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雲南メシ 過橋米線(グゥオチャオミーシィエン)

[日] 過橋グゥオチャオ米線ミーシィエン
[中] 过桥米线guòqiáo mǐxiàn

過橋米線

雲南省南部の建水発祥、蒙自で改良されたスープ米線汽鍋鶏と並ぶ、雲南を代表する料理。器の中で鶏油が浮いて冷めにくくなっている熱々のスープに生肉、ハムなどたっぷりの具材と米線に入れてスープの熱で煮て食べる。各店が工夫を凝らし、いろいろな具材を取り揃えているので食べ比べも楽しい。

雲南人は普段はあまり過橋米線を食べず、ハレの日、試験前(後述の由来参照)等に食べる。

ある店では、自分で具材を入れるシステムで、「過橋米線の正しい食べ方」がイラスト付で紹介されている。

熱々のスープ、具材、米線が別々に供される。具材は雲南特産の宣威ハム、鶏肉、魚肉など。煮え易いように薄く切ってある。
「過橋米線の正しい食べ方」まずはウズラの卵を溶いて生肉を漬けて肉をスープに入れ20秒程待つ。次にその他の肉類を全部入れて18秒程待ち、肉が煮えたら野菜を入れる。最後に米線を入れて混ぜて出来上がり。
スープの熱で具材が煮える

ある店ではスタッフが具材を入れてくれる。

別の店の過橋米線。スープが煮えたぎってきるので安全対策してある。
スタッフが具材を入れてくれた。
この店では最後にウズラの卵を投入。
出来上がり。
混ぜて食べる。ウズラが綺麗に煮えていた。

最近は観光客向けの高級化が進み、松竹梅のように状元、榜眼、探花と3つのグレードから選べる場合がある。状元は科挙のトップ合格者。榜眼、探花はそれぞれ2位、3位。これらは下記の由来に因む。

過橋米線の由来

言い伝えによると、清の時代の蒙自に、郊外の南湖の小島にある小屋で科挙の勉強をしている書生がいた。その妻はいつも家で料理を作り書生に料理を運んでいたが、運ぶ途中に冷めてしまうのが悩みの種だった。

ある時、鶏油たっぷりのスープに米線を入れて、橋を渡って運んだところ、熱いまま運ぶ事ができ、書生は熱々の米線を食べる事が出来たという。そして書生は科挙に合格した。

しかし、食文化について多数の著作がある作家の要云によると、過橋米線の史料の初出は『建水県志』で、清の光緒年間(1875-1908)、当時の雲南南部の中心、建水の李馬田が鎖龍橋の米線館で出したのが始まり。建水産の保温性の高い器に熱々のスープを入れ、客が自分で米線と具材を選んで入れる様にしたのが始まり(李馬田の考案した形式は、今でも建水草芽過橋米線として残っており、昆明にも沢山この形式の店があるので、機会があれば、試してみて欲しい)。

その後、雲南南部の経済の中心が蒙自に移り過橋米線が改良されるとともに、上記の言い伝えが作られた。そして、過橋米線は昆明にも伝わった。日中戦争に昆明は後方拠点として、中国全土から人が集まり、戦争終結後、彼らが過橋米線について故郷に伝えた事で全国的に有名になった。

デリバリー体験

過橋米線はデリバリーにはもってこい、と言う事で、忙しかった日に注文してみた。

アプリの注文画面
届いた過橋米線。スープはかなり熱かった。
具材は既にスープに入っていた。沈んいる具材を確認しながら食べたらアプリの注文画面の写真とほぼ同じだった。
米線をスープに入れて食べる。

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