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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-90話 黄昏の神官1-人間万事塞翁が馬-

前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編

駒葉こまば高校で文化祭が開催されている同じ頃、都内の高級ホテルの一室で松任まつとう家の当主である松任梓まつとう あずさと、鷲尾わしのお家次期当主である鷲尾兼路わしのお かねみちによる会談が開催されていた。護衛のため、鷲尾兼路の傍らには鷲尾兼周わしのお かねちかが待機している。

「初めまして鷲尾兼路さん。うわさには伺っておりましたがお若いですね。その年齢で次期当主とは……」
「お世辞はそのくらいで結構ですよ……それにしてもあなたには全く驚かされますね。わざわざこの日に当ててくるなんて……」

大きなテーブルを挟んで座る鷲尾兼路はスーツに身を包んでおり、口元は笑っているが目元は全く笑っていない。その視線には、警戒と不信の色が深くにじんでいる。

「やはりご予定がありましたか……すみませんね。可愛い妹の頼みで断れなくて」

着物を身にまとった松任梓は兼路の鋭い眼光にも表情を崩すことなく、涼しい顔で答えた。

「私をご指名いただきましたが、どういったご用件でしょうか。私は次期当主ではありますが、あくまで次期です。一族を動かすことはできません。ずっと暗躍していた松任家が動き出したとあって、鷲尾家も姉小路あねのこうじ家も警戒しているんですよ。行方不明や精神の核を壊されて植物人間になる神官も続出していますし、何かと物騒でしょう?」

兼路は核心に迫るように問いかけた。その言葉には、最近の不穏な出来事に対する苛立いらだちが込められている。

「おや、行方不明者ならあなた方の一族も何年も前から出していますし今更でしょう?ほら……弟さんが慕っていた鷲尾兼臣わしのお かねおみさんもそうですよね」

梓は兼路の心をえぐるような言葉をニタリと笑いながら放った。兼路の表情が一瞬だけ硬直する。鷲尾兼周が梓をにらみつけ印を結ぶ構えをしたが、兼路が制止した。

「本当に恐ろしい人ですね……」

兼路は感情を押し殺すように呟いた。

「実はお願いがありまして……私たちと取引をしませんか?」

梓は身を乗り出し誘うように言った。

「取引……ですか」

兼路は冷静を装いながらもその真意を測ろうと尋ね返した。

「はい、秩序ある世界を作るためにあなたの力が必要なんです……鷲尾澪弟さんのことも気になっているのではないですか?」

そう言って梓は不敵な笑みを浮かべた。

体育館に出現した邪霊じゃれい、青馴鹿となかいの浄化にあたったみお璃玖りく。二人で協力し、邪霊がちりとなって消えていく様子を見届けていると、その場に邪霊の本体であった一人の男が意識のない状態で横たわっていた。璃玖は警戒しながらも男に近づき、顔を覗き込む。

「俺、五大神官の一族の人間の顔はだいたい頭に入っているけど見慣れない顔だね」
「では、もっと小さい一族の神官ということでしょうか」

澪は璃玖の後ろから男の顔を覗き込み、表情を険しくする。

「どれだけの人間を邪霊にしてるんだよ。こっわ……」

璃玖は身震いし、自身の腕をさすった。二人が倒れている男から目を離せずにいると、澪の耳にわずかに聞き慣れた声が届いた。

――『澪さん――……』
「え?」

澪は思わず後ろを振り向いたが、そこに広がるのは、結界によってゆがんだ異空間の景色だけだった。

「鷲尾サンどうしたの?」

璃玖が不思議そうに尋ねた。

「今、しゅうさんの声が聞こえた気がして……」
「はあ?異空間まで茅野かやのサンの声が聞こえる訳ないじゃん。まさか心配しすぎて幻聴が聞こえた?」

璃玖はあきれながら言ったが、澪の顔がどんどん険しくなるのを見て、事態の深刻さを察した。璃玖は小さく息をつくと、澪を安心させるように言葉を続けた。

「とにかく戻ろうよ。そうすれば答えが出る。きっと大丈夫だって」

璃玖はそう言って、不安そうな表情の澪の肩を力強く叩いた。

――パアァァァァ……。
邪霊が張っていた結界が解除され、体育館に元の光が戻ると、入江いりえが笑顔で二人を出迎えた。体育館の入口には規制線が張られ、警察官が慌ただしく行き来している。

「澪くん、璃玖くん、お疲れ様☆」
「入江さんが陣頭指揮を取ってくださったんですね。ありがとうございます」
「青の炎の邪霊を二人で対処できたから良かったけどさ〜……体育館のイベント駄目にしちゃったか……」

璃玖は、がっかりした表情で肩を落とした。その顔には、激戦を終えた後の疲労と、文化祭の催しが中止になったことへの落胆が入り混じっていた。

「こればかりは仕方ないよ。生徒と観客のみんなの安全が第一だからね」

入江はそう言いながら、璃玖に優しく語りかけた。すると璃玖の姿を見つけた蒼空そらがぱっと目を輝かせて駆け寄って来た。

「お兄ちゃん!」

蒼空は璃玖に力いっぱい抱きついた。璃玖は屈み込むようにして、弟の頭をそっとでる。

「蒼空、良い子で待ってられたか?」
「うん!僕、良い子で入江さんと待ってたよ!」
「いや〜蒼空くん本当に良い子で助かったよ」

入江はそう言いながら、蒼空に笑顔を向けた。

「澪くん……更に体調悪そうだけど大丈夫?」
「心配ありません……少し消耗しただけですから……えっ?」

澪が動揺した様子で辺りを見回している。

「柊さんの気配がしません……というか校舎内の気配が感知できない……」

澪の顔が強張っていく。その言葉は、璃玖にも事態の異常さを知らせた。

「あれ……普通の人間とか神官の気配は無理だけど、五麟ごりんの気配は俺でも気づくはずなのに……?」

璃玖が驚いた声を上げている横で澪はスマートフォンから発信した。

――『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』
その自動音声を聞き、澪の顔から血の気が引いていく。

「柊さんと連絡がつきません……一体何が……?」
「二人とも戻って早々に申し訳ないんだけど、実は校内にいる本部長・夏都なつくん、柊ちゃんと永遠とわくんとは連絡がつかなくなってる。俺まで行方不明になるとまずいから警察の人に代わりに校内入ってもらったんだけど、校長室にはなぜか辿たどりつけないし、柊ちゃんと永遠くんも見つからないみたいなんだ……」

入江は険しい表情で事態を説明した。音信不通という事実に、澪は脳裏に焼き付いている柊との約束を思い出していた。

――『もし何か問題が起きたら、私が何とか時間を稼ぎますので、必ず助けに来てくださいね』
――『必ず、助けに行きます』

あの時の柊の真剣な眼差し、そして自分自身の力強い返事が鮮明によみがえる。その約束は、澪にとって覚悟そのものだった。柊の優しく微笑む顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

「柊さんと約束したのに――……!」

不意に背後から落ち着いた声が聞こえた。

「――ここにいたんだね」

声のする方を見るとときが立っていた。激しい戦闘を終えたばかりなのか、彼の制服は至るところが切れており、傷ついた様子が痛々しい。

「鴇くんおかえりなさい。そっちも大変だったみたいだね」
智大ちひろさん、ボクのことは良いよ。それよりこの状況を教えてくれる?」
「……校舎内にいるはずの皆さんと連絡がつかなくなっているみたいで……」

澪は焦りを滲ませて状況を伝えた。

「だからキミたちの気配しかしなかったのか……まんまと罠にはまったみたいだね。ボクたちの意識を別に向けて、校内の人間を狙ったのか。本部長と聳弧しょうこ急遽きゅうきょ置かれたこま……だとしたらねらいは元々そこにいる予定だった駒だと思った方が良さそうだ」
「間宮サン、それはつまり……?」

璃玖は鴇の言葉の真意を測りかねて問い返した。

「この計画は駒葉高校の特定の人間を狙ったものに間違いないよ。そして邪魔だったボクを事前に校内から引き剥がして、察知能力の高い角端かくたんに邪霊を当てて異空間に閉じ込めた。よほど綿密に練られた計画だと伺える」

鴇は淡々と、彼らが置かれた状況の全容を話した。

「鴇さんがおっしゃった特定の人間って……」

澪の問いに、入江は険しい表情で応えた。

「ごめん……みんなには余計な心配をかけてしまうから伏せられていたんだけど、昨日の朝1年3組の教室の入口に紙がられてた」

そういって入江は上着のポケットから折りたたまれた紙を差し出した。紙には雑誌や新聞の切り抜きと見られる文字が羅列されている。

「『時は来た』って……しかも1年3組ってたちばなサンのクラスじゃ……?」

璃玖は読み上げて言葉を失った。

「配置変更で冴木さえきさんがつくことになった理由はこれですよね……?どうしてこんな重要な情報を共有して頂けなかったんですか……!」

澪は怒りに震えた声で入江に詰め寄った。

「本部長命令だよ……もし橘くんに警護を集中させて敵の狙いが一般人ならどう考えても守りきれない……今となってはだけど、イタズラの可能性も否めない状況で、俺も芝山しばやまさんの判断を覆せるほどの材料を持っていなかった」

入江は苦渋の表情で答える。彼の言葉には、最善を尽くそうとしたからこそ生じた、苦しい葛藤が滲んでいた。

「本部長と聳弧を校長室に留め置いて、邪魔になりそうな索冥さくめいを排除してから炎駒えんくを殺す――」

鴇が呟いた言葉に、一同の空気が凍った。鴇の声は、冷徹なまでの冷静さを帯びていた。

「え、永遠くん死んじゃうの……?」

蒼空が璃玖にしがみつきながら涙目になっている。その姿を見た鴇は小さく息をついた。

「……そう考えることもできるけど違和感がある。炎駒を本当に殺したいならわざわざ貼り紙をして宣言する必要がない。一般人の目がこんなにある日より、日常の中で狙った方が確実性が高いからね。だとすると別に目的があるんじゃないかな」

鴇の言葉を聞いた蒼空はほっとした顔をした。

「いずれにしても校内の人間が危険なことに変わりはありませんよね……もしそうだとしたら……柊さんは――……」

澪が勢いよく体育館を飛び出したところで、璃玖が慌てて腕をつかんで静止した。

「ちょっと待ってよ、鷲尾サン!」
「約束したから……俺は行かないといけないんです!」

澪の声は切迫した思いに震えていた。




【次話】91話 黄昏の神官2-人間万事塞翁が馬-
10月4日(土) 22:00頃更新


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