【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-89話 文化祭と女神の目的4-一葉落ちて天下の秋を知る-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編】
文化祭の最中、永遠と別れた眞白は、控室で二人の帰りを待っていた。しかし、柊にも永遠にも連絡がつかず、胸騒ぎを覚える。その不安は的中し、眞白は中学時代の友人から、柊と大石華奈にまつわる意外な話を聞き、二人を助けるため講義室へと向かった。
――ガラッ
眞白はゆっくりと講義室の扉を開け、教室内を覗き込んだ。重たい扉が立てる音は、静まり返った空間に不気味に響く。真っ暗で室内の様子が見えなかったため、照明のスイッチに手を伸ばしたが、電気は点かなかった。窓から差し込む光の明るさにようやく目が慣れてくると、教室の異様な情景が目に飛び込んできた。
何かの衝撃を受けたのか、カーテンは焼け焦げてビリビリに裂けており、机や椅子は、まるで放り出されたかのように隅に山積みになっていた。一方で窓や扉は損傷をうけていなかった。中央には血溜まりと二つの人影。眞白は物音を立てないように近づき、その人影を確かめた。倒れているのは、他でもない永遠と柊だった。永遠は球体のようなものに包まれている。
「永遠!柊!一体何が……?!」
――スッ
背後から何かが眞白の頬をかすめたのが分かって、動きを止めた。視線だけやると、刀であることが分かる。冷たい刃の感触が、眞白の肌を粟立たせた。
「この痛み……この刀はレプリカじゃないね?永遠を斬ったのもこれかな?」
「動じないのね。さすがはこの二人の幼馴染だけあるわ」
聞き覚えのある声に、眞白は体を向き直った。そこに立っていたのは大石華奈だった。左腕を負傷したのか、だらりと下げているものの、その表情に動揺の色は一切ない。返り血がべったりとついた服とは裏腹に、眼鏡を外し、髪を下ろした彼女の顔には、今まで見たことのない冷酷な笑みが浮かんでいた。
「大石さん――……!?」
眞白が絞り出すような声で相手の名前を呼ぶと、華奈はにこやかに答えた。
「一之瀬くん、ちょうど良かったわ。来なかったら連絡するつもりだったのよ」
眞白は顔を引きつらせ、怒りを滲ませながら問い詰めた。
「さっき平沢さんから中学時代の話を聞いた。油断してたよ……まさか大石さんが印象操作をしていたなんて……」
華奈は眞白の言葉にも動じることなく、涼しい顔で真実を語り始めた。
「茅野さんに疑義的な感情を抱いてもらうには都合が良かったの。橘くんには一刻も早く、自分が五麟である事実に近づいてもらう必要があったから」
華奈は淡々と、しかしどこか楽しげに語る。眞白は目の前の少女の言葉が理解できず、さらに質問を重ねる。
「大石さんは永遠のことも知っていたんだね……こんな行動起こすなんて一体何のために……?」
眞白は、自分たちが華奈の手のひらの上で踊らされていたことに気づき、怒りを抑えきれない様子で問い詰めた。
「私達の目的のためよ。柊ちゃんと橘くんに成長してもらう必要があったの。それにしてもあなたは期待外れだったわ。入学式の時点では気づいていたのでしょう?なのにずっと黙っているなんて」
華奈は嘲るかのように、にこやかに言葉を続けた。その口調は、まるで眞白の無力さをあざ笑っているかのようだった。
「それは……」
華奈の言葉に眞白は反論しようとするが、言葉は喉の奥に詰まって出てこない。自分の行動のすべてを見透かすようで、身動きが取れなかった。
「五麟じゃなかったら二人ともこんな目に遭うことはなかったのに。現世も……前世もね」
「前世……?」
眞白は華奈の言葉を聞いて激しい頭痛がして、思わずこめかみを押さえた。
――パァン!
柊が結んでいた結界が解除され、袈裟懸けに斬られ倒れていた永遠がゆっくりと立ち上がった。
「――ったく、来んなって言ったのに……全然言う事聞かねぇじゃねぇか……」
「あら?橘くん、お目覚め?」
華奈は永遠の姿に、涼しげな笑みを浮かべた。永遠は肩を上下させながら苦しそうに呼吸をしている。彼の全身には、まるで火焔文様のように痣が広がっていた。
「永遠!その怪我で動いたら――……!」
眞白が駆け寄って、永遠の背中の怪我を確かめる。斬られたYシャツの隙間から覗く傷は、すでに塞がりかけていた。
「あんなに出血したのに傷が……?!」
驚きに目を見開く眞白に、永遠は平然と答える。
「大丈夫だって。そりゃ体の中にバケモノ飼ってるから傷を塞ぐのは造作もない。で、お前は視えないもんと対峙する覚悟は決まったわけ?」
眞白は何も答えない。その沈黙に、永遠は小さく息を吐いた。
「決まってないなら来るなって言ったのに……どういうことなのか、これで分かっただろ?」
危険な世界に足を踏み入れてほしくない、大切な幼馴染をこれ以上巻き込みたくないという永遠の強い想いが、その言葉の節々から滲み出ていた。その時、冷ややかな声が講義室に響いた。
「――”造作もない”はちょっと強がりなんじゃないかしら?困るのよね、今日はあなた達五麟が主役ではないのに」
永遠は振り返り、鋭い眼光を華奈に向ける。
「主役じゃないねぇ……排除したかった割には斬るの下手だな……おかげで激痛で目が覚めたよ」
永遠の言葉には、華奈に対する皮肉と怒りが込められていた。しかし、華奈は永遠の挑発を意に介さず、静かに答える。
「あら、元々殺すつもりはなかったから計算通りよ?でも、こんなに早く目が覚めるのは想定外だったわ」
その瞳の奥には、鋭い光が宿っている。
「想定通り進まなくて残念だったな。その左腕をやったのは柊だろ?麒麟に噛まれると思わなかったか?」
永遠はさらに凍てつくような声で言い放った。
「麒麟ってもっと可愛い生き物だと思っていたのに……左腕が痛くて上がらないのよ。片手だと使える神術も限られるし、結界も即席で張り直すことになったし……困っちゃうのよね」
華奈は全く困っている様子がないまま呟いた。
「……昨日の1年3組に貼られていた紙もお前だな?」
永遠は鋭い視線を向け、問い質す。
「そう、張り紙をするように指示したのは確かに私よ。せっかくのイベントだから盛り上げたかったのに、主役の耳にも届かなかったようね」
華奈は残念そうに微笑んだ。
「主役って――……」
永遠が言いかけると、華奈は眞白を一瞥した。永遠は咄嗟に眞白を庇うように前に立ち、凄まじい剣幕で華奈を睨みつける。
「永遠……!」
眞白は、永遠の身を案じてその名を呼んだ。
「眞白、お前は柊についてろ!」
永遠は眞白に視線を向けず、華奈を睨み据えたまま指示した。
「仕方ないわね。少し相手をしてあげましょう」
華奈は諦めたように肩をすくめて刀を首から下げた水晶に収めると、片手で印を結んで邪悪な気を放つ邪霊を出現させた。犬のような姿をした小型の怨霊は、耳に邪悪な炎を灯し、心臓の上には橙の炎を宿している。その禍々しい姿は、講義室の雰囲気を一変させた。
「これも怨霊……?」
眞白は邪霊を目の前にして恐怖で体を震わせ、その場から動けなくなっているようだった。
「……わざわざ種明かししてくれてどうも。女神はお前だったんだな」
永遠はその邪霊の出現を冷静に見極めながら言った。彼の顔には、驚きよりも納得の色が浮かんでいた。
「もう柊ちゃんにも話したことだもの。いずれあなたの耳にも入ったでしょう。私の本当の名前は松任椛。柊ちゃんの従姉妹よ」
華奈は自らの正体を明かした。その言葉は、永遠にとって予想外の真実だった。
「は……?!柊の従姉妹……?」
永遠は驚愕に目を見開いた。その事実に彼の頭の中は混乱した。
「そう。詳しくは後で柊ちゃんに聞いてみて。それにしても……こんな狭い教室じゃ、朱槍は使えないわね」
華奈は楽しげに告げた。彼女の言葉にはどこか永遠を試すような響きがあった。
「それがどうした?」
「強がりもほどほどにしないと格好つかなくなるわよ?」
華奈の呼び出した邪霊、橙犬が間髪入れずに神術を放った。
――ドゴゴゴゴゴゴン!!!
轟音と共に、講義室の床が激しく揺れる。永遠は、その攻撃をものともせず、素早く印を結んだ。左手を空へ突き刺し、そして、力強く振り下ろす。
「剛毅火断!」
爆発的な炎の壁が出現し、橙犬の攻撃を完全に無効化した。炎の壁は、邪悪なエネルギーを吸い込むかのように煌めいている。
「大事なモンを”また”奪われるのはごめんなんだよ!」
永遠はその炎の壁を突き破り、一瞬にして橙犬の目の前に躍り出た。再び印を結び、今度はさらに強い力を込めて叫ぶ。
「燎原之火!」
永遠が放った炎が巨大な渦となって橙犬を包み込み、邪霊は身動き一つ取れないまま、その中に閉じ込められた。渦巻く炎が、邪霊を容赦なく焼き尽くしていく。
「すごい――……動きが素人のそれじゃない……この数ヶ月でどれだけの努力を重ねて来たんだろう……みんなを守るために――……」
初めて永遠の戦闘を目の当たりにした眞白は小さく言葉を零した。
「ギャァァアァアァァ!!!」
邪霊の断末魔が途切れると、意識を失った男が炎の中から現れた。彼の体は焦げ付くこともなく、ただ事切れたように横たわっていた。
永遠の鮮やかな戦いぶりを目の当たりにし、華奈は目を輝かせた。
「橘くん、朱槍を使わなくても術を展開できるのね!前世の記憶を思い出したの?」
彼女の顔には、好奇心と満足が入り混じった笑みが浮かんでいる。永遠は、華奈の問いかけに素っ気なく答えた。
「さあな?」
彼の心の内では、焦りが募っていた。
(思い出してたら苦労しねぇよ。黛から教えてもらった特訓の成果だっての。本当は印なしで言霊だけでも出現させてぇところだけどな――……!)
邪霊を浄化できたのも束の間、永遠の視界は霞み始めていた。大量の血を流した体は、すでに限界に近づいている。
(やばい……血ぃ、流しすぎ……)
意識が遠のきそうになるのを、必死でこらえた。その様子を冷ややかに見つめていた華奈が、嘲るような声を上げた。
「橘くん、そんなに悠長に構えてて大丈夫?」
その声が、永遠の意識を引き戻す。獲物をいたぶるような響きを含んだその声に、永遠ははっと顔を上げた。
「なっ――……!」
永遠が視線を向けた先で、華奈は既に次の行動に移っていた。彼女の手から、まばゆい光が放たれる。
「光輝燦然」
華奈が放った光線が、無防備な眞白と柊に向かって一直線に飛んでいく。眞白は咄嗟に柊を庇うように覆いかぶさった。
「眞白!柊!」
永遠の叫びが、虚しく講義室に響いた。しかし、その声は二人に届かない。光線は、無慈悲に二人に迫っていた。
【次話】90話 文化祭と女神の目的5-一葉落ちて天下の秋を知る-
9月27日(土) 22:00頃更新
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