雲南メシ 雲南料理は四川料理?
雲南料理は四川料理?
日本ではマイナーな雲南料理。Wikipediaに雲南の漢族料理は「四川料理系の漢族料理」、「中国の八大料理の内の四川料理に属し」と書いてある。

しかしこれは、例えば、日本料理には関西料理と関東料理の2つがあって、九州料理は関西料理に属すると言っているようなものだ。料理の分布はそんなに単純なものではないし、八大料理のどこかに当てはめる必要もない。筆者は雲南料理は雲南料理、四川料理は四川料理、別々の料理体系と考えている。強いて言えば、西南料理体系の雲南料理と四川料理だ。
中国四大、八大料理
・日本での中国四大料理 北京料理、上海料理、広東料理、四川料理
・中国での中国四大料理 山東料理、淮揚料理、広東料理、四川料理
・中国での中国八大料理 山東料理、江蘇料理、広東料理、四川料理、湖南料理、福建料理、浙江料理、安徽料理
では筆者がWikipediaを書けば良いと思われる方もいるかもしないが、どこの誰か分からない人に上書きされる可能性があるウェブサイトに書く気にもなれないのでnoteに書く。
雲南の民族と少数民族料理
雲南の人口は約4655万人、漢族が人口の67%を占め、残りの33%は25の少数民族。

先に少数民族料理の話しをすると、各少数民族が雲南各地にモザイク状に分布していて、それぞれの料理がある。分布が非常に複雑なのでいくつかメジャーな集団について取り上げる。
大理の白族、麗江の納西族、西双版納や徳宏の傣族などの少数民族は雲南省に多く分布していて、彼らの料理も雲南料理の一部と見做される。これらの民族は四川にも分布しているので、彼らの料理も四川料理の一部と言えるが、雲南との境か、移民として都市部に、それぞれの民族が一万人程いるだけなので、存在感はない。

チベット族、 彝族などは雲南にも四川にも分布していて、雲南でも四川でも、チベット料理や 彝族料理は食べられるので、雲南料理でもあり四川料理でもある。

雲南省南部に分布する哈尼族の料理は雲南省内に限られるので、雲南料理だけである。
雲南省東南部に分布する壮族は雲南の東隣の広西チワン族自治区に多く分部しているのでその料理は雲南料理でもあり、広西料理でもある。
このほか、元の時代に移住したイスラム教を信奉する回族は、近代まで雲南の商業と物流を担い雲南各地に根を張り、現在、雲南の人口の1.6%に過ぎないが、彼らの清真料理は存在感がある。
雲南と四川の漢族の方言と料理
雲南と四川の漢族の方言は、どちらも中国語の方言分類では、七大方言の官話(北方語、マンダリン)というグループの下位分類、西南官話に族する。官話グループの分布は幅広く、中国東北地方から西南地方まで広く分布するが、下位方言の差が大きい。方言グループとその料理の傾向は、例外はあるものの、基本的には一致する。また方言グループ分布の境はグラデーション状に両方の特徴を併せ持つ場合もある。
中国七大方言、八大方言、十大方言
学者によって七大〜十大の説がある。
七大方言 官話(北方語、マンダリン)、呉語(いわゆる上海語)、粤語(広東語)、贛語、湘語、閩語、客家語
八大方言 七大方言、晋語
十大方言 八大方言、徽語、平話
西南官話の下位分類を見ると、雲南の大部分は雲南片、四川の大部分は川黔片川渝小片と西蜀片灌赤小片に分かれる。
雲南省は元の時代に中華の版図に組み込まれ、14世紀、明の時代に本格的な漢族の流入が始まった。この移民の主体になったのは応天府(南京)からの軍による屯田だった。軍籍は応天府であったが、元は江蘇、浙江、安徽など江南各地からの出身者から構成されていた。清の時代にも継続して屯田が行われ、四川や貴州からの農業移民、明末清初の新大陸からの農作物の伝来で人口大爆発や、雲南東部の銅鉱山開発もあり、18世紀に移民のピークを迎えた。また山岳地帯の雲南は交通が発達しておらず他地域との交流が限定され、雲南片が形成された。雲南片はさらに、滇中、滇西、滇南小片の3つの下位分類がある。
一方、四川は王朝交代の度に戦火に見舞われ何度も人口が激減した。元末明初も人口が激減、明は移民政策をとり湖広(湖北と湖南。広東は関係ない)から、特に湖北から多く移民した。
明末清初の動乱でも人口が激減、その穴を埋めるため清も移民政策をとり、湖広から平野部の成都や山間部の重慶(1997年に四川省から分離、直轄市となる)などに大規模な移民が行われた。これらの移民が主体となり、江西、福建、雲南、貴州などその他地域からの移民も加わり、川黔片川渝小片を形成した。
明末清初の動乱の時に、成都の西の都江堰(略称灌)から南部の四川と貴州の間を流れる赤水河にかけての地域は丘陵部で被害が少なく、また四川の他の地域からの避難民も流入し、元々の四川方言が残り、西蜀片灌赤小片を形成した。
四川料理にも下位分類があり、いくつかの分け方があるが、筆者は成都を中心とした平野部の上河幇、重慶を中心とした山岳部の下河幇、自貢を中心とした丘陵部の小河幇の3つの分け方を支持している。楽山は上河幇に分類されるが小河幇の特徴を併せ持つ。四川料理については別の機会に書こうと思う。

また広東省などから客家も四川に移住し、客家の方言島が生まれ、四川料理にも影響を与えた。例えば四川のカラシナの漬物である芽菜を作る技術は客家がもたらしたと言われている。
雲南料理と四川料理の違い
雲南と四川の食文化は異なる発展を遂げている。雲南の少数民族の料理は辛いものが多いが、漢族の料理はあまり辛くない。もちろん、元を辿れば同じ漢族なので似ている部分もあるし、隣接している省なので相互に影響した部分もあるし、四川に近い所では四川料理に近くなる。しかし、雲南と四川の漢人のルーツは異なり、ルーツの文化を受け継いでいる部分もある。例えば、雲南では南京由来の甘めの甜醤油を多用する事も特徴的で、滷麺などは甘め。
Wikipediaの雲南料理にはいくつが主な料理が載っているが、ここに載っているものはタイ族(傣族)の鶏肉のライムハーブ和え(檸檬鶏)以外は辛くなく(但し、他の本体は辛くない料理もつけダレや薬味で唐辛子を入れて辛くする事はできる)、上述の「唐辛子を多用するものが多い」という一文と整合性がとれていない。菠蘿飯は一般的に傣族料理とされるが漢族料理になっている、「ところてん風」の凉粉やタケトツガの昆虫食が主な料理になっている等ツッコミどころも多い。もっと他の主な料理があるのにと言う感じだ。雲南の少数民族料理も追い追い筆者のnoteに書いていきたい。

さて、雲南料理を代表する漢族の汽鍋鶏、宜良烤鴨、菌鍋(キノコ鍋)、過橋米線などはおしなべて辛くない。
雲南の漢族料理にも唐辛子が入っている物もあるが、四川のような麻辣味や豆板醤味ではなく、鮮辣が多い。また、昆明の七甸醤や昭通醤といった唐辛子入りの大豆の味噌も使われる。一方、鍋や焼烤のつけダレや、米線の薬味などは自分で唐辛子の量を調整できるようになっている。

一方、四川は天府の国と言われ食材が豊富で、四川料理は「百菜百味(百の料理に百の味付け)」と言われるほど、味付けも豊富だ。唐の時代、四川はサトウキビの生産地となり甘いものが食べられるようになった。また18世紀初頭に貴州で唐辛子が食用になるまで中国では唐辛子が食べられなかったので、当然唐辛子の辛さは存在せず、刺激物としては花椒(華北山椒)などが多用された。その後、徐々に唐辛子の辛さも主流になって行き麻辣味が好まれるようになり、四川を代表する味になった。
食材を見ても雲南と四川は異なる。中国三大火腿(ハム)の一つ宣威火腿はその代表とも言える。明の時代に応天府からの移民が火腿の技術を伝えたと言われていて、雲南料理で多用されるが、四川料理では基本的に使われない。諾鄧火腿など雲南の他の地域の火腿の総称として雲南火腿、略して雲腿と呼ばれる。
中国三大火腿
金華火腿(浙江省金華)、如皋火腿(江蘇省如皋市)、宣威火腿(雲南省宣威市)
上記は一部の紹介に過ぎないが、雲南料理と四川料理の料理、味、食材を見ていくと違いが大きいし、何よりの違いは、米線だと思う。
雲南も四川も米食地域だが、麺などの小吃を食べる時、雲南人は米線を食べる事が多く、四川人は麺を食べる事が多い。もちろん、雲南にも麺はあるし、四川にも米粉(米線と同じ)はあるが、それぞれの消費量が圧倒的に違う。
四川は伝統的な米食地域で、2024年の米の収穫量は1480.8万トン。実は小麦の栽培も多く、収穫量は265.9万トンで、全国10位となっている。重慶の米の収穫量は492万トン、小麦は6.2万トン、小麦の生産は少ないが四川やその他地域から小麦が運ばれ麺がよく食べられる。四川、重慶の代表的な麺は担担麺、甜水麺、雑醤麺、豌雑麺、燃麺、鋪蓋麺などがある。回族の麺も少なくない。これに対し、米粉は綿陽米粉が有名なくらいだ。もちろん、綿竹米粉、南充米粉、攀枝花米線(雲南に近く、米線と呼ばれる)など他にも米粉がない訳ではない。
一方、雲南の米の収穫量は455.5万トン。小麦も栽培していて収穫量は55.4万トン、四川の約1/5だが、福建省の0万トン、広東省の0.2万トン、湖南省の7.7万トンなどと比べるとかなり多い。破酥包や摩登粑粑などの小麦粉を使った名物もある。麺も滷麺や回族の牛肉麺などが食べられているものの、米線や同じく米を原料とする餌塊、餌絲を食べる事が圧倒的に多い。
歴史的には元代に移民した回族が麺を持ち込み、明代に移民した漢族が米線を持ち込んだので、麺の方が早く伝わったのだが、現地人に麺はあまり受け入れられなかった。
以下は筆者の雲南生活での実体験を通しての考察だが、雲南は総じて標高が高く、水の沸点が低い。省都昆明の平均標高は1897mで水の沸点は94℃。過橋米線で有名な蒙自は1314m、水の沸点は95.7℃。標高が高いと沸点が低くなり、米に芯が残ってしまう。水を多く入れたり、炊く時間を長くしたりしても、調整が難しく、うまく炊けない。日本製の真空圧力IH炊飯器を使うと、かなりマシになるが、高価なためあまり普及していない。
米に水を加えながら擦り潰した米漿を、茹でたり蒸したりして米線や巻粉などに加工、或いは米を蒸してから搗いて餌塊のように加工すると、ずっと食べやすくなる。
また、水の沸点が低いと小麦粉の麺を茹でても時間がかかるし、麺が伸びるわけではないが、ややねっとりとした食感に茹で上がる。一度、筆者が麺を注文した後、他の客3人が米線を注文、3人の米線はサッと茹で上がり、それから暫くしてやっと筆者の麺が茹で上がった。米線はサッと湯がけば食べられるようになるが、麺を茹でるのは何倍も時間がかかる。効率が悪いのだ。
こういった事から麺食の習慣は残しつつも、サッと食べられる米線が大きく発展したのかと思われる。
このように雲南と四川では移民の歴史背景も、気候風土も異なり、雲南独自の雲南料理が発展した。
参考文献/ウェブサイト
葛剑雄主编(1997) 『中国移民史』 福建人民出版社
曹雨(2019) 『中国食辣史』 北京联合出版公司出版
中国社会科学院语言研究所 / 中国社会科学院民族学与人类学研究所 / 香港城市大学语言资讯科学研究中心 (2012) 『中国语言地图集』 商务印书馆
Wikipedia 雲南料理 https://ja.wikipedia.org/wiki/雲南料理(2025年12月9日閲覧)
红黑人口库 https://www.hongheiku.com(2025年12月9日閲覧)
国家统计局中国统计年鉴2024 https://www.stats.gov.cn/sj/ndsj/2024/indexch.htm (2025年12月9日閲覧)
