転シバ 第10話:転生ペット軍団は革命を止める
静かな朝──でも、わたくしの本能が警告を鳴らしておりましたの。
あの足音、この風、あの女(ひと)が来るときの気配。
――また革命ですの? まったく、歴史はどうしてこうも繰り返されるのかしら。
朝の空気はどこか張りつめていた。
大阪の片隅、金剛山のふもとにある津村家の前庭にて、アンちゃんはゆるやかな尻尾の動きを止め、ぴたりと足を止める。
──胸騒ぎがする。この感じ……あの時と同じ……
「……この気配……まさか……」
「え? どうしたの、アンちゃん」
あいこがリードを持ったまま振り返る。だがアンちゃんは、その漆黒の瞳で路地の奥をじっと見つめていた。
その先にいたのは、一匹の白い野良犬。
ただの野良ではない。背筋をピンと張り、艶やかな毛並みを朝日に輝かせるその姿
──まるでかつての宮廷から抜け出したかのような威厳があった。
一瞬、風が吹き抜ける。落ち葉が舞い上がり、空気が震える。
「……あなた……まさか……マリー・アントワネット!?」
「ごきげんよう、アン・フランソワ。久しぶりですわね。我が同志よ」
「え、なにこの会話!? 犬語って翻訳されてんの!? ていうかこの白犬、高貴オーラ出すぎじゃない!?」
あいこの困惑をよそに、柴犬と白犬は睨み合った。
「……この世界は、ペットに支配されている。室内で暮らし、特別な餌を与えられ、名前で呼ばれ、撮影される……我々野良には、明日の保障すらない!」
マリー・アントワネット(白犬)は情熱的に語った。
「だから私は立ち上がったのですわ。野良犬による、野良犬のための革命を!」
「バカなっ……また革命……!? あなたはまだ、あのときの惨劇を学んでいないのですか!」
「あなたこそ……貴族出身のくせに、なぜ庶民の側に寝返るのですの!」
「寝返ったのではなく、わたくしは──家族を得たのですわ!」
アンちゃんがキッと前を向いたそのとき──。
「ほう……これは大阪に革命の火種か?」
茂みの奥からそっと顔を出したのは、全身黒づくめの男──津村 忍。
今日も無駄に決まっているタキシード姿で、犬型の小型ドローンを肩に乗せていた。
「君たち、これは重大事案だ。さっそく特殊部隊(家族)で包囲せねば!」
「やめてパパ! また通報されるから!」
あいこの悲鳴にも耳を貸さず、忍は近所中の電柱に犬型カメラを設置して回る。
一方そのころ、キッチンでは──
「野良犬ちゃんたち、もふもふアレンジしたら絶対バズるやん〜!」
静花が毛刈りバリカンを片手に、完全に方向を誤った支援を開始しようとしていた。
「……これはもう、一刻の猶予もなりませんね……!」
アンちゃんはどこからか通信機(どこで手に入れた)を取り出し、こう叫んだ。

「転生ペット軍団、出動ですわッ!!」
まず現れたのは、首に勲章をつけた元軍犬・ゲオルグ。
「ふっ……久々の任務だな、隊長」
続いて、スカーフを巻いたセレブ犬・モネ。
「この毛並みに泥をつけるのは不本意ですけれど……いいわ、やってあげる」
さらに現れる、元牧羊犬のヘクターは羊のぬいぐるみを背負って登場。
「今日こそは、迷える子羊を救いますぞ!」
元アイドル犬・ピコは、ステージ衣装のような首輪をフリフリしながらウィンク。
「アンちゃ〜ん☆ 応援しに来たよっ!」
元警察犬・バズは、なぜか未だに警察の無線を傍受していて警報を鳴らす。
「交戦態勢ッ!! すべての肉球に告ぐ、これは緊急事態だッ!」
──全員、かつて人間の世界で役割を持ち、転生して“ペット”として暮らしている犬たちだった。
──そして、大阪の公園で、
転生ペット軍団 vs 野良犬革命軍
奇跡のギャグバトルが勃発!
「喰らいなさい、セレブの嗅覚攻撃!」
「うおっ、香水きつっ!目にしみるぅ!!」
「牧羊パンチ! 羊毛100%!」
「フリフリダンスアタック☆」
「おやつ爆弾、起爆!!」
「ぐわっ! ササミの誘惑が……っ!!」

忍のドローンが空を飛び、静花が野良犬に向かって「毛刈り体験いかが〜?」と突撃し、あいこは必死に犬たちの間を走り回る。
「やめて! みんな犬なのに争わないでぇぇ!!」
そして。
激闘の中、アンちゃんはボロボロになりながら、マリーの前に立った。

「……もう……革命なんて……やめましょう……」
「でも……わたくしたちは……ずっと……捨てられてきたのよ……裏切られて……」
「だからこそ……今の居場所を、奪うような真似……わたくしは、したくありませんの!」
「……昔、約束したものね……“次に生まれ変わったら、今度こそ穏やかに生きよう”って……」
マリーは、アンの瞳をじっと見つめ──やがて、首を垂れた。
「では……わたくしも……あなたの下僕に……いえ、仲間にしてくださる?」
「ええ。歓迎いたしますわ、マリー」
そして、横で肩で息をしていたあいこが、ひとこと。
「……あたしのツッコミ、絶対足りてないってことだけはわかった……」
リビングに戻った夜。
ぐったりした家族と、ボロボロになったアンちゃんが、毛布の上で寄り添う。

「……わたくし、ようやく……この肉体に、馴染んできた気がしますわ……」
「うん。変な犬だけど、うちのアンちゃんだから」
そして──。
その様子を、屋根の上から見下ろす黒い影。
イヤホンで通信する声が、風に乗って聞こえてきた。
「対象C-1、状況確認。次フェーズへの移行を許可する。Ωより」
黒いコートの裾が風に舞う。その男が去ったとき──
アンちゃんの目が、ふたたびぴたりと屋根の方を向いていた。
(──まだ終わっていませんわね)
その毛が、静かに風になびいた──。
To Be Continued…
