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ド文系でもわかるオーディオ批評(2):『YouTube耳』とテニスとチェロ

 前回の『ド文系でもわかるオーディオ批評(1)』では、スマホのスピーカーやBluetoothに慣れきった耳が、圧縮音源によって情報を失い『iPhone耳』、或いは、『YouTube-Netflix性難聴』へと堕していく現象を取り上げた。音を正しく聞き取る力が剥奪されていく恐ろしさを解説した。

 では次の段階、『YouTube耳』とは何か。

 私は空手、合気道、棒術など複数の武術・格闘術を修めており、多くの武道では目隠しをした状態で対人稽古を行ってきた。一般にこの修練は『気を読む』と神秘的に語られがちだが、実際の主役は聴覚である。足音、道着の擦過音、呼吸音だけで、相手の位置・狙い・攻撃の間(ま)まで明瞭に察知できる。

 合気道における『気』とは神秘ではない。呼吸や重心移動といった身体操作を通じて相手と同調する感覚を指す。注意や意識の方向性を含め、呼吸や動きを読み取る術理こそが『気』の正体である。

 打撃系の空手やボクシング、組技系の柔道やレスリングでも、相手の呼吸を読む点では共通している。さらにウェイトリフティングですら、息を吐くリズムが力の発揮を左右する。呼吸の制御は、あらゆるスポーツに不可欠な基盤的要素なのだ。

 ボクシングの弱点は、動体視力に依存せざるを得ない点にある。他の武術・格闘技では、目を閉じても対応できる感覚を持たなければ一人前と見なされない。

 ここで思い出されるのは、Netflixで配信中の『瞑想のリフレーン』第19話『入念な計画』での一幕だ。デンケンがリヒターに向かって言い放つ。

山田鐘人(原作), アベツカサ(作画). 『葬送のフリーレン』第40話. 小学館, 2021

『言ってくれるな、若造が。お前くらいなら目を瞑っていても勝てるわ』
 魔法ではなく武を極めた者にとっても、この言葉は現実味を帯びる。相手によっては、目を閉じていても勝てるほど聴力は重要なのだ。

(アカギ風ナレーション)
 すでに多くの読者は、この文章はオーディオ批評ではないのか──そう疑い始めている……。だが真実は異なる……。
 これはオーディオ批評の皮をまとった……『瞑想のリフレーン』と『アカギ』をテーマにした……Netflix感想文なのだ……!

 そして……こうした打ち回しこそ……タケチならではの仕掛け……!
 匂わせの三枚目……Netflixに忍ばせた……アカギ評の残り香……!
 さらに強烈に……さらに濃密に……立ちのぼる……カイジ……アニメ大三元の匂い……!

 カイジ……それは『ざわ…ざわ…』という効果音と共に、命運を賭した博打で視聴者を震え上がらせる……孤高のギャンブルアニメ……!
 アカギ──冷徹なる魔性の打ち手。
 フリーレン──魔法と時間をめぐる静謐な叙事詩
 カイジ──敗者の呻きと勝者の笑いが交錯する地獄絵図。

 三者が揃った瞬間……役は完成する……!
 アニメ大三元……!

 読者は……気づかぬ……気づかぬまま……
 すでに……役満の卓に座らされている……!
 逃げ場はない……!
 運命の牌は……すでに積まれている……。
 逆らえぬ流れ……逃れられぬ宿命……!
 最後の一打が落ちるその時……すべてが……明かされる……!
 運命の牌が積まれたその先に……待ち受けるのは、音を失った世界……。

 武の場で『耳』が勝敗を分けるように、テニスにおいても、音は決定的な役割を担っている。トッププレイヤーは打球音やバウンド音から球質や回転を読み取り、瞬時に反応する。映像だけでは捉えきれない情報を、耳が補っているのだ。

 だが……もしその音が劣化していたらどうだろうか。スマホのスピーカーや圧縮音源、Bluetoothの遅延に慣れきった『YouTube耳』で教材を見れば、本来あるはずの情報は削ぎ落とされ、テニスの感覚は歪んでしまう。

 つまり……ダメなオーディオは、ダメなテニスを生む。
 ここでようやく、オーディオ批評とスポーツ批評がひとつに重なるのだ。

 サーブの一打に潜むのは人間の限界を試す速度の壁だ。
 トッププロのサーブ初速を時速220kmと仮定すると、約61メートル毎秒に達する。ベースラインからレシーバーまでの23.77メートルをわずか0.39秒で駆け抜ける。
 サーブ最速ランキング1位のサム・グロス(オーストラリア)の最高記録は時速263.4kmで、テニスの世界で唯一260km台に到達した例である。もちろん、毎回この速度が出せるわけではないが、もし時速260km(72メートル毎秒)のサーブであれば、ボールはわずか約0.33秒で相手コートに届く計算になる。

 人間の平均反応速度はおよそ0.2秒とされるため、打球音を聞いてから動き出したのでは、もはや間に合わない。つまり、トップレベルのテニスでは、映像と音のごくわずかな遅延すら、致命的な差につながるのである。

 ちなみに、空手では突きや蹴りに要する時間は0.1秒以下である。したがって、ボクシングのパンチは『スローすぎてあくびがでるぜ』というのは決して大げさな表現ではない。実際、ボクシングのパンチは相対的に遅い。

武論尊(原作), 原哲夫(作画). 『北斗の拳』第1巻. 集英社, 1984. 第4話

 これは競技の性質による。ボクシングでは、もっとも速く軽い攻撃であるジャブでさえ、打つことそのものよりも、打った手を素早く引き戻し、ガードを固める動作の方が重要とされる。そうしなければ相手にカウンターを取られてしまうからだ。

 一秒間に四発ということは、一発あたり0.25秒。練習とはいえ、畑山隆則のパンチが如何に遅いかが分かるだろう。

 空手の基本は、無駄な連打を避け、最短の動作で急所を攻撃し、相手を戦闘不能にすることを前提としている。ちなみに、空手と体重原理主義のハーフコンタクト相撲カラテは別物である。

 一方でボクシングは『攻防の往復』を前提に設計されたスポーツである。ジャブは相手を倒すための決定打ではなく、距離を測り、リズムを整え、相手の出方をうかがうための探りの役割を担っている。したがって、空手とボクシングを比べると、前者は一点突破の効率性を重視し、後者は持続的な攻防の流れを重んじるという対照が浮かび上がる。

 しかも、空手の技術体系は複数の敵や武器の使用を想定して構築されているのに対し、ボクシングは常に一対一の戦いしか想定していない。複数人から同時に襲われる状況などはまったく考慮されていない。さらには、体重制限を設けて軽量級どうしで試合を組み、厳密に体重を合わせることに腐心する。バンデージを巻き、マウスピースやグローブを着用しなければ何も始まらないのだ。

 プロレスのようにパイプ椅子を持った悪役レスラーが乱入してきたり、タイガー・ジェット・シンがサーベルで奇襲してくるといった当然起こり得る現実さえ想定外である。その意味で、ボクシングは極めて制度化された『ままごと格闘技』でもある。

 一方で音速は約340メートル毎秒。打球音が相手に届くまでに0.07秒。

 計算すればわかる……打球音を聞いてから動き出したのでは、すでに遅い。人間の平均反応速度は0.2秒前後──音に頼れば、勝負は決した後なのだ。

 では音が無意味かといえば……そうではない。
 音は『結果』を伝える。芯を捉えた澄んだパーンという音、外れた濁ったボコッという音。スピンか、スライスか、フラットか──その響きの違いが次の一手を導く。バウンド音の硬質さや鈍重さで、球足の伸びや高さまでも予測できる。

 だが……この情報は劣悪な録音では霧散してしまう。映像教材で学ぶ者が『YouTube耳』に堕していれば、現実のテニスとの乖離は拡大し、感覚は狂う。試しに以下の教材を聴き比べてみると良いだろう。

 結論は明白だ……。
 良いオーディオは贅沢品ではない──必須のインフラである。
 音が正しく再現されてこそ、視覚と聴覚が統合され、初めてトッププレイヤーの『耳』が理解できる。

(アカギ風ナレーション)
 聞き逃した一瞬が……敗北を決める……!
 そして……粗末な音に慣れきった者は……勝負の卓にすら……着けないのだ……!

テニス教材におけるオーディオ選択の意義

 テニス教材ビデオは『映像』と『音』の統合が学習効果を決める。打球音、バウンド音、ラケットの芯を外した濁音──これらは映像だけでは再現できない情報であり、オーディオ機器の選び方で伝わり方が大きく変わる。

スピーカー:空間とリアリティ
 YAMAHA NS-B330のようなブックシェルフ型スピーカーは、テニスコートの『空間感』を再現する点で優れている。バウンド音が前方から響き、観客のざわめきが空気を伝って包み込む。コートサイドで観戦している感覚に近く、プレー全体の臨場感を掴むには最適だ。

開放型ヘッドフォン:情報量と定位
 audio-technica ATH-R70Xのような開放型ヘッドフォンは、解像度と定位の正確さで頭ひとつ抜けている。芯を捉えたインパクト音と外した濁音の違いが克明に分かり、左右のコートに広がる打球の位置まで耳で追える。練習で細部を学び取りたいなら、この正確さは非常に有効だ。

Bluetoothイヤフォン:利便性と限界
 Sony WF-1000XM5のような高級Bluetoothイヤフォンは、ノイズキャンセリングや携帯性に優れている。移動中やカジュアルに教材を確認するには便利だ。しかし遅延や圧縮による微細な音の欠落は避けられず、教材学習としては妥協が大きい。サーブやリターンの瞬間における『映像と音のズレ』は学習効率を損ねかねない。

TEAC AI-303-Sとのベストバイ構成

 こうした比較を踏まえると、教材用として最もバランスが良いのはTEAC AI-303-Sを中核に据えた組み合わせだ。

・YAMAHA NS-B330でコート全体の空間感と臨場感を体験
・ATH-R70Xでディテールを分析的に聴き込み
・WF-1000XM5で補助的に持ち歩き学習

 特にテニスと並行してチェロを習い始めているのなら、この構成はまさに『ベストバイ』である。チェロの低弦の厚み、倍音の伸び、弓のタッチによる繊細な違いは、スピーカーとヘッドフォンで補完的に理解できる。AI-303-Sの高品位DACとアンプ設計は、クラシック音楽にもテニス教材の打球音にも対応できる稀有な統合機だ。

 そもそもTEACは、1953年に磁気録音機器メーカーとして創業し、オープンリールデッキやカセットデッキで世界的に名を馳せたブランドである。プロ用音響機器を手掛けるTASCAM部門を通じてスタジオレコーディングの歴史を支え、家庭用オーディオにおいても『高忠実度再生』を掲げて一貫して開発を続けてきた。デジタル時代に入っても単なるDACやアンプの量産ではなく、録音と再生の双方で積み上げてきた技術を融合させてきた点に、TEACの独自性がある。AI-303-Sは、その系譜に連なる『現代のハイファイ小型機』の代表格と言える。

結論

 テニス教材は『映像を見る』のではなく『音を聞く』ことが学習の要である。そこにクラシック楽器の学習が加われば、なおさら音質は無視できない。

 TEAC AI-303-Sを中心に、NS-B330、ATH-R70X、WF-1000XM5を状況に応じて使い分ける構成は、スポーツと音楽の両面で耳を鍛えるうえで、最適かつ現実的な投資である。

サーブ音とチェロ低弦の共鳴

 テニスのサーブがラケットの芯を捉えた瞬間に鳴る『パーン』という乾いた響きは、一瞬で空気を震わせ、相手陣地に届く。対してチェロのC線やG線が鳴るとき、その低音は身体に共鳴し、空間全体を揺らす。

 異なる領域の音に見えて、両者には共通点がある。『衝撃が響きへと変わる瞬間』を耳で捉える重要性だ。サーブの音もチェロの低弦も、最初の立ち上がりに含まれる微細な成分が全体の質を決める。澄んだ音か、濁った音かを聴き分けられるかどうかがプレイヤーの精度を左右する。

 つまり、テニスとチェロを並行して学ぶ人にとって、耳を鍛えることは二重の意味を持つ。サーブの打球音を聞き分ける力と、チェロの倍音を聞き分ける力は、同じ聴覚の延長線上にあるのだ。

 この観点から見れば、TEAC AI-303-SとYAMAHA NS-B330、ATH-R70X、WF-1000XM5の組み合わせは、まさに『スポーツと音楽の共鳴』を可能にする最適解である。

スポーツと音楽の交差点

 ラケットは弓であり、ボールは弦である。
 サーブのインパクトは、チェロの低弦を強く鳴らす弓のひと引きに似ている。芯を捉えた澄んだ響き、僅かに外したときの濁り。その違いを耳で聴き分ける力こそ、テニスでもチェロでも上達の鍵を握る。

 どちらも『身体の延長としての道具』が空気を震わせ、時間の中に響きを刻む。打球音と弦音の共鳴を正しく捉えるには、再生環境が決定的な意味を持つ。

 だからこそ、TEAC AI-303-Sを中核に据え、

・YAMAHA NS-B330で空間全体を揺らし
・audio-technica ATH-R70Xで細部を克明に掬い取り
・Sony WF-1000XM5で日常に持ち出して鍛錬を続ける

 但し、忘れてはならないのはBluetoothの限界である。たとえSony WF-1000XM5のような高級機であっても、無線伝送には遅延が避けられない。サーブの打球音とボールの映像がわずかにズレるだけで、教材としての臨場感や反応訓練の正確さは損なわれる。さらに、Bluetoothでは送信できる情報量そのものが圧縮されるため、弦楽器の倍音やホールの残響といった微細なニュアンスはどうしても失われる。

 加えて、WF-1000XM5の強力なノイズキャンセリング機能は、環境音を消すには有効だが、テニスの球が空気を切る『うねり音』や、わずかなインパクトの違いといった学習上の手がかりまで打ち消してしまうリスクがある。便利さと引き換えに、必要な音情報まで削ぎ落としてしまう可能性があるのだ。

 それでも、WF-1000XM5は日常に持ち出して鍛錬を継続するには最適だ。外出先や移動中でも『耳を使う』という習慣を途切れさせない点で、このイヤフォンの役割は大きい。だが本格的に学び、感じ取るべき局面では、AI-303-SとNS-B330のスピーカー、ATH-R70Xの開放型ヘッドフォンが不可欠である。

 この三位一体のシステムこそ、テニスとチェロ、スポーツと音楽を同時に学ぶ者にとっての『ベストバイ』である。

 耳を鍛えることは技を鍛えることであり、感性を磨くことでもある。サーブと低弦の響きが交錯するその瞬間、スポーツと音楽は一つの批評的な体験へと昇華するのだ。

武智倫太郎

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