【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-88話 文化祭と女神の目的3-一葉落ちて天下の秋を知る-
【前話】 【最初から】 【目次】 【第二章番外編】 【第三章番外編】
永遠と別れた眞白は、1年3組の控室で永遠の帰りを待っていた。柊と永遠に連絡を入れてみたものの、メッセージに既読はつかない。控室は文化祭の準備で賑わっており、級友たちの談笑が耳に届く。しかし、眞白の心は、彼らの明るい声とは裏腹に、鉛のように重く沈んでいた。
*
――俺はずっと偽善者だった。
俺は永遠と違う。3年前の事件で柊の祖母が亡くなったこと、そしてそのショックで永遠が事件前後の記憶を失っていることを、俺は知っていた。でも、柊に頼まれたこともあり、その事実を永遠に伝えようとはしなかった。思い出した永遠が苦しむ姿も、それを見て悲しむ柊の姿も容易に想像できたから。俺は柊の気持ちを汲むことを選んだ。
事件からしばらくして、柊が東京にいないことに気づいた。メッセージで街の話をしても、彼女はなぜかピンときていないようだった。毎日通学していて知らないはずがない街の情報を知らない。永遠は気づいていなかったが、取り繕うほどの余裕がないのが明らかだった。1年ほどして戻ってきてからは、会う度に怪我を負い、顔色も悪くなっていた。とはいえ、柊に聞いたら彼女を困らせてしまうのも分かっていたから、俺は踏み込めなかった。
俺の幼馴染は二人とも、幼い頃から人には視えないものが視え、人には聞こえないものが聞こえていた。永遠と柊が苦労し、心を痛めているのを知っていた。だから、本当の意味でわかりあえない俺に何ができるのか、分からなかった。
しかし、高校の入学式を境に、俺の世界は変わり始めた。少しずつ、日常の隙間から"何か"の姿を捉えられるようになったのだ。最初は気のせいだと、目の錯覚だと、そう思おうとした。でも、それが気のせいではないと、何度も突きつけられた。通学路に佇む、ぼんやりとした黒い影。窓の外を、ありえない速さで通り過ぎる”何か”。誰も何も言わない。その”何か”に気づいて行動を起こすのはいつも柊だった。自分が少しずつ”普通”ではなくなっていく感覚がしていた。だから、遠足で柊のあとを、周りも見えなくなるほど必死に追う永遠についていくことはしなかった。
――『……俺は、少しでも柊の負担が軽くなれば良いって思うよ』
遠足から帰宅した翌日、まだまだ顔色が悪い柊に、俺は優しい言葉をかけた。「大丈夫、俺は何も聞かないよ」と告げ、柊との間に距離を置いた。
東櫻大学の記念祭で永遠に会った時、永遠は黒い服を身にまとっていた。何度か柊が同じ服を着ているのを見たことがあった。
――『そ、そうなんだ。柊と同じところでアルバイトを始めて……』
永遠が柊と同じ世界に足を踏み入れたことに、俺は気づかないふりをした。そして、「俺は二人を信じている」なんて、体裁の良い言葉を並べた。それは、真実と向き合うことを恐れる自分の弱さを隠すための、言い訳に他ならなかった。
夏祭りの日に、二人に向かって改めてこう伝えた。
――『俺のためと思って言わないでほしい。俺も聞かないから。俺といる時は”いつも通り”でいようよ。俺が言わないこともあるかも知れないけど、それは二人のためでもあるから……信じてほしい』
真実を知ることが、俺は怖くてたまらなかった。柊と永遠が直面している現実に踏み込めば、もう元の日常には戻れないと分かっていたからだ。だから、あの日に俺は二人との間に見えない線を引いた。その先に横たわる"何か"を確かめる勇気もなく、ただ背を向けて家路についた。
駒葉高校の裏山にあるベンチで語り合った時、永遠が変わったと感じた。
――『俺達は柊と一緒に茨の道を歩くべきだったんだ。柊の泣いてる姿を見てそれに気づいた。3年前のことを覚えてない俺に言う資格がないのは分かってる。でも、俺達はもう柊を独りにしちゃダメなんだ――……』
幼い頃、視えることが怖いと怯えていた彼が、大切な幼馴染のためにすべてと向き合う覚悟を決めていたのだ。その強い意志を前に、俺は自分の言葉を飲み込み、ただ黙って永遠に同意することしかできなかった。
そして昨夜、永遠の家で口にしたこの言葉は、俺の本心だった。
――『たまたまかも知れないって、だって実際あの後に見てないから確信が得られなかったんだよ……でも本当は認めたくなかったのかも知れない』
文化祭の2日前にプールに出現した巨大な赤い鯨。それが俺が目を逸らし続けていた”何か”で永遠と柊が相対している世界なのだと気づいてしまった。俺が赤鯨を見つめていることに気づいた永遠の表情が頭にこびりついて離れなかった。その瞬間に罪悪感が体に駆け巡った。
結局、俺はいつも良い人を演じているだけで、本当の意味で二人と一緒にいられなかったのではないか。二人がずっと命がけで戦っていたというのに、ずっと目を背け続けてきたのだ。永遠は覚悟を決めて柊の傍に寄り添っている。でも、俺は結局何も変われていない……だって俺は――。
*
「――……一之瀬くん、聞いてる?」
眞白の頭上から声が降りてきて、はっと顔を上げた。平沢美沙が不思議そうな顔をしている。隣では吉川葵が心配そうに二人を見つめていた。
「え?」
眞白の上の空な返事に、美沙は眉をひそめた。
「橘くんが、一之瀬くんと茅野さんと当日回るって言ってたんだけど、会えた?」
眞白はうつむき加減に答える。
「永遠は大石さんに呼び出されて講義室に……柊とは連絡がつかなくて――……」
――『七中でも美沙は声が大きかったの。自分は見ていないのに茅野さんの噂をしてた。私や葵が止めてもね。だからだと思う』
柊の名前を出してしまった後で、眞白は華奈の言葉を思い出して心臓が跳ね上がった。美沙の様子を窺うように、おずおずと口を開く。
「あの平沢さん……」
「茅野さん、具合悪いの?」
眞白は「あ、いや……」とバツの悪い顔をしたが、美沙は血相を変え、体をブルブルと震わせた。
(しまったな……平沢さんは柊のことを嫌悪して――……)
「また心労がたたったのね!茅野さんは本当に我慢しすぎなのよ、中学の時からずっと!少しは言い返せば良いのに!」
美沙の思いがけない言葉に、眞白は目を丸くして驚いた。
「え……?」
「だから茅野さんが呪われている訳ないって噂流してたのに、周りは根も葉もない勝手なことばかり言うのよ!」
「美沙!茅野さんが心配なのは分かるけど、勝手に噂流すのはやめよう?!変な誤解生んじゃうと茅野さん困っちゃうから!」
葵があたふたしながら美沙を律した。
――『また茅野さんでしょ?これじゃ七中の時と一緒じゃない!』
眞白の脳裏には入学式での美沙の言葉が思い出されていた。
「待って、平沢さんが入学式の日に怒っていたのは……」
眞白の問いに、美沙は一瞬ためらった後、ゆっくりと話し始めた。
「入学式……?」
怨霊の影響で記憶が薄れていたのか、美沙は一瞬ピンと来ていないようだったが、「あぁ、あれね!」と声を上げた。
「女子トイレの窓ガラスが割れた現場に茅野さんが居合わせたでしょう?また茅野さんが疑われちゃうって思ったの。七中の時と一緒じゃないって」
美沙の言葉に、眞白はあの日の柊の様子を思い出す。校門で美沙を見かけた時の、あのこわばった表情を。
「入学式の日、柊が校門のところで君を見て顔を強張らせてたのは……?」
眞白の言葉に、隣で話を聞いていた葵が申し訳なさそうに口を開いた。
「茅野さん、ずっと美沙に申し訳ないって思ってたみたい。自分を庇うことで、美沙にも少なからず言ってくる人がいたから……」
「気にすることないのに、ずっと申し訳ないって顔をするのよ!本当に困っちゃうわ!」
美沙は鼻息を荒くして言った。
(平沢さんは柊を嫌悪してなかった……俺はあの言葉を誰から聞いた?確か……)
――『大石から。なんか相談したいことがあるんだってよ。ちょっと3階突き当りの講義室に行ってくるわ』
眞白は美沙の言葉にはっと我に返った。顔から血の気が引いていくのが分かった。
「大石さん――……!?」
動揺の表情が浮かぶ眞白の顔を見て、美沙が心配そうに尋ねる。
「一之瀬くんどうしたの……?」
「色々教えてくれてありがとう!ちょっと行かなきゃいけないところがあるから!」
「気をつけてね!」
二人に背を向け、走り出そうとした眞白に、美沙は心配そうに声をかけた。
眞白は1年3組の控室を飛び出した。廊下を走りながら、永遠に電話をかけた。
――『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』
永遠とは繋がらなかった。その後、柊と澪にも電話を掛けたが、やはり圏外だった。3階は3年生のクラス出店がほとんど野外の飲食や別フロアということもあり、講義室周辺は他のフロアの喧騒とは違い、人通りがなくひっそりとしていた。まるで時間が止まったかのような静けさが、眞白の不安を一層煽る。
――『お前が現場に近づかないことは俺達も守ることに繋がる。だから耐えてくれ。お前が現場に来る時は視えないもんと関わると決めた時にしておけ』
(ごめん――……永遠、柊。それでも俺は――……!)
眞白は心臓の鼓動が耳元で大きく響くのを感じながら、意を決して3階の突き当りの講義室のドアに手をかけた。
【次話】89話 文化祭と女神の目的4-一葉落ちて天下の秋を知る-
9月13日(土) 22:00頃更新
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