【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-92話 黄昏の神官3-人間万事塞翁が馬-
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校長室に閉じ込められていた冴木は結界の薄い場所を見つけて攻撃を続けていた。額には汗が滲み、荒い息を繰り返している。その様子を、青山が不安そうに見つめていた。
「百花繚乱!」
――バチン!
冴木の能力である樹海は見えない結界に弾かれ、空しく室内に音が響いた。
「冴木くん……部外者が言う事じゃないけど、そろそろ休んだ方が良いんじゃないかな……?すごい息も上がってるし」
青山は疲労の色が濃い冴木を案じた。彼の顔は土気色に近く、今にも倒れそうだ。
「冴木、青山さんの言う通りだ。ここを出たら戦闘が待っている可能性もある。少し休め」芝山の言葉に、冴木は頑なに首を横に振ってそれを断った。
「ご心配ありがとうございます。しかし、音信不通にも関わらず誰もここに来ないということは、みんな何かに巻き込まれてここに来れない状況にあるということ……僕だけ悠長に待っている訳にはいきません」
冴木は結界を突破するための狙いどころを定めるように、校長室の壁に手を触れた。
――ズゥゥン……。
冴木の手を通して、壁の奥から地鳴りのような激しい振動が伝わってきた。冴木がこれだけ技を繰り出してもびくともしなかった結界だ。衝撃が伝わるということは、外から相当な力が加わっていることは間違いなかった。冴木は咄嗟に振り返りながら大きな声を上げた。
「――壁から離れてくださいっ!」
――ドゴォォォン!!!
突然の轟音とともに、結界は校長室の壁ごと粉砕された。土煙と粉塵が舞い上がり視界を塞ぐ。その土煙が徐々に薄れると、両腕に鋭利な鉤爪kをつけた鴇が立っていた。全身の力を振り絞るほどの強力な神術を使ったのか、彼は肩を大きく上下させ、荒い呼吸を繰り返している。
「……ようやく穴が開いた」
「間宮くん!すまない!助かった!」
冴木が駆け寄ろうとしたが鴇はそれを一瞥もせず、鉤爪を解除して入江に電話を掛けた。
「智大さん……こっちは校長室の結界を破壊して救出成功したよ。角端がどこにいるか分からないから、これから校内を徹底的に捜索するね。ボクは電話を切るから、本部長に掛け直してくれる?」
鴇はそこまで言うとスマートフォンをしまって芝山の元へ歩み寄った。
「本部長、通信はもう復旧してるよ。ボクはすぐに捜索に出るから智大さんに連絡してもらえる?」
「あぁ」と芝山は小さく反応し、すぐに電話を始めた。
「間宮くん、今状況は――……」
「聳弧に詳しく話している時間はないよ。お疲れのところ悪いけど、索冥と炎駒を探すのを手伝ってくれる?一刻を争うから人出が多い方が助かるんだ」
「……もちろんだとも。僕にできることがあるなら力を尽くそう」
冴木は迷いなく頷く。彼の顔は極度の緊張で血の気が引いたように白いが、瞳は責任感と強い使命感で燃えていた。
「じゃあ、ボク達はこれで。センセイは報告しないといけないだろうからね」
鴇は青山にそう言い残し、冴木と共に校長室を出ていった。彼らの足音は、静まり返った校舎に響き渡った。
*
3階の講義室では、重傷の永遠が華奈と対峙していたが、彼女の瞳術を受け、意識が朦朧として身動きが取れなくなる。永遠の危機に眞白は本能的に神術を覚醒させた。
――パンッ!
講義室に響く乾いた破裂音と共に、白い光の刃は華奈の右肩を正確に貫いた。 熱を帯びた光の余波が空間を切り裂き、焦げ付くような硫黄の匂いが鼻腔を刺激する。直後、勢いよく鮮血が傷口から噴き出し、華奈の右手から刀がすり抜けた。「ガシャン」と床に落ちるその音が、一瞬の静寂を破った。
「信じられない、記憶の扉も開いていないのに神術を放つなんて……!」
華奈は肩の激痛に耐えながらも、驚愕に目を見開いた。
「……奇遇だね。信じられないのは俺も一緒だよ」
眞白は肩で息をしながら答えた。彼の身体の奥底から、まだ見ぬ未知の力が噴水のように湧き上がってくるのを感じる。それは、恐怖よりも、むしろ自分のものだという確かな感覚として眞白の身体に馴染んでいた。永遠が眞白の様子を確かめようと手を伸ばすと、眞白は刺すような鋭い眼光で永遠を睨みつけた。
「余計な真似をするな。私を怒らせたいのか――……っ」
眞白はそこまで言うと、再び激しい痛みに襲われたのか、こめかみを強く押さえた。その豹変した言動に、永遠は困惑を隠せない。
「眞白……お前――……」
永遠の問いかけに、眞白はハッと我に返るように呟いた。
「俺、今……?」
華奈は眞白の様子をじっと見つめて笑みを浮かべていたが、校舎に近づく強い気配を感じ取ったのか、急に扉の方に視線を向けた。
「……そろそろ騎士が来てしまうみたい。完遂はできなかったけど、今日の目的はある程度達成できたわ。一之瀬くんが記憶の扉を完全に開いた時に、二人と今までの関係でいられるか心底見ものね!」
華奈は愉悦に満ちた不敵な笑みを浮かべ、言霊を唱える。彼女の姿は、まるで煙のようにふわりと消え失せた。その場に残されたのは彼女が最後に放った不吉な言葉だけ。それは、永遠と眞白の心に、拭い難い暗い影を落とした。
「眞白……無事かよ……」
永遠は眞白の身を確かめるように問いかけた。
「……永遠と柊よりはね」
「お前さっきの技をどこで習得したんだ?」
「習得……?あれってそういうものなの……?」
眞白は、永遠の言葉に戸惑った表情を見せた。
「神術はいつの間にか使えるようになるもんじゃねぇよ――……ぐっ」
永遠はそう言いながら、限界を迎え、その場に崩れ落ちた。眞白は慌てて彼の肩を貸す。
「永遠、しっかりして!」
――ドカン!!!
爆発音がして教室の扉が吹き飛んだ。その強烈な衝撃波が室内に吹き荒れ、すでに戦闘で荒れ果てていた講義室をさらに蹂躙した。結界によって守られていた窓ガラスはついに砕け散り、壁には巨大な力がえぐったような痕跡が新たに刻まれる。机や椅子が散乱した空間は、もはや単なる教室ではなく、凄惨な戦場の跡と化していた。
「柊さん!橘さん!――っ!」
その直後に澪が教室に血相を変えて飛び込んできた。彼の瞳は深い藍色に輝き、全身には麒麟の痣が波打つように広がっている。澪は息が上がり、大粒の汗を流していた。周囲の惨状が視界に飛び込んできた瞬間、彼は一瞬言葉を失う。その視線は、柊と永遠の安否を確かめるかのように激しく揺れていた。
「黛さん―――……っ!」
眞白の声に反応して澪が迷うことなく眞白の元に駆け寄った。
「一之瀬さん……!どうしてここに……?!ずっと結界が張られていて、俺ですらなかなか気配を掴めなかったのに……?」
「今は説明している時間がありません。永遠と柊が――!」
眞白の言葉を受けて、澪はまず意識のない永遠に視線を向けた。彼の顔色は青ざめ、呼吸は浅い。
「橘さん、大丈夫ですか」
眞白に体に支えられている永遠の状態を、澪は懸命な眼差しで確認する。
「澪さん――……俺……」
澪の緊迫した問いかけが、意識の淵に沈みかけていた永遠の耳朶を打つ。永遠は、全身の残りの力をかき集めるように、鉛のように重い瞼をわずかに持ち上げた。彼の口から出たのは、声というよりも乾いた吐息に近い、震える音だった。
「無理に喋らないでください。体に障ります」
「クラスメイトの大石華奈が女神でした……背中の傷は痛いんすけど、自分で塞いだんで……」
「クラスメイトの中に女神がいたんですか……?!それに自分で塞いだって……?!」
澪は信じられないといった様子で永遠の顔を見つめた。
「ほら……体育祭の時に柊がやっていたじゃないっすか……」
永遠は、かすれた声で答える。その言葉に、澪の脳裏に体育祭の光景がフラッシュバックした。柊が全身に痣を広げて回復スピードを高め、自らの傷を塞いで戦っていたあの日の記憶が蘇る。
「橘さん……それができるのは――……」
澪は言葉を詰まらせた。
【次話】93話 黄昏の神官3-人間万事塞翁が馬-
10月25日(土) 22:00頃更新
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