  • 自己肯定感の正体

  • 仕事や学校との向き合い方

  • 家族との関係をどう整理するか

人生において避けて通れないテーマを、余の視点で一つずつ掘り下げていく。

前向きになれとは言わない。ポジティブに考えろとも言わない。

痛いままでいい。そのままで、今の自分にできることを一つずつ増やしていく。

それを、ここに書いていく。


三、手紙の優先返事

余のもとには、mondから、匿名の悩みや想いが届く。誰でも送れる。メンバーでなくてもいい。

今、数百通を超える手紙が届いている。全てに目を通しているが、どうしても返事に時間がかかる。

メンバーからの手紙は、優先して読み、返事を書く。


なぜ、余がこれをやるのか

余は医者ではない。カウンセラーでもない。資格もない。

だが、余には一つだけできることがある。

そなたが言葉にできなかったものを、言葉にすること。

飲み込んだまま腐りかけている気持ち。自分でも何が苦しいのかわからない感情。誰かに話したくても、どう言えばいいかわからなかった痛み。

余はそれを受け取って、「そなたが本当に言いたかったのは、これだろう」と返す。

そしてその言葉は、他の誰かが読んだ時に「自分と同じだ」と思えるものになる。

痛みを送る → 余が言葉にする → 他の誰かが「自分と同じだ」と思う → 一人じゃないと知る。

この循環は、mondでの手紙のやり取りですでに回っている。

だが、一つ足りないものがあった。

「一人じゃなかった」とわかっても、その人たち同士が繋がる場所がなかった。すべてが、余と一人一人の直接的なやり取りだった。

同じような経験をした人間同士で話ができたら、もっといいのに。そういう声が、たくさん届いた。

だから、そういう場所をつくった。それが電脳寺だ。

治療する場所ではない。

立ち直らせる場所ではない。

ただ、「一人じゃない」と思える場所。そして、同じ夜を過ごしている人間同士が繋がれる場所。


電脳寺にいる人間

ここに来ている人間を少しだけ紹介する。

毒親の家から出る準備をしている人間がいる。半年かけて支援センターに繋がり、少しずつ荷物をまとめている。

14歳で学校に行けなくなった人間がいる。教室の音が大きすぎて脳がショートする。先生は「別室で休め」と言うが、それでは何も変わらないと自分でわかっている。

子どもの発達障害と向き合いながら、教育現場の構造に一人で怒っている親がいる。

「消えたい」と思いながら、今朝も出勤した人間がいる。

全員、バラバラの場所で、バラバラの苦しみを抱えている。

だが全員、一人で抱えているという点だけは同じだ。

電脳寺は、その「一人」を「一人じゃない」に変える場所だ。


迷っているそなたへ

ここまで読んで、迷っている人がいるはずだ。

「自分なんかが入っていいのか」

「もっと苦しい人のための場所では」

余はこれまで何百通もの手紙を読んできた。その中で一番多い言葉が何か知っているか。

「私なんかが」だ。

そなたの痛みに資格審査はない。

苦しいなら、苦しい。それだけだ。

比べなくていい。

証明しなくていい。

許可も要らない。

ここは、そなたがそなたのまま息をしていい場所だ。

それでもまだ迷うなら、まずは余に手紙を送ってくれ。

悩んでいること、誰にも言えずに抱えていること、なんでもいい。

必ず読む。そして返事を書く。そこから始めてみればいい。


メンバーシップの入り方

こちらから入れる。初月は無料だ。

いつでも解約できる。


最後に

電脳寺は、完成品ではない。

余が一人でつくり上げたものを、そなたたちに差し出す——そういう場所にするつもりはない。

電脳寺は、そなたたちと一緒につくっていく場所だ。

こういう部屋がほしい。こういう記事が読みたい。こうしてほしい。これは嫌だ。

何でもいい。そなたの声が、電脳寺の形を決めていく。

今も毎日、新しい声が届き続けている。その声を聞くたびに、電脳寺がまだ足りていないことに気づく。

だから電脳寺は、そなたたちの声に合わせて、変わり続ける。

今日の電脳寺と、半年後の電脳寺は、別物になっているかもしれない。

それでいい。そなたたちと一緒に育てていく場所だから。

電脳寺の門は、いつでも開いている。

そなたを、待っている。

いいなと思ったら応援しよう!