【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-91話 黄昏の神官2-人間万事塞翁が馬-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編】
文化祭で賑わう駒葉高校。体育館に出現した邪霊の青馴鹿の浄化にあたった澪と璃玖は、邪霊が張っていた結界が解除された後も、校舎内の柊と永遠の気配が感じられないことに気づき、事態の異変を察知した。
「落ち着きなよ角端。冷静な判断を欠いたら余計に校内の人間を危険に晒しかねない……智大さん、中止にして一般人を校舎から出すことは考えなかったの?」
後から体育館を出てきた鴇が校舎を見上げた後、追いかけてきた入江の方に顔を向けた。鴇の瞳には、鋭い警戒の色が宿っている。
「みんな置いていかないでよ〜……今このタイミングで中止になんてしたら、一般人がパニックになって自体の収束どころか、被害が拡大しかねない。敵は神官の可能性が高いからみんなの記憶に残っちゃうし、様々な憶測を呼びかねないでしょ。だから、現時点で一般人への被害が出ていないから敵の目的には入ってない判断したんだ」
入江はため息をつきながら、状況の複雑さを語った。
「こんな用意周到なやり方……”女神”が関与しているとしか思えません……」
澪は入江の言葉に静かに頷いた。その声は、真実を確信したような重みを帯びていた。澪の様子を見て、鴇が口を開いた。
「……いずれにしてもやることはシンプルだね。校長室に周辺に張られた結界の解除と本部長・聳弧・索冥・炎駒を救出すれば良い」
「そういうこと……だから鴇くんは校長室で芝山さんと夏都くんの救助をお願い。澪くんと璃玖くんは二人の捜索をして欲しい」
「智大さん、ボクの考えはちょっと違うかな……麒麟、キミは弟くんとここで待機していた方が良い。足手まといだ」
鴇は険しい表情で前に進もうとする璃玖を制止した。
「待ってよ。どうして俺だけ……!」
璃玖は納得いかないとばかりに、焦りと苛立ちの混じった声で反発した。
「キミの力は生気の消耗が激しい割に躰が追いついていない。生気が足りず、次の戦闘では実力の半分も出せないだろう。五麟が三人もいて消息が掴めない状況なんだ。敵の実力が分からない以上、ボクと角端が庇いきれるか分からないからね……例の”女神”と対峙することも想定するべきだよ」
鴇が璃玖の抗議に耳を貸すことなく冷静に判断を下した。
「消耗しているのなんて鷲尾サンも一緒でしょう?」
璃玖は引き下がらず、澪を指差した。
「多少消耗していようが、感知能力において彼の右に出る人はいないからね……それにこの状況で置いていこうものならボクを殺しかねない。それはキミにだって分かるだろう?」
鴇は冗談めかして言いつつも、その眼差しは真剣だった。
「それは……否定できないけど……」
璃玖は鴇の言葉にたじろぎ、返す言葉に詰まる。
「璃玖くん、さすがにそれは澪くんに失礼じゃない?」
すぐさま入江が突っ込みを入れた。
「校舎にはボクと角端で行こう。良いよね、角端」
鴇が澪に視線を向けると、澪は璃玖の言葉を遮るようにきっぱりと答えた。
「――もちろんです」
その瞳には強い決意が宿っており、周囲が凍てつくのではないかと思うほどの殺気を放っている。それ以上は言わせないという澪の静かな圧に、璃玖は口を噤んだ。
「智大さんも良いよね?」
鴇の問いかけに、入江はゆっくりと頷いた。
「俺は佐奈田さんに連絡を入れてみるよ。警察の方でも何か情報を掴んでいるかも知れない」
入江がそう言い、スマートフォンを手に取った。
「……二人とも無茶だけはしないでね」
璃玖は悔しそうな顔を浮かべながら澪と鴇を気遣った。
「ボクを出し抜くなんて、歴史の闇に堕とさないと気が済まないよ」
鴇はその瞳に冷たい光を宿し、静かに殺気を放っていた。校舎全体に張り巡らされた悪意に対し、静かな怒りを覚えている。
「まずは一刻も早く見つけないと……」
澪は静かに目を閉じ、集中を高める。意識を校舎全域に張り巡らせ、五麟のわずかな気配を探る。
「古の水の力よ、我、角端と共に闘わん――藍眼……藍玉千里!」
そして目を開くと、その瞳は藍玉のように輝く藍眼を発動していた。首筋にある麒麟の痣が波を打つように顔や腕に広がっていく。
「角端行くよ」
鴇の言葉に頷き、澪は鴇と共に校舎へ入っていった。
*
「眞白!柊!」
永遠は負傷した体で邪霊を撃破したものの、永遠が限界を迎えた隙を突き、華奈は眞白と柊に向かって神術を放った。
――ドカン!
華奈の放った光線は、防護術によって無効化された。眞白が首から下げている孔雀石が激しく光を放ち、その球体の中央には「雷」という文字が刻まれている。
「これは柊がくれたお守り……」
眞白は、浮かび上がった文字を見つめながら呟いた。
「柊ちゃんったら、意識を失ってもなお私の邪魔をしてくれるのね……」
華奈はその光景をみて口元を皮肉げに歪ませた。
――――
「――っ……!」
眞白は、目の前の景色が白むほどの激しい頭痛に襲われた。その中で焼き付いた光景は、今までバラバラだった夢の景色が一つに繋がったものだった。
『主……なぜ――……』
平安時代のような衣服を纏った人物が、苦しげに振り向きながら小さく言葉を零す。初めてはっきりと見えた彼の顔は、永遠と瓜二つだった。その背中には袈裟懸けに斬られた傷から血が溢れ出し、彼はそのまま倒れて意識を失う。
そして、その永遠に似た人物に向かって術を放った右手が小刻みに震えていた。その手は、紛れもなく自分自身の手だった。
――――
「違う……俺が、こんなことを――……」
眞白は頭を抱え込むようにその場に蹲った。額からは、冷や汗が流れ落ちる。
「もしかして記憶の扉が開きかけているのね……?」
華奈は満面の笑みで反応した。
「……少し黙っていてくれないかな?」
眞白の声は、怒りと苦痛に震えていた。彼の顔は激痛でぐにゃりと歪み、奥歯を強く食いしばっている。
「残念だけどそれは難しいわ。覚醒間近なら手助けしてあげないと」
華奈は獲物を前にしたような笑みを滲ませた。彼女の言葉は眞白をさらに追い詰めるようだった。
「枢炎風熱!」
永遠が隙を見て華奈に朱槍を繰り出した。炎を纏った槍が華奈に襲いかかるが、華奈は泰然と刀を発動してそれを受け止める。
――ガキンッ!
炎と光がぶつかり合い、甲高い金属音が教室に響き渡る。激しい火花が散り、その一瞬の輝きが二人の間に張り詰めた緊張感を生み出した。華奈は永遠を嘲笑うかのように口元を歪ませる。
「一之瀬くんとお話をしているのが分からない?もしかしてヤキモチ?」
その声には、永遠をからかうような愉悦が混じっていた。永遠は苛立ちを露わにし、華奈を睨みつけた。
「お前のおしゃべりに付き合ってられるかよ」
(俺の朱槍を右手だけでいなすなんて……こいつよく見たら神術を放出させて力を補ってんのか……!)
永遠と華奈の目が合った瞬間、華奈の瞳の色が翡翠に変化する。深淵を覗き込むような妖しさを帯びた翡翠色の瞳は、永遠の姿を捕らえようと輝きを放っていた。
「瞳術……?!」
永遠の脳裏に警鐘が鳴り響く。
「――翠色玲光」
永遠は咄嗟に後方に転がりながら距離を取った。しかし、術はすでに彼の体を蝕んでおり、膝をついたまま立ち上がることができない。まるで身体が鉛でできているかのように重く、視界が白んでいく。永遠は意識が遠のいていくのを、必死に食いしばって耐えようとした。
「幻術に耐性があるのね……この術を受けてもなお、意識を保っているのが驚きだわ」
華奈は感嘆の声を漏らすが、その表情は依然として非情ななままだ。永遠の苦痛を楽しむかのような、無慈悲な視線が彼に注がれる。
「それは残念だったな……」
永遠は震える声で強がって答えたが、その顔は苦痛に歪み、意識が飛びそうなのと必死に戦っていた。薄れゆく意識の中、真っ先に脳裏をよぎったのは、柊と眞白の顔だった。二人を守るという強い意志だけが、辛うじて彼を現実に繋ぎとめている。
(ここで意識を失う訳には――……!)
「面倒ね……やっぱり先に橘くんを殺しておこうかしら?」
華奈の冷たい言葉が、眞白の耳に突き刺さる。その言葉は、まるで氷の刃のように眞白の心を凍らせた。眞白の脳裏には永遠の言葉がこびりついていた。
――『決まってないなら来るなって言ったのに……どういうことなのか、これで分かっただろ?』
永遠の言葉が、眞白の頭の中で響いた。眞白はまるで喉の奥に何かが詰まったかのように息を飲む。
自分は分かっていなかった。永遠と柊が、みんなを守るために命を懸けていること。それがどういうことなのか、言葉通りにしか理解していなかった。こんな危険なものと常に対峙している二人が、明日もまた、いつもと変わらない笑顔で学校に来てくれると信じて疑わなかった。その浅はかな思いが、眞白の胸を締め付けた。
「永遠――……!」
眞白は、苦悶の表情を浮かべる永遠に駆け寄ろうとした。しかし、その動きは永遠の叫び声によって止められる。
「眞白、俺のところに来るな!」
「でも、このままじゃ永遠が……!」
眞白の叫びは、焦燥に満ちていた。
「本当に美しい友情ね。眩しすぎて壊したくなっちゃう」
華奈は嬉しそうに言葉を言い放つと、ゆっくりと永遠に近づいていく。その瞳は愉悦に満ちていた。彼女にとって、二人の友情はただの遊び道具に過ぎないかのようだった。
「くそ……!」
永遠は全身の力を振り絞るように呻いた。
「残念だけど、これでおしまいね」
華奈はそう言って刀を構えた。その切っ先が、永遠を狙って静かに向けられる。
眞白は目線は永遠と華奈を捉えたまま、その場で力なく膝をついた。彼の頬を一筋の涙が伝う。
「永遠や柊が何をしたっていうんだよ……人の命を奪おうとするなんて……それも俺の、大切な友達を……俺は二人が笑っていてくれればそれで良いのに――……!」
その時、眞白の頭の中に何かが流れ込んできた。それは、古の言葉と、力の使い方。記憶の断片が、まるで奔流のように眞白の意識を襲う。
「頭の中に流れ込んでくる……?!これに賭けるしか……!」
華奈が刀を振り上げた瞬間、眞白は本能的にその力に身を委ねた。右手に印を作り、頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。身体の奥底から、熱いエネルギーが湧き上がるのを感じる。それは、彼自身も知らなかった力の覚醒だった。
「――光芒一閃!」
【次話】92話 黄昏の神官3-人間万事塞翁が馬-
10月18日(土) 22:00頃更新
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