雲南メシ 中国料理オタク目線の雲南料理
[日] 雲南料理
[中] 云南菜
雲南省概要
雲南省の場所
中国西南部
周りの省と国
東は広西チワン族自治区と貴州省、北は四川省、北西はチベット自治区と省境を接し、南はベトナム、ラオス、西はミャンマーと国境を接する。

雲南の名前の由来
中国西南部を横断する山脈「雲嶺」の南に位置することから雲南と名付けられた。
面積
約39.4万平方キロ、日本の37.8万平方キロメートより少し大きい。
地形
低地から高山まで起伏に富んで複雑、海岸と砂漠以外の殆どの地形があると言われている。
気候
気候区は熱帯、亜熱帯、温帯などに分かれる。

人口と民族
約4673万人(2023年末、雲南省政府ホームページ)。漢族の他に25の少数民族が暮らしている。
在留邦人数70名(2024年10月現在、在重慶日本国総領事館)
超ざっくり雲南の歴史
【西南少数民族の時代】
元々は德昂族や布朗族などの少数民族が暮らす人口希薄地帯だった。紀元前3世紀、楚の将軍荘蹻が昆明辺りに遠征したが、秦が四川に進出し、楚本国と分断されたため滇国を建てた。秦が漢に滅ぼされると、滇国は漢に冊封されたが、前109年に漢の郡国制に組み込まれた。後漢に漢の国力が衰えると、少数派だった雲南の漢人は少数民族に吸収されて行った。唐の時代には烏蛮(彝族の祖先)の六詔、宋の時代には白族の大理国が興った。この時代、漢人の流入が継続的にあったが、少数民族に吸収された。
【北方少数民族の流入】
1254年に元が大理を滅ぼすと、モンゴル人と色目人が雲南を統治、回族が流入し、商業や物流を担う様になった。彼らの通商ルートは茶馬古道と呼ばれ、茶をはじめとする商品を各地に運んだ。
→麺の流入
【漢族の流入】
1368年に明が元を北方に駆逐、応天府(南京)から大量の漢族を雲南に移住させた。明清の時代にも漢族の流入は続き開発が進み、農業、商業、鉱業などの各産業が発展した。清の中期になると山地で栽培できるジャガイモ、サツマイモ、唐辛子など新大陸の作物が伝わり、山地の開発も進んだ。
→米線、烤鴨などの流入
【フランスの影響】
近代、フランスがインドシナに進出し、ベトナムを植民地化し、滇越鉄道の敷設権を獲得、1901年にベトナムのハノイ(河内)の外港ハイフォンと昆明を結ぶ鉄道の敷設が開始され、宣教師などが雲南に訪れるようになり、彼らがコーヒーを持ち込んだ。
→雲南コーヒー
【日中戦争時】
1937年に日中戦争が勃発すると昆明は重要な後方拠点として全国各地から人が集まり、新しい食べ物も生まれた。
→摩登粑粑
省都
昆明。標高は平均1897m、亜熱帯地域にあるが高原に位置するため一年を通して春のような気候で「春城」と呼ばれている。
雲南料理
雲南料理
多彩な地形、気候から農畜水産物の種類が豊富、キノコの産地としても有名。さらに多様な民族構成が滇菜(滇菜)とも呼ばれる雲南料理を豊かなものにしている。

漢族、白族、傣族(タイ王国のタイ人と同系)をはじめとする各民族の料理がありお互いに影響しあっている。味付けは、素材の味を活かした味と、唐辛子を多用した辛さが特徴。但し、漢族の料理はそれ程辛くない(雲南料理は四川料理?参照)。ハーブもよく使う。東南アジアチックな味付けもある。

主食は米および米の加工品のライスヌードル「米線」など。
海なし省だが、最近では沿海部から運ばれた海鮮も多少ある。

主な料理・食材
飲み物、スイーツ
甜白酒
奶白酒
玫瑰木瓜水
普洱茶(プーアル茶)
雲南咖啡(雲南コーヒー)
酸角汁(タマリンドジュース)
など
食材
各種キノコ
宣威ハム
薔薇の花(菓子などに使われる)
など
(この部分を紹介していく予定)
